3 村民栄誉賞
住民登録を終えたハルカは、愛車のEVワゴンを運転して自宅に帰る。
きっかい村に限らず、特例自治区は異種族が住む地区ということで、安全面を考慮した結果、居住区画はひとつひとつが大きく、どこも総敷地面積はかなり広い。
ハルカが住むのは「あやし区」と呼ばれる宅地で、見晴らしの良い小高い丘にある。村役場からは車で15分ほど。比較的あたらしい区画で、中心部からは少し離れているせいか、周囲には古民家しかなく、ご近所まではかなりの距離がある。
人外の脚力や跳躍力、飛行能力もない人族にとって、自家用車は必需品だった。そうしてもうひとつ、きっかい村での必需品がある。
それは30年前より利用がはじまった『ファンタジーフォン』という、きっかい村専用の通信端末。異種族たちの魔力、霊力、妖力が乱れ飛ぶ特例自治区では、電磁波のような惰弱な周波数は、のきなみ弾かれてしまう。
通話専用の電話回線であっても音声通話が安定せず、インターネット回線なども通信不可エリア。そのため、見た目は人間界の携帯端末とほとんど変わらないが、通信エリアは「きっかい村」のみという特殊な端末が開発された。
それが『ファンタジーフォン』であり、その生みの親というのが、なんと祖母のタツ子であった。
その経緯というのが、きっかい村に移住する以前、タツ子はとある企業のソフトウエア開発部門のエンジニアとして長年にわたり活躍していた。そっち方面の専門知識や技術は、社会人となったハルカを軽く凌き、電化製品などの修理もお手のもの。
それだけに入村当時、伝達事項は基本口頭という超アナログな村の環境に絶句した。
「めんどうくさいねえ。せめて村の中でだけでも、個別の通信手段をなんとかできないものかねえ」
技術者魂に火がついたタツ子は、潤沢な資金を持つエルフ族をスポンサーに、さっそく開発、設計に取り組んだ。試作段階では、高い鋳造技術を持つドアーフ族と試行錯誤を繰り返して数年後、くだんの『ファンタジーフォン』を誕生させたのである。
バッテリー部分には魔力を込めた魔法石を内蔵しているため、充電不要で平均1世紀は連続使用可能という優れものだ。
これにより、それまで雑音まじりのスピーカーから発せられる広域村内放送しかなかった村に、固定電話よりも便利でクリアな音声通話が可能となる通信端末が登場し、村民たちは大いに喜んだ。
きっかい村で一気に普及した『ファンタジーフォン』は、他所の特例自治区でも「ぜひ、使いたい」と多数の要望があり、「それなら」とタツ子は、メイド・イン・きっかいでブランド化した端末を、魔法石付で1台につき、「えええっ、そんなにするの?!」ハルカが驚く本体価格で販売した。
タツ子曰く、
「高くない。技術と価値は安売りしないのが、わたしの信条だよ。開発費、設計費、試作過程、ドアーフ族の技術料、商品化までの手続きや約款を作成したエルフ族の時間給、それから魔法石。これらの対価として算定すれば、むしろ良心価格。それがわからず、一方的に値切ってくるような相手とは取引しない方がいいのさ。べつに売ろうと思ってつくったわけじゃないんだから」
これが間違いではないことを、タツ子はその後の販売台数で証明してみせた。
そうして得た莫大な利益をどうするか。タツ子とドアーフの族長、エルフの長老は話し合い、村役場と共同で多くの公共施設をつくることにした。図書館、ラジオ局、公園、集会場などなど。
これにより、きっかい村の居住環境は格段に向上。多大なる貢献が評価されたタツ子には、村民初となる『村民栄誉賞』が授与された。
現在、きっかい村の住民には、住民登録と同時に『ファンタジーフォン』が無料配布される。ハルカも真新しいピンク色の端末をしっかり受取った。