24 メアリージョー・マルゴー・ブランドル
ハルカがシルヴィーに、事業計画を相談した日の夜。
「主君、お呼びですか?」
久々に呼び出されたウォーレンが、ゾルド・バルバラ城の執務室を訪れたとき。金の魔性は机に向かい、せっせと書状に羽ペンを走らせていた。
顔も上げない主君に問われる。
「ウォーレン、通販というものを知っているか?」
「トゥーハン?」
「ツーハンだ」と発音を訂正された側近は、そのまま「知りません」と首をかしげた。
「通販とは―― 」と、めずらしく説明をはじめた金の魔性は、ポッと頬を染める。
「じつはな、ハルカさんの相談役に就任した。いわゆるパートナーというものだ。広義には将来を誓い合った伴侶ともいえる」
云えねえよ。
赤髪の吸血鬼は冷静に「ビジネスパートナーですね」と云い換えると、機嫌を損ねた主君から「黙れ」と紙束が飛んできたので、黙ってそれに目を通すと、きっかい村の商店街にならぶ商品がズラリとリストアップされていた。
頁をめくりながら、
「なるほど。これをツーハンしたいのですね」
敏腕領主として領地経営に長けていたウォーレンは、すぐに内容を理解した。
「そうだ。それぞれの店主や生産者からはすでに了承を得ているので、遅くとも3か月後には開業するだろう」
それは順調だな、と思った矢先、つづく主君の言葉にウォーレンは耳を疑った。
「魔界でも同じ商品を取り扱う。ただし通販価格は手数料やら送料やら、なんでもいいからこじつけて、人間界の100倍の価格に設定にする」
「ひゃ、ひゃく倍!?」
理解不能。
「そうだ。販売価格が未定の商品が多いから、ひとまず希望する商品チョイスできる適当なコースをつくれ。お得な3点コースとか。欲張り5点コースとか。コース別に料金を設定し、申し込み時点で全額前払い制。定期縛りにして更新月まで解約不可。この条件で開業までに最低1000件の新規契約をとれ」
大真面目な顔で「100倍だ」「1000件だ」と云い放つ吸血鬼に――バカじゃねえのか――と、喉元まで出かかったウォーレンだが、元々世間知らずな主君である。
それに『お隣さん』のことになると、輪をかけて馬鹿になるのはもう慣れっこになっていた側近は、ひとまず世間知らずな主君に話したいだけ話しをさせてから、現実ってヤツを教えてやろうと思っていたのだが……つづく言葉に目を見張った。
「契約者の初回申し込み特典として、契約1口につき『ブラッディー・コール・ラ・ティアーズ』を初年度はフルボトルで贈呈。2年目以降は口数分の優先購入権をつけろ」
「え……」
なんだその誘惑特典は――
ここでウォーレンは、主君が魔界の王侯貴族を相手に、魔王も真っ青の『悪どい商売』をはじめる気だと悟った。
魔界でもっとも入手困難な稀少ワイン『ブラッディー・コール・ラ・ティアーズ』が、確実に手に入る特典をチラつかせれば、餌に飛びついてくる者たちは数知れないだろう。
「うへへへ、いいところに目をつけましたね。主君」
金儲けが嫌いではない元敏腕領主もまた、悪徳業者のような顔で笑った。
羽ペンを置いて、書状の文面を見直したシルヴィーは、
「そうだろう。朕れは、なんとしても黒字化せねばならんのだ!」
ドラクル家の紋章印をダンッ!
「善は急げだ。これをメアリージョーに届けろ。ブランドル家の姉弟で、魔界の小金持ちどもの金を巻き上げてこい。そうだな……メアリージョーの契約口数を上回るか、或いは何らかの功績をあげられたら、おまえに爵位を与えてやってもいいぞ」
「行ってきます!」
メラメラと燃え盛る炎に姿をかえたウォーレンが、執務室から火の玉のように飛び出していった。
◇ ◇ ◇
同じ日の夜。
古民家では、ハルカが順調すぎる事業計画の進捗をパソコンに入力していた。
「あとは開業前の宣伝周知と契約の獲得か。だけど最大の問題は……やっぱり、注文方法よねえ」
インターネットが主流となっているネットショッピング業界で、ネット注文はいまや常識だ。
しかし、きっかい村には、ファンタジーフォンしか通信方法がないので、顧客との注文のやり取りに関しては、いまのところ注文書での郵送がメインとなるため、そこがネックなのだ。
難航すると思っていた商品の取引交渉があんな感じで終わったので、時間的な余裕は大幅にできた。
「開業までもう少し考えよう。最悪、郵送になったとしても、有翼種組合に協力してもらえないか交渉して、爆速商品配達を売りに、地域ごとに注文書を回収するシステムがあれば……」
あれこれと注文方法に悩んでいたハルカだったが、それから1週間後。その問題はあっさりと解決した。
朗報をもたらしてくれたのは、またもや真っ青な顔で魔界から戻ってきた赤髪の吸血鬼だったが、解決策の最大の功労者は、その姉であるメアリージョー・マルゴー・ブランドルだった。




