22 ブルーマウンテン
辞令交付、翌日。
「へえ。お友だちの吸血鬼が引っ越してくるのかあ」
ハルカは、古民家の縁側でいつものようにシルヴィーと酒を楽しみながら、近々、魔界より引っ越してくる新たな住民の話を聞いた。
「はい。友だちではなくクサレ縁というヤツです。ウォーレンという名で、我が家の裏手に越してきますので、どうぞよろしくお願いします」
「そうなんだ。シルヴィーのクサレ縁なら、良識ある吸血鬼だろうから、わたしも安心だよ。あやし区もにぎやかになりそうで楽しみ」
その3日後だった。
寝室の窓から見える光景に驚かされるのは、これで2回目だ。
一夜城ならぬゴシック城が現れたときも驚いたが、今回もまたハルカの目は点になる。
ゴシック城の背景には、どこまでもつづいていそうなブドウ畑が広がっていた。畑の中央あたりにポツンとある洋館はワイナリーだろうか。
「すっごく、ステキ!」
秋の収穫時期には、もっと素晴らしい光景になるはずだ。
その日のお昼過ぎ。さっそくシルヴィーに連れられてやってきたのは、赤髪の吸血鬼だった。
類は友を呼ぶ、っていうけど……さすが、シルヴィーのクサレ縁。こちらもかなりの美形だ。しかし、ずいぶんと疲れ切った顔をしている。
シルヴィーの話しによると、ブドウ畑や洋館を魔界から転移させるのに、かなりの魔力を使ったらしい。
「ウォーレンです……よろしくお願いします」
「青山です。こちらこそ、どうぞよろしく」
フラフラしながら真っ青な顔で挨拶してきた赤髪の吸血鬼は、
「レディ・ブルーマウンテンと呼ばせていただきます」
勝手に変な呼び名をつけると「こちらをレディにお納めします」と、両肩にひとつずつ担いでいた樽を2つ、古民家の玄関先におろした。
ウォーレンに胡散臭い目を向けたハルカだったが、
「ハルカさん、こちらもどうぞ」
シルヴィーが手渡してきたワインボトルのラベルを見て、歓声をあげる。
「ああっ! この神々しいワインはっ!」
もう1度飲みたいと願っていた、あの極上ワインではないか!
さらにシルヴィーは、地面に置かれた樽をポンポンと叩いてニッコリ。
「こちらの樽には、おなじワインがはいっています。以前、樽て欲しいとおっしゃっていたので……」
「えええっ! 本当に? すっごく嬉しい!」
喜びを爆発させた酒好きは、お隣さんをギュ、ギュ~ッ!
「ありがとう、シルヴィー!」
すぐにパッと離したものの、プシューと頭から顔から湯気をだしたシルヴィーはよろめき、「主君!」とウォーレンに抱き留められた。そのまま、しばしの心臓停止。
数秒後、なんとか自力で蘇生したシルヴィーは、「大丈夫です。問題ありません」と心配するハルカの手を借りて立ち上がり、広大なブドウ畑を指差した。
「このワインは『ブラッディー・コール・ラ・ティアーズ』という銘柄で、こちらのシャトーにて、ブドウを栽培、収穫し、醸造、熟成させています。僕がオーナーで、ウォーレンが生産者ですので、これからはいつでもお好きなときに、お好きなだけお飲みいただけますよ」
なんということだ。
「最高!」
もう1度、ギュ~~ッと抱きしめたいが、また心肺停止になったら大変なのでやめておく。
そのかわり、ガッチリと両手でシルヴィーの手を握り、
「こんな素敵なお隣さんに恵まれて、わたしは幸せ者だよ。これからも仲良くしようね」
シャトーの所有者がシルヴィーである限り、極上ワインが飲める限り、絶対に引っ越さないと、無類の酒好き女は心に決めた。
さらにハルカは、所有者のとなりに立つ生産者を尊敬の眼差しで見つめた。
変な呼び名をされたときは胡散臭さマックスだったが、極上ワインの生産者だと知った瞬間から好感度が爆上りしていく。
「貴方が、このワインを造っているの? すごいわ!」
「お褒めにあずかり光栄です。レディ・ブルーマウンテン。どうか、ウォーレンとお呼びください」
優雅に腰を折って礼をするウォーレンに、ハルカは笑顔を向けた。
「わたしのことも好きに呼んでいいけど、『レディ』なんて敬称は恥ずかしいからやめてね。それから堅苦しさも無しで。王様のクサレ縁……あっ、お友だちだからウォーレンって、まんま中世の貴族みたいで笑っちゃう。あはは」
「……はい。ブルーマウンテン」
魔界生まれの魔界育ち。由緒正しきブランドル伯爵家に生まれ、この間まで伯爵だったウォーレンは、中世初期生まれの『まんま貴族』である。
ハルカに「貴族みたいで笑っちゃう」と云われた元伯爵は心で泣いた。
◇ ◇ ◇
それから月日は過ぎていき、きっかい村は初夏を迎えた。
古民家の2階の窓から、シャトーを眺めていたハルカは、大きく頷いてから1階の居間に移動。
そこで手にしたのは、ここ1カ月ほどで練り上げた計画書とリストのファイルである。
パラパラと頁をめくり、また大きく頷いた。
「これは金になる。イケる。大成功まちがいなし」
そこに、玄関先から声がかかる。
「ハ~ル~カ~さ~ん。本日は『小悪魔テキーラ』で乾杯しませんか~」
ちょうどいいところに、お隣さん兼シャトーの所有者がやってきたではないか。
「そうだ。吸血鬼の王様なら、相談役になってくれるかも。それに、まずはシャトーのオーナーを口説き落とさないと」
きっかい村に移住して2カ月半。
ハルカはいよいよ、3年ほど前から温めてきた事業計画を実行することにした。