33 夏まつり(1)
8月第3週の土曜日。
朝9時に開場した『きっかい夏まつり』のイベント広場には、エイジレスな子どもたちの笑い声が、そこかしこで響いていた。
主要な駅に用意した無料シャトルバス10台は、すべて満席だった。自家用車での来場も多く、臨時駐車場も満車に近い。
リアル小児向けのアスレチック場と大型遊具は大人気で、昨夜、熱中症対策として急ごしらえした七色の砂場と本格スライダーがある『マジカル・ファンタジー・プール』は、遊んだあとの速乾魔法サービス付きで、子どもたちは歓声を上げながら次々と水に飛び込んでいく。
イベント会場の入口につめかけた大勢の来場客を目にして、天狗村長は「ようこそ!」と案内図を手渡しながら涙ぐむ。
「ううっ、村に、こんな人族がきてくれた……こんな日がやってくるなんて……」
ハルカとアカネも、予想をはるかに超える集客に安堵しつつ、入場整備に慌ただしくなった。
アカネは、家族といっしょに遊べると思っていた社員たちに、「休日出勤よ!」と命じ、会場案内係を増員。社員の家族には事情を説明し、『ご家族優待フリーパス』を発行した。
「これで好きなだけ飲み食いしてください。ご家族1名につき1万円分のクーポンがありますので、お買い物を楽しんでくださいね! 夕食は、わたしがご馳走します!」
ハルカは、過去の暴露に怯える元同僚たちをつかまえた。
「ひさしぶり、さっそくだけど、こっちに来てね」
挨拶もそこそこに、『マジカル・ファンタジー・プール』前にある売店に連れていき、5人のうち2人はカキ氷担当、もう2人はトロピカルジュース担当、残りの1人はレジ打ちを担当してもらう。
臨時アルバイトの配置が終わり、ハルカとアカネは満月ディスプレイを手にして、「それじゃ、またあとで!」それぞれの担当エリアに急いだ。
ハルカが担当するのは、『エルフの森』とコンセプト系飲食サービスのある休憩所エリア。
まずは『エルフ森』へ。
満月ディスプレイに内蔵されているイベントエリアマップを起動して、入場数をチェックしつつ、エリアマネージャーのマーサおばさんを見つけた。
「忙しい? どんな感じ?」
マーサおばさんは、フフンと鼻を鳴らした。
「ピクシーたちが上手いこと誘導しているよ。入場者は多いけど、森の中でほどよく分散させているから、いまのところ問題なし。もしも手狭になってきたら、当初の予定どおり旦那に云って、森を拡大するから心配ないよ。ここは、まかせてちょうだい」
なんとも頼もしいマーサおばさんの旦那様は、エルフ族長老であるハイエルフで、魔法でいくらでも森の幻影を作り出すことができる。
「ツリーハウスのショップはどう?」
「まだ、はじまって30分も経っていないのに、どんどん売れているよ」
ディスプレイを操作して、ハルカはリアルタイムの売上状況を確認した。
「本当だ! とくにダークエルフのエルディスさんがスゴイ! 漆黒のピアスを売りまくってる! ちょっと、覗いてこよう」
散歩道の裏側を走り、エルディスさんが売り子をするツリーハウスの裏口からショップをのぞく。
褐色の肌に銀髪、美しい青い瞳を持つダークエルフは、マダムグループを前にして魅惑笑みを浮かべていた。漆黒のピアスを手にして、マダムのひとりに顔をよせる。
「ピアスが似合う耳をしているね。貴女の耳に、オレが作ったピアスをつけてくれたら嬉しいんだけどな」
「買います!」
となりのマダムにも手を伸ばしたダークエルフは、ほつれた髪を耳にかけてやる。
「ああ、貴女にはぜひ、このピアスをして欲しいな。オレの瞳の色と同じ青石が付いているだろう。少し高いけど、青い石を見るたびに、オレを思い出してくれないか」
「……買う……絶対に買う!」
そんな具合で、ハイファンタジーな容姿と魅惑の低音ボイスでレディたちを魅了し、店頭商品はすでに品薄状態だった。ハルカは倉庫に走り、在庫を搔き集めて店頭に補充していく。
マーサおばさんの元に戻り、商品の定期補充をお願いして、次にイベント会場にあるフードスペースに向かった。
「おお~っ、そこを小走りしているのは、本日もスッピン風メイクの青山室長!」
探すよりも早く、『ロイヤル・アフタヌーンティー・ガーデンはこちら』というプラカードを掲げる部下の藪蛇ヘビ彦に呼び止められた。
「おつかれさま。どんな感じ? お客様は入っている?」
「大入りです! 満員御礼です!」
興奮するヘビ彦といっしょに、満月ディスプレイで王城の庭園をイメージしたカフェテラスの映像を移し出す。
そこにいたのは、王城からドレスに身を包んだレディたちをテラス席へとエスコートするゾロ目殿下と執事風の魔族たち。美しいバラ園では、赤髪の貴公子ウォーレンが皆目麗しい吸血鬼軍団を従えて、ガーデンパーティの真っ最中だった。
高速で料理を運ぶコウモリ執事ピエールの姿もある。
「1時間半の入れ替え制なんですけど、本日はもう予約でいっぱいです」
「嘘っ!? もう少しテーブル増やせないかな?」
「ドラクル公が魔界に応援要請してくれました。午後からは執事キャストが増員するので、レディの御入場を増やせるそうです」
「さすが、シルヴィー!」
予約管理をヘビ彦にまかせ、ハルカは『幻獣茶屋』へ。こちらも大盛況だった。
エリアマネージャー猫田マタサクの目は、すでに血走っていた。
もふもふ幻獣キャストを適材適所に配置しながら、お客様の案内、お茶出し、甘味メニューの注文取りに、お会計と、仲間の化け猫族たちとフル稼働している。ハルカも猫耳を装着して、配膳を手伝う。
ランチタイムのヘルプ要員としてきてくれたのは、きっかいマダム会の面々。なんとかランチタイムを乗り切り、ハルカとマタサクは、ようやくお茶を一杯呑めた。
「青山室長が来てくれて良かったです……ゼエゼエ……猫の手も借りたい」
「ごめん……もふもふ人気を甘くみていたわ。ここまでとは……」




