2 きっかい村役場
きっかい村の村民たちは、村で唯一の人族だったタツ子の孫を大歓迎してくれた。
「ようこそ、きっかい村へ!」
古民家にハルカが到着するやいなや、
「それ、こっちー」
「これ、こっちー」
「あとは、これー」
「終わりましたー」
きっかい村役場からやってきた若手職員たちの人外の速さと怪力による、じつに効率的な引っ越し作業がはじまった。車1台分の荷物はあっという間に荷解きされ、すぐに使えるようにと所定の位置へ。
古民家の住人となるハルカといえば、手を出すことを早々にあきらめた。なぜなら、古民家特有の狭く、傾斜のきつい急階段を使うことなく、空を飛んで2階の窓から楽々とダンボール箱を運び入れる有翼人職員。
また、ハルカの不精により、多くのダンボールには「日用品」「衣類」「食器」といった品目が未記入だったが、透視能力のある魔族職員によって、
「あっ、これは台所用品だから箱をあけて整理して。そっちはコタツ布団だからそのまま押し入れに運んでおいて。魔法でラベリングしておくといい。冬場になったら自動で前側に出てくる。ああ、それは書籍関連だから外から2階に運んで、本棚にジャンル別に並べておくといい」
開封する手間なく、どんどん仕分けされていく。
衣類にしても日用品にしても、春夏に必要なものだけが、きっちりと収納されていく様子は、まるでプレミアムサービス付きの「おまかせ引っ越しパック」のようだった。
ハルカが運び込んだ荷物といえば、下着類が入った衣装ケースのみ。あとは祖母タツ子の親友だったエルフ族のマーサおばさんが持ってきてくれた引っ越し蕎麦を茹でながら楽しくおしゃべりをして、
「皆さん、本当にありがとうございました。おつかれさまです」
作業を終えた平均年齢300歳の若手職員たちと、ワイワイにぎやかに蕎麦を食べた。
きっかい村に移住した翌日。
住民登録をするために、村役場を訪れたハルカ。村民課の窓口では、化け猫族の猫田又作が、嬉々として応対してくれた。
「僕、この窓口に座って100年目なんですけど、人族の住民登録をするのは、タツ子さん以来なんです」
嬉しそうに話すマタサクは、ハルカからみれば「大卒で採用されて3年目です」という猫耳付きの若い風貌だった。しかし、話しを聞く限り、村民課に配属されて100年目のベテラン窓口担当者。いったい、何歳なのか。
「引っ越しをお手伝いに行った若手から聞きました。昨日は、美味しい蕎麦をご馳走になったとか。いいなあ、僕もお手伝いに行きたかったのですが、春先ということで異動届けが多くて……まあ、ほとんど魔族の方々なんですけど。彼らは魔界を行ったり来たりするものですから。転入、転出届が昨日だけで~」
「へえ、それは大変ですねえ」
意外と多い転出入に驚く。
「異種族たちにとって、きっかい村は人気なんです。土地も広いし、のどかで景色もいい。種族間の争いもないですし、こんな山奥にありますけど、タツ子さんのおかげで通信設備も整っているうえ、商店街があるから買物にも困らない。やっぱり、住みやすいのが一番ですよねえ」
種族の偏りがでないように、ということで特例自治区は種族ごとに入村できる枠が決まっている。移住希望者が極端に少ない人族の枠はいつでも空いているが、それ以外の種族は万年順番待ち状態。
「魔族のように自分たちで順番を調整している種族もいますけど、ほとんどが移住希望リストに登録した順番待ちじゃないですか。エルフ族なんて千年単位の御長寿種族なんで、今から順番待ちリストに登録しても、向こう10万年は空きが回ってこないでしょうね」
マタサクは、きっかい村の平均寿命についても教えてくれた。
「天狗村長は今年ちょうど1000歳で、ミレニアムだって騒いでいます。エルフの長老は1000歳をこえたあたりから数えるのをやめてしまったそうなので推定なんですが、2000歳くらいかと。でも、若手も多いので、平均年齢は700歳くらいです」
「ところで、マタサクさんは何歳なんですか?」
ついでとばかりに、ハルカは気になっていたマタサクの年齢を訊いた。
「僕ですか。じつは先月、500歳になったんですよ~ そろそろ折り返しです~」
大卒3年目にしか見えない猫耳マタサクは、若手職員たちの2世紀先輩だった。
「魔族や妖怪、多くの人外種は青年期が長いので、老年期に至るまで容姿の変化はほとんどありません。見た目ではわからないので、僕たちも年齢を聞いてびっくりすることがあるんですよ~」
たしかに。マタサクの年齢には、ハルカも大いに驚かされた。