29 鬼がきた
ウォーレンとピエールの爆撃により斜面が削り取られ、丘の上にある「あやし区」に到達することなく、平らになった土地に建立された五重塔。
古民家のほぼ真向いに建っているが、一段低い土地に一層目がきたことで、視界に入ってくるのは、五層、四層、三層の半ばまで。
距離も十分あることから、陽当たりなども問題なさそうだが、問題大アリなのは、家主のほうだろう。
鮮やかな朱色の楼閣を見つめ、ハルカは顔をしかめた。
こんな騒動を引き起こす輩が、真っ当なはずない。非難轟々、明日の『きっかいタイムズ』の一面を飾るのは間違いないだろう。
なんなら記者の取材を受け、ひとこと「迷惑千万」と付け加えても良いと、ハルカは思った。なにせこっちは、楽しいバーベキューを邪魔されたのだから。
焼いた肉は固くなり、野菜は焦げ、ジョッキのビールはぬるくなっているだろう。最悪だ。
ハルカが食べ物の恨みを募らせたところで、あやし区に「わりぃ。わりぃ」と、男の声が響いた。
「ちょっと騒がしくしちまったな。スマン。スマン。このとおり勘弁な」
悪気はなかったと云わんばかりの軽い口調は、五重塔から聞こえてくる。しかし、その姿を見つけることができず、どこだ、どこだと視線を彷徨わせたハルカは、その姿をようやく見つけた。
塔のてっぺん。相輪の柄に寄り掛かるに胡坐を掻いている男がいた。
褐色の肌に藍色の長い髪。灰色の瞳を持つ種族不明の男は、虎柄の腰巻だけを身につけ、筋肉隆々の裸体を惜しげもなく披露していた。腰巻きは極小面積で、非常にきわどい。一見して、露出狂のヤバイ奴にしか見えない。
「今日から、ここに住むからヨロシクな。ワケあって本名は名乗れねえが、羅漢刹と呼んでくれ。種族は鬼、ついでにいうと鬼神だ」
露出狂の鬼神は、本名を名乗れない理由が、軽く百から千はありそうな極悪顔をしていて、まさに真っ当とは対極に位置する存在だった。
唖然とするハルカと無言を貫くシルヴィーに対して、
「おーい、聞いてるか。ピンクの髪したネエさんと金髪のニイさん。それとも、本気ギレか? だから、わりぃって謝ってんじゃねえか」
仮名・羅漢刹の口調は、驚くほどチャラい。それでいて極悪顔なので、笑いながら殺戮を楽しみそうな狂気を感じる。
さて、どうしよう。
今日から「あやし区」の一段下に住むということは、お隣さんのシルヴィーにつづく、ご近所さんになるわけだが、いまのところ問題しか起こりそうにない。
平穏スローライフに暗雲が立ち込めてきたな、とハルカの顔がどんより曇ったときだった。
地鳴りといっしょに、
「お頭ぁぁぁ! 待ちやがれえぇ!」
「勝手すんじゃねええ! コラァッ!」
聞き覚えのあるオラオラ系の怒鳴り声が聞こえてきた。
全速力でやってきたのは――きっかい村にある建設会社『鬼頭組』の大工コンビ。赤鬼の赤タロウと青鬼の青ジロウだった。
ずんぐりむっくりフォルムが愛嬌たっぷりの小鬼たちは、抉れた丘もなんのその。三層目の屋根を足場にピョーンと飛び越え、古民家の前にズザザザーッと着地した。
赤タロウは真っ赤な顔をさらに赤くして、「お頭」と呼んだ羅漢刹を睨みつけると烈火のごとく怒りだす。
「こらぁっ! 何してくれてんですかっ! 結界から勝手に出るなんて言語道断ですぜっ! ワシら、朝から敷地に何度も水撒いて、砂利敷いて、土埃があがらんようにして待ってやしたのに! こんな大騒動を引き起こしてからっ! 頭のせいで、鬼頭組の信用がガタ落ちじゃあっ!」
かたや青ジロウは、ますます真っ青な顔になって、ハルカとシルヴィーに平謝りしてくる。
「青山の姉御に、ドラクルの兄貴、ウチの頭が大変申し訳ねえっ! 本当に迷惑かけたなあ、何か壊れたもんとかねえか? オラたちが、すぐに直すからよお。このとおり! 勘弁してくなせえっ!」
顔なじみの大工コンビの登場に、古民家の屋根からおりたハルカとシルヴィーは、土下座しそうな勢いの青ジロウと、羅漢刹を引きずり降ろしてきた赤タロウを「まあまあ」となだめた。
落ち着いたところでハルカは、虎柄の腰巻がきわどい羅漢刹を指差して訊いた。
「もしかして……この露出狂が、赤さんと青さんの上司なの?」
「露出狂って! ネエさん、はっきり云うじゃねえか、ワハハ」
大笑いする羅漢刹に、大工コンビは冷たくピシャリ。
「お頭は黙ってくれ! ワシと青ジロウで答えっから! 青山の姉御、そうなんだ。じつは、うちの頭が飛鳥帝国から五重塔ごと引っ越してくるっていうからよ。ワシら、一昨日のうちに、ちゃあ~んと役場に申請して許可もらったっていうのに……」
話しながら、また腹が立ってきたのか、赤タロウは憤怒する。
「それを頭が『あっ、あそこの方が見晴らしいいじゃねえか』って、注連縄張った結界から急に飛び出して! みんなに迷惑かけて、どうしてくれんだあああっ!」
青ジロウもついに堪忍袋の緒がブチ切れたのか、
「お頭、アンタなあ、ドラクルの兄貴に1発殴られても文句は云えねえ! そうだ、一発やられりゃいいんだ! 兄貴、どうぞ! 自慢の腕っぷしで、飛鳥帝国まで吹っ飛ばしてくんなせえっ! やっちまえ、兄貴! 兄貴が一番強えんだ! 兄貴の本気をみせてくれえ!」
自分のところの頭をシルヴィーに一発ブン殴らせようと、散々煽り立てた。




