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31 月が綺麗だね

 


 夏真っ盛りの7月下旬。



 村おこし推進室長の勤務を終えて帰宅したハルカが、冷蔵庫から冷えた缶ビールを手に取ったとき、満月ディスプレイに、アカネからメッセージが入った。



『至急 相談アリ 明日十時 来村予定 面談承諾 応・否 返信要』



 電報のような短い文面には、理由がある。



 8月開催予定の『きっかい夏まつり』にて、プロデュースを担当するイベント会社の社長であり、ハルカの大学時代の同級生・姉川アカネより、



「まつりの準備が本格化するから、緊密に連絡が取れないと不便すぎる。早急に連絡手段を! 最悪、伝書鳩でもいい」



 切実なる要望を受けた。



 きっかい村の通信事情により、真剣に伝書鳩の購入を検討していたところ、シルヴィーに渡されたのが試作段階の『満月ディスプレイ』だった。



「メアリージョーから内部プログラムを修正した試作品が届きました。認証用の僕の魔力は設定済みです。ハルカさんのアクセス許可もしていますので、これで連絡が取れますよ」



 これが、試作品とは思えない出来栄えで、ハルカもアカネも驚いた。



 元々、クロワッサンほどの大きさだった携帯端末は、前回よりさらに改良され、ひとくちサイズのミニクロワッサンにまで小型化。



 使用時には10インチサイズの満月型に変化する機能はそのままに、メッセージの作成、送受信はもちろん。カメラ付きで画像、動画の編集機能アリ、主要な辞書からマニアックな錬金術書、最新の異世界マップ(人間界・魔界・妖界・その他)まで内蔵されている。



「メアリージョーによりますと、メッセージの文字数は全角30文字と制限があるそうですが、ゆくゆくは改良したいとのことです」



 天才か。



 魔界にいるシステムエンジニア伯爵のおかげで伝書鳩は不要となり、ハルカとアカネは念願の通信手段を得たのである。



 アカネも絶賛した。



「これまでの音信不通に比べたら、文字数制限なんて問題なし。電報方式で十分。ビジネス文書にありがちな『いつもお世話に~』とか、心にもない一文を添える必要もないしね。世の中全部これにならないかな。見た目もカワイイし、機能性も抜群。しかも通信料タダ、充電不要って、最高だよ」



 ハルカも激しく同意だ。



 試作端末は現在、ハルカ、アカネ、シルヴィー、きっかい夏まつり推進室用と4台あり、その機能性の高さに、役場でも採用したいという要望が職員から殺到している。



 ハルカはさっそく、アカネからの来村メッセージに、『応』と答えて送信。缶ビールをグビグビ呑みながら縁側から夜空を見上げると、綺麗な満月が浮かんでいた。



「あっ、シルヴィーにも連絡しておこうかな」



『今晩は 明日十時 アカネ来村』



 メッセージを打ち込んで、なんの気なしにポチポチと文字を追加する。



『月が綺麗だね おやすみ シルヴィー』



 月見酒を楽しみながら「それっ」と送信した。



 その頃――



『月が綺麗だね』のメッセージを受取ったシルヴィーは、当然の勘違いを引き起こす。



「ハルカさんからのメッセージ。これは……かの文豪の名訳『アイラブユー』にちがいない」



 嬉しさのあまり200度まで発熱。突発的に頭から火を噴いた。



 ゾルド・バルバラ城からあがった火柱を、楼閣から眺めていたのは羅漢刹。



「なんだあ? すげえな、火祭りか?」



 その翌日だった。



 役場で白熱した打ち合わせを終え、あっという間の夕方。



「アカネ、今日も泊まっていくでしょ」



「お世話になります。今夜も寝床と寝酒を、どうぞよろしく」



 いつものように古民家で一泊するため、ハルカとシルヴィーと連れ立って「あやし区」にやってきたアカネ。そこで、スウェットジャージを洗濯中のため、本日は腰巻スタイルの卑猥な羅漢刹と遭遇した。



 黒髪美人のアカネをひと目みた鬼神は、雷に撃たれたかのように全身をバリバリと感電させながら、



「オマエに惚れた。結婚してくれ」



 電撃プロポーズをかます。



 超極悪顔の鬼族から公開プロポーズされたハルカの親友は、



「いや、急に云われてもね。わたし、一目惚れって嫌いなの。だから無理」



 しっかりと距離をとり、迷うことなく断った。



「それなら、まずは俺と恋仲になってくれ。誠心誠意アンタに尽くして必ず幸せにする」



 食い下がる羅漢刹に、アカネは中途半端な期待を持たせることなく、



「ごめん。わたし、桃太郎推しだから」



 完全に退けた。



 しかし、数十分後――



「えっ、あの『鬼頭組』のCEOなのっ? あの露出狂が?」



 ハルカから聞き、アカネは「しまったぁぁぁ」と髪を掻きむしった。



「わたしとしたことが、断る口実の『桃太郎推し』は余計だった。恋仲は無理でも、取引先としては大ありだったのにいいいぃ」



 翌朝。



 メンタル最強の女社長は、五重塔を突撃訪問した。



 大失恋で傷心する鬼神に、自分の名刺を差し出し、



「ビジネス関係からお願いします」



 しっかり仕事を貰ってきた。





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