20 ブラッディー・コール・ラ・ティアーズ
ギャップ大の主君に、
「う~ん、アクセサリーはシンプルにバングルだけに留めるべきか。イヤーカフスなんかしてセンスをアピールすべきか……ウォーレン、どっちがいいと思う?」
アクセサリーについて意見を求められた側近。
どっちでもいい。心底どっちでも良かったが、美意識高い系吸血鬼のウォーレンは、ついつい真面目に答えてしまう。
「青輝石がついたイヤーカフスがあっただろう。あれは主君に似合っていた。濃青が好きな女性ならば、好ましく思うのではないか」
「それ、いいな! さすが、ウォーレンだ」
めったに褒めない主君から褒められ、キュンと高鳴った胸を落ち着かせた赤髪の吸血鬼は、いよいよ本題に話しを戻す。
「ところで、そろそろこれについて、詳しい話しを聞きたい」
それまでルンルンだった金の魔性は、目の前に広げられた書状をみてフンと鼻を鳴らしたが、執務机に寄り掛かると、ようやく応える気になったらしい。
「説明の必要はない。これは話し合いではないからな。決定事項として受け止めろ」
「そこに異論はない。主君の命令を聞くのは側近の務めだ。ただ、幼なじみとしては、命令の意図を理解しておきたいのだ。イヤーカフスのように良いアドバイスができるかもしれないぞ。これもまた『お隣さん』が関係しているのだろう? ならばなおさら聞いておきたい」
そう云って、ウォーレンは広げた書状の一文を読み上げた。
「トランシルヴァーリア領のシャトーとブドウ畑を、ゾルド・バルバラ城の裏手に転移させよ――なぜシャトーごと? きっかい村でワイン造りでもするのか? 酒に酔わない主君は、ワイン造りになんてまったく興味がないだろう」
「まあ、そうだな」
「何か、ワケがあるのだろう」
詰め寄る側近から視線を反らしたシルヴィーは、
「その……ワケというか……すごく喜んでくれたから……」
急にクネクネしだし、ボソボソ云いはじめる。
「あっ?? なに? なんだって?!」
聞こえねえ、とばかりに耳に手を当てたウォーレン。
「じつは……引っ越しの御挨拶にお伺いした際にだな……」
ここでシルヴィーの頬が、酒に酔ったようにポッと赤らんだ。同時に「ムフフ」と思い出し笑いをして、「気持ちワル……」とウォーレンの腰を引かせる。
「ムフフ……朕れの名前を呼んでくれ、一緒に酒を飲もうと誘ってくれ……ムフフ。そのとき、おまえが薦めてくれた手土産のワインで乾杯したのだ。女性に人気があるというトランシルヴァーリア産の……」
「薦めたワイン……ああ、シャトー・クリムゾンの『ブラッディー・コール・ラ・ティアーズ』のことか」
「そう、その長ったらしい名のワインだ」
「たしかに、アレは素晴らしいワインだ。ふむふむ、それで?」
「お酒が大好きなハルカさんは、このワインをいたくお気に召したようで、2日前の縁側で、梅酒とウォッカをちゃんぽんして悪酔いしたとき、ボソリと云ったのだ――ああ、あのワインは美味しかったなあ。また飲みたいなあ。できれば樽ごと欲しいなあ――と」
「た、樽ごと?」
『ブラッディー・コール・ラ・ティアーズ』
別名『血も涙もない』という鉄分たっぷりの赤ワインは、伯爵であるウォーレンが治めるトランシルヴァーリア領のクリムゾン地方で醸造されているワインだ。
今や魔界の王侯貴族たちの間で一番人気のワインで、入手困難な稀少銘柄ではあるものの、そこは領主でありシャトーの管理者でもあるウォーレンなので、なんとでもなる。
ホッと胸を撫でおろした側近は、幼なじみでもある主君の肩に手を置いた。
「なんだ、そんなことか。書状で『シャトーごと』なんていうから焦ったじゃないか。よし、わかった。それなら、希望どおりに樽ごと持ってきてやる。1樽か。それとも2樽? なんなら飲みやすいようにボトルにして10ケースぐらい持ってこようか?」
しかし、その言葉にシルヴィーは目をつりあげると、
「そんなケチくさいマネできるか―ッ!」
肩に乗せられた手を激しく払いのけ、指が3本折れた側近の胸倉を容赦なくつかんで怒鳴る。
「何もわかっていないっ! 何がアドバイスだっ! 樽の1つや2つ渡してどうするのだっ!」
「……というと、10樽ほどか?」
折れた指を元の位置に戻しながら訊き返した側近の鳩尾に、シルヴィーの膝蹴りがお見舞いされた。
「ぬううくぅっ……」
肋骨が折れる。
蹲ったウォーレンを見下ろした金の魔性は、金色の魔力を背中にユラリと立ち昇らせて憤怒していた。
「10樽だと……この愚か者めが。ハルカさんが樽で欲しいといったら、それは最低ラインで100樽だ。それも遠慮して『樽で……』と可愛らしくおねだりしているにちがいない。本心では『シャトーごと寄越せ』と要求しているのが、なぜ、わからぬのかっ!」
わからない。それは絶対にわからないし、そもそも、そんな阿呆な要求をしてくるヤツは、魔界にもそうそういない。
「この金の魔性シルヴァン・ハインリッヒ・ドラクルが、愛するお隣さんに遠慮などさせてなるものか! どうせならシャトーのあるクリムゾン地方ごと贈らなければ気が済まない」
たぶんこれは、主君の壮大な勘違いだ。
しかし、シルヴィーの剣幕にさすがのウォーレンも怯んだ。ここで口ごたえをしようものなら、全身の骨を折られるにちがいなかった。