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21 辞令交付

 


 閉口する側近をよそに、浮かれた吸血鬼の夢物語はつづく。



「ハルカさんはこうも云っていた。ブドウ畑が広がるシャトーの雰囲気が好きだ、と。温泉地で蛇口をひねったら温泉が出てくるように、右にひねれば赤ワイン、左にひねれば白ワイン、前に倒せばロゼ、後ろに倒せばシャンパンが出てくるような家に住みたいそうだ! どうだ、わかるか、ウォーレン」



 わからない。それが、酔っ払いの戯言であるということしか、ワカラナイ。それを真に受ける主君がイカレているとしか思えない。



「ハルカさんが理想とするワイン城(シャトー)さえあれば、もっと仲良くなれるにちがいない。もしかしたら『お泊りしたい』なんてことも―ッ!」



 ナイナイ。絶対にないだろう。あっても、ワインを飲みたいだけだ。



 主君の話しだけでは、どうにも要領を得ない。一度、『お隣さん』とやらに会ってみる方がいいだろう。



 出会って数週間の吸血鬼に『シャトーごと』なんて法外な要求(おねだり)をしてくる人族はいないと思うが……もしも、吸血鬼の王の金銀財宝を狙う悪女だとしたら。



 ウォーレンの赤い瞳が、冷たい光を帯びた。



 主君を財布がわりにして、弄んで捨てるような真似はさせない。それは誇り高き吸血鬼族の名誉にかかわることだ。



 やはり、会って確かめるべきだな。もしものときは【血の雨】を降らせるしかない。たとえ主君の怒りを買い、滅せられようとも――



 折れた肋骨を治して立ち上がったウォーレンは、ひとまず(くだん)の人族に会うことを目的に、主君の命令を了承してみせた。



「ご希望どおりにしよう。今後についてだが、畑やシャトーの管理、ワインの生産や醸造法は、いつごろ、ダレに引き継げばいい? もし、シャトーとワインが大好きな『お隣さん』が引き継ぐのであれば、挨拶も兼ねて説明させてもらいたいんだが、どうだろうか。良ければ明日、俺も主君といっしょに古民家をたずねようか」



 至極当たり前のことを云ったつもりのウォーレンだったが、金の魔性は美しい片眉を器用にあげて、意味がわからないといった表情になる。



「引き継ぎってなんだ? シャトーの生産や管理をハルカさんが?」



「えっ? それじゃあ、主君がやるのか?」



「なぜ、()れが? ワイン造りなど興味ない」



 それは知っている。じゃあ、いったいダレがするんだ。コウモリ執事のピエールか? しかし、アイツはこの城(ゾルド・バルバラ)の管理と主君の世話で手一杯だろうし――



 しかし、そこは正直どうでも良かった。ウォーレンの目的は、悪女かもしれない『お隣さん』に会い、その真意を探ることで、シャトーの管理云々はただの口実に過ぎない。



 とりあえず、いくらバカでもわかるように噛み砕いて引継ぎの必要性についてもっともらしく説くことした。



「俺の訊き方が悪かったな。つまり、きっかい村でワインを醸造するにあたって、生産と管理に長けた者を雇い入れる場合でも、ブドウの品種や土壌、貯蔵のことは所有する主君とお隣さんには話しておいた方がいいと思うんだ。いきなりシャトーや畑、ワイナリーだけ転移されても困るだろう」



 いくらなんでも、これで頷くだろうと思っていたウォーレン。



 ところが――



「なにが困るんだ?」



 金の魔性の口からは思いもよらない言葉かえってきた。



「そもそもトランシルヴァーリア領は()れの領地で、おまえが代理で治めているにすぎない。つまり、その一部であるクリムゾン地方が転移するのだから、シャトーの管理生産者である領主代行者もいっしょに転移してくればいいだけのことだ」


「へっ?」



「今週中にすべて転移させろ。村役場に営業届けを申請しておけよ。あとは住民票の異動も忘れるな。良識あるお隣さんで通っている()れだから、村のルールに従ってきっちりしておかなければならない」



 営業届けの申請……住民票の異動……えっ、それって、まさか、まさか。



 ここにきて、事の重大さに気づいたウォーレンは、



「待て、待て、待てええええいっ!」



 主君もとい暴君の両肩をガシッと掴んだ。悪女とか目的とか、もうどうでも良かった。



「代理とはいえ、俺は350年に渡ってトランシルヴァーリア領を治めてきた領主だぞ。クリムゾン地方は領地の10分の1にも満たない。それ以外の領地運営はどうするのだ? それに金の魔性ドラクル公が失踪して大騒ぎのなか、俺まで魔界から姿を消せば、配下の貴族や眷属たちはパニックになるぞ」



「それがどうした」



 両肩を鷲掴みされたシルヴィーが鬱陶しそうに、ウォーレンの両肩を同じように鷲掴むなり、ボキボキボキボボキ――ッ!



 上腕骨、肩甲骨、鎖骨が粉砕される。



「痛ッテェェェ!!」



 ふたたび蹲ったウォーレンに冷たい視線を浴びせたシルヴィーは、執務机の上から新たな書状を取り出して読み上げる。



「現トランシルヴァーリア領主ウォーレン・フォン・ブランドルは、本日付けで解任。新たな領主には、同ブランドル家のメアリージョー・マルゴー・ブランドルを任命する」



「ナンダッテぇぇぇぇぇええ! あの血の気の多い姉上が領主?!」



「そうだ。かの女傑はすでに領土拡大に多大なる貢献をし、侵略した土地の残党たちも剛腕に物を云わせ、立派に平定しているではないか。生まれ育ったトランシルヴァーリア領の領主を兼任することなど容易い」



「あれは戦闘狂なだけだ! 四六時中、敵を挑発している。姉上がブランドル家でなんと呼ばれているか知っているか? 『血ぬれのメアリー』だぞ!」



「頼もしい限りだ」



 そう云って、ドラクル家の紋章印をダンッ!



「あああああっ、押印しやがった! 任命しやがった!」



 つづけて、今度は袖机から書状を取り出したシルヴィー。



「ウォーレン・フォン・ブランドルは爵位剥奪の上、きっかい村へ移住。これより、()れの側近兼シャトー管理者に任命、以上!」



 ダンッ!



「あああああっ! てめえ、この浮かれ金髪! イカレ吸血鬼!」



 暴言が木霊する執務室。



 両腕ダラリのウォーレンに止める術はなく、本日付けで、冷酷無比な辞令が交付された。





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