35 夏まつり(3)
夏まつり1日目となる土曜日は、大盛況のうちに終了をむかえた。
しかしここから、きっかい夏まつり実行員会は、各エリアマネージャーを青空テントに招集して、緊急会議を開いた。
課題は山積み。これまで、一桁入場数を記録していた村にとって、本日の来場者数は1000名を超えており、まさに桁違い。
「いや、びっくりしたよ。エルフの森はピクシーたちの誘導でなんとかなったけど、茶屋の方はちょっとした戦場だった。もふもふ子狐の5兄弟なんて、いまや茶屋の看板アイドルだよ。一緒に写真が撮れる特典付きの『子狐コンコン餡蜜(お抹茶付き)』と『尻尾ふりふりデザートプレート』の注文が殺到して、厨房は地獄絵図だった」
「こっちもよ。洞窟ダンジョンも潜入ミッションも、クオリティが高すぎて満足度200パーセントなもんだから、ほとんどのパーティが『明日も来ます!』って宣言して帰っていったから、彼らの口コミで……明日が恐ろしいわ」
ハルカとアカネも、ここまでとは予想できなかった。
ヘビ彦は涙ながらに訴える。
「不覚! 来場記念品は100組分しか用意していませんでした。くううっ、せっかく来ていただいのに、お土産ナシなんて、ケチンボ村と云われても仕方がありません! 明日はなんとしても、御来場の皆さま全員にお土産を渡したいです! どうか、予算の拡充と商品の提供をお願いします!」
天狗村長も「うんうん」と頷いた。
「土産もそうだが、なんといっても村までのシャトルバスが不足している。バス不足で午後に到着した女の子が……グスッ、もっとプールで遊びたかったと……もふもふのお店もいっぱいで入れなかったと……シクシク泣きながら帰っていくのを見て、どれほど胸が痛かったか!」
村長は真っ赤な目をして、『幻獣茶屋』のエリアマネージャー猫田マタサクを睨んだ。
しかし、さらに真っ赤な猫目を血走らせたマタサクが「シャーッ」と唸った。
「限界突破の営業でした。我々、化け猫族は妖力がスッカラカンになるまで動き回り、とくに厨房の猫たちは、あまりの激務に毛が半分抜けました。このままでは、明日の営業終了後には、毛無猫族になってしまいます。増員は必須です!」
次々と出てくる問題点。バス不足に加え、どこのエリアも増員が必至の状況である。そこでまず、シルヴィーが手を挙げた。
「ひとつ提案があります。村の臨時駐車場に転移魔法陣を設置させてもらえないでしょうか。主要駅にも同様に簡易的な魔法陣を設置しておけば、バスごと乗客を村まで転移させられます。それを繰り返せば、時間を短縮できるうえに、バス不足も解消できるでしょう」
「それは素晴らしい案ですが、10台前後のバスをほぼ一斉に転移させ、それを繰り返すとなると途方もない魔力が必要……ドラクル公の魔力が膨大であることは存じておりますが、それでもやはり……人間界で魔力を行使するのは、魔界での魔力の2倍を要しますので」
心配するコレット男爵にシルヴィーは笑みを浮かべた。
「僕のほかにもうひとり、魔力が有り余っているヤツがいますので、ソイツを使う予定です。昼間、魔界に執事役の魔族を調達しに行った際、交渉してきましたので問題ありません」
「なんと、仕事の早い! して、ドラクル公、その魔力が有り余っている者というのは?」
テーブルに両肘をついた金の魔性は、魔界で最も美しいと褒めたたえられる面貌の前で両手を組み、完璧な造形をした顎先をのせると、「ベゼルデウス」と現魔王の名を告げた。
「ベベベベベ……ベゼルルルル……デデデデデウスぅぅぅぅ王ですか、そんなまさか、かの王は……魔界の勢力争いに嫌気がさし、魔城どころか、ここ200年ほど玉座のある『魔の間』から一歩も動いておらぬと聞いておりますが……」
そんなヤツをどうやって――という表情のコレット男爵。
しかし、そのとなりで、
「ちちちち、ちちちち父上が……村に……来てくれるのですか? 本当ですか? あの引きこもりの父が……200年ぶりに会えるかもしれない……」
期待に声を震わせたのは、息子のゾロ目殿下だった。
吸血鬼の王は、ことも無げに云う。
「心配には及びません。300年ほど前に売った恩を回収するつもりです。ベゼルには、僕の願いをひとつ叶えるという誓約がありますので、反古にはできないでしょう。ああ、そうそう、ついでに王位継承順位222番と333番と444番と555番を『ロイヤル・アフタヌーンティー・ガーデン』のエスコート役として呼びましたので、明日はゾロ目殿下勢ぞろいですよ」
「兄上たちまで!」
魔王ベゼルデウスの来村に加え、エスコートキャストの増員に666番のデーモン・ジュニアは喜んだ。
次に手を挙げたのは、『鬼頭組』のCEO・羅漢刹。
本日、子どもたちに大人気だった『マジカル・ファンタジー・プール』の設営を、「ごめん、明日までになんとかしてっ!」という、急遽すぎる要請にも関わらず快く引き受けてくれた鬼神は、
「茶屋の厨房をもっと動きやすいように改装してやろうか? それと、モフモフはしてねえが、小鬼たちで良ければ厨房を手伝えるぞ」
その言葉にマタサクが「にゃー」と鳴きながら、いつの間にか真向いに座る羅漢刹の隣りへ移動。
「改装! ぜひとも、お願いします! 通路が狭くて狭くて、今日なんかもう、午後からはブツカリ稽古みたいな有様だったんです。それと、できれば……キャットウォークもあったらいいな。それから、それから……厨房をお手伝いしてくれという、小鬼さんたちは何名ほど都合をつけて頂けるのでしょうか?」
太い腕にゴロゴロしながら甘えはじめる。
「引っ越しのときは迷惑かけちまったから、10鬼ぐらいは呼べるぞ。茶屋以外でも裏方作業なら色々できる。荷物運びとか、プールの監視とか。鬼道も使えて何かと便利だから少し多めに呼んでおくか?」
ここに来て、裏方を大量増員できるのは大変ありがたかった。
さらに羅漢刹は――
「それと『鬼頭組』の倉庫に、去年の夏イベントで使った子ども向けのノベリティが大量にあるから、来場記念品に使うか?」
赤タロウと青ジロウが「こんなのです」と、テーブルの上に広げたのは、シャボン玉やヨーヨー、お面といった、夏まつりにぴったりな各種玩具と、駄菓子の詰め合わせや文房具セットなどなど。
くねくねと動くヘビの玩具に、ヘビ彦は夢中だ。
「これ、いいですね! お子様たちが喜びそうです」
羅漢刹につづくように、きっかい酒造の専務も手を挙げる。
「当社も、クラフトビール缶なら1000本ほど用意できます」
マーサおばさんも手を挙げた。
「ハーブティーとジャムの試食セットなら、今から袋詰めすれば300セットはつくれるよ」
そう云うと、すかさず羅漢刹に目配せする。
「鬼神の旦那、さっそく小鬼さんたちに手伝ってもらっていいかい?」
「もちろんだ。まずは、赤タロウと青ジロウに教えてやってくれ」
そんな様子を眺めながら――こういうの、なんか、いいな。
ハルカの胸がほっこりする。
異種族同士が助け合い、知恵をだし合い、山積みだった問題をひとつずつ解決していく。そこに人族である自分やアカネが参加できていることも、とても嬉しい。
ふと、タツ子の言葉を思い出す。
『ここは、いいところさ。お試しでいいから住んでみたらいいさ……きっと気に入るさねえ』
バァちゃん、ますます気にいったよ。