30 鬼頭組
世の中わからない。
こんな腰巻ヤロウが、大手建設会社の社長とは……
飛鳥帝国に本社がある『鬼頭組』は、強靭な体躯と神通力をもつ鬼族の大工衆が集う大手建設会社で、きっかい村にある日の出国支店をはじめ、隣国の大和共和国には複数の支店を持つ。
道路工事にビル建設、神社寺院の建立から、ハウスメーカーとしての人気が高く、人間界における異種族系企業のなかで、いま最も成功している企業といっていい。
そのトップが鬼神だったというのは、「なるほどな」と頷ける話ではあるが、露出狂だったとは……予想外。ハルカはしみじみ思った。鬼も人も見かけで判断できない。
そのグローバル企業の社長は、目を吊り上げて憤怒する部下の小鬼たちを前に、バツが悪そうな顔でうしろ頭を掻くと、パンッと両手を合わせた。
「俺が悪かった。役場に謝りに行ってくるから、そう怖い顔するなって。ようやく飛鳥帝国から逃げられて、こっちでのんびり暮らせると思ったら、ついつい浮かれちまった。せっかく準備してくれていたのに無駄にしちまって、ゴメンな」
合掌のポーズで謝る社長に、ようやく怒りを鎮めた赤タロウと青ジロウ。
「しょうがねえなあ。まったくもう。それじゃあ、今すぐワシらと行きやしょう。早いとこ頭下げねえと鬼頭組のイメージが、ますますダウンしちまう。商売は信用が一番なんですから」
「役場に行く途中にある『ピクシー製菓』で菓子折り買いましょう。天狗村長はあそこの岩より堅いラスクが大好物だ」
「そうなのか。よし、青ジロウ、そんじゃあ、店の商品全部買って持ってこうじゃねえか」
ワハハと大声で笑い「買い占めてやらあ」と豪語する羅漢刹に、赤タロウがまた怒る。
「お頭、また金にものをいわせてから! 品がねえっ! 少しはドラクルの兄貴を見習ってくだせえ! おなじ『鬼』がつくっていうのに、吸血鬼の兄貴はこんなに上品じゃねえか。さすが、金の魔性は育ちがいい。お頭も見習えっ!」
シルヴィーと比較された羅漢刹は、「あれが上品ってか」と悪い笑みを向けてきた。
「へえ、兄さんが、魔界で有名な金の魔性か。どうりで……血の気を上手に隠して気品とやらをだしてやがる。家臣の攻撃も、まあまあの威力だったしなあ。魔界ってやつは噂どおり、地獄といい勝負ができそうな武闘派ぞろいってわけだ」
それまで無言だったシルヴィーも、口元に笑み浮かべると、
「いやいや、悪の巣窟である地獄と比べたら、魔界など物静かな読書好きしかいない。僕はその最たる者だけど、そうだな――キミが相手だったら、頁をめくる指先で事足りるかな」
わかりやすく挑発した。
それを笑い飛ばした鬼神は、スッと真顔になり唇を舐める。
「吸血鬼のわりに面白いこと云うじゃねえか。閻魔のオッサンが喜びそうな冗談だ」
「僕、初対面の相手には、冗談を云わない主義なんだ」
周辺の空気が、一気に張り詰めていく。
鬼神と金の魔性が、急にバチバチやり合いだしたせいでオロオロする小鬼たち。かたやハルカは、そんなことはどうでもよかった。勝手にやってろ、とばかりに小鬼たちに話を振った。
「ところでさ、赤さん、青さん。この露出狂をこのまま連れて行く気?」
羅漢刹の腰巻を指差して「あれは、無理だって」と眉をひそめる。
「まちがいなく、役場の入口で糸ゑバァに怒られるよ。蜘蛛糸で『グルグル巻きの刑』確定だよ」
総合案内所のドンであり村長代理のポストにつく糸ゑバァは、風紀の乱れには誰よりも厳しい。
二百歳から四百歳ごろの可愛らしいお嬢さんが役場にやってきたとある日のこと。
男性職員が「このあとゴハンにでも~」と不純な下心を見せた瞬間、粘着力抜群の糸に背後から首を絞められ、高速回転させられたのち、村外に吹っ飛ばされたのである。庁舎内では、「お誘い御法度」が不文律となった。
また制裁の対象は、公共の場における春本、春画の閲覧、猥談なども含まれるので、露出度97パーセント、卑猥度120パーセントの歩く猥褻来庁者を、糸ゑバァが通すわけがない。
「下手したら、移住許可が撤回されるかもしれないよ」
ハルカの言葉に、赤タロウはゴクリと喉を鳴らし、青ジロウは今日いちばん青ざめた。
「お頭っ! 背広はどうした。いつも飛鳥帝国で着ていたやつだ。あれ、着ろ。あれ」
焦る赤タロウに、羅漢刹は「持ってきてねえよ」とひとこと。
「なんだってえ! じゃあ、塔の中になんか着るもんねえのか?」
五重塔を指差した青ジロウに、羅漢刹は首を振り、巻き付けている極小腰巻の裾をヒラヒラさせて云う。
「これの色違いが、あと3枚あるだけ。あとは、剣と酒と現金。かさ張るような荷物はいらねえと思って」
この答えに、またもや小鬼たちが怒った。
「馬鹿じゃねえかっ! 腰巻三枚でどこ行くんだあーっ! 温泉かっ!」
「そんなら五重もいらねえっ! 平屋で充分じゃねえかっ!」
その結果――
「ほら、これなら着られると思うよ」
ハルカは通販商品のサンプル用として保管しておいたアパレル会社『スノーウーマン』の紳士用スウェットジャージを渡した。
上下オールブラックのジャージを素肌の上から着た羅漢刹は、極悪度は倍増したものの、卑猥度は著しく低下したので、まあ、いいだろう。
「これなら、糸ゑバァの風紀セキュリティも突破できると思うよ」
小鬼たちから何度も頭を下げられ、役場に向かう鬼族を見送ったハルカとシルヴィー。
古民家に戻ると、ウォーレンとピエールが新しい肉や野菜を焼いてくれていた。
「いい匂い~」
庭で仕切り直しのバーベキューがはじまった。




