19 赤髪の吸血鬼
ハルカとシルヴィーがお隣さんとなって、2週間が過ぎたころ。
夜行性の異種族が活動する夜半になって、魔界から赤髪の吸血鬼がゾルド・バルバラ城を訪れた。
「主君、主君! シュッく――――ん!」
その手に握られているのは、ドラクル家の紋章がある書状。
「金の主君よっ! これはいったいどういうことか、説明願おう。冗談にしては、じつに面白みがない」
ちょうどこのときシルヴィーは、明日の古民家訪問に向け、ピエールと衣装の打ち合わせをしていた。ちなみに、酒を持参しての隣家訪問は2日に1回のハイペースである。
衣裳部屋にて――
「どうだ、ピエール。これは、ハルカさんが好きな色だったな」
巨大な鏡の前でポーズを決める主人に、山積みになった服から顔をだしたコウモリ執事は助言する。
「大変お似合いです。ヒト様は濃いブルーがお好きと、前回、イチゴ大福を召し上がりながらおっしゃっておりましたっピィ」
「そうか。それじゃあ、明日はネイビーのジャケットで決まりだな! うむ、 朕れの金の髪と瞳が映えて良い感じだ」
「ですが、ご主人さま。2日前はネイビーのシャツ、4日前もまたネイビーのスラックスと、ネイビーコーディネートを多用し過ぎております。さすがに芸がないでしょう。ヒト様もいい加減、ネイビーなお隣さんにはウンザリかと……ピィ」
「たしかにっ! 初回のネイビースーツを入れたら、今回で通算4回目となるのか……それは、ダメだ。よくぞ、気づいたな、ピエール。最近のオマエは冴えている! ハルカさん好みの和菓子を作れることといい、文句なしの働きぶりだ。しかし、ネイビー以外となると……どうしたものか」
有能な執事コウモリは山積みの服から、サックスブルーのシャツを選んだ。
「ここはひとつ、爽やか系のブルーはいかがでしょうか。あとは無難にオフホワイトでまとめておけば、春らしくもありますので」
「なるほど! ネイビーから少しずつ青系で変化をつけていくのだな。よし、それでいくぞ」
さっそく着替えたシルヴィーが、クルリとターンを決めた。
「どうだ、ピエール。悪くないだろう」
「爽やかですっピィ。上級者向けコーデですっピィ」
サックスブルーにオフホワイト。永遠のド定番コーディネートの完成である。
そんな感じで、衣裳選びに夢中な吸血鬼とコウモリは、衣裳部屋に入ってきたウォーレンが「おいっ、そこの主君とコウモリ執事!」といくら呼んでも、見向きもしなかった。
しびれを切らしたウォーレンは、コーディネートをチェックするシルヴィーの前に立ちはだかり、書状を突き付ける。
「おい、先にこっちの話しだ!」
鏡を遮られたド定番コーディネートのシルヴィーは顔をしかめ、
「ああ、うるさい。 明日の準備で忙しいっていうのに。しょうがないな、1分だけ時間をやる。書斎にこい」
そう云ってアクセサリーをいくつか手にするなり、衣裳部屋から転移した。
しかし場所を移したところで、明日の訪問のことで頭がいっぱいの浮かれた金の魔性は、今度は書斎の窓ガラスを鏡がわりにして、チェックに余念がない。
すこし遅れて書斎にやってきたウォーレンは、その姿に驚きと呆れをもって、しばし観察した。
本当に、これがあの金の魔性だろうか。
数週間前まで、魔界において魔王を凌ぐ恐怖の頂点にいたような主君が、まさかここまで豹変するとは……
金の魔性・ドラクル公といえば、言わずもがな吸血鬼の王であり、その美貌は魔界一と称されることから、女も男も種族を越えて「一夜の夢を」「50番目でいいです」と、寵愛を求めてやまない存在である。
しかし、魔界でもっとも妖艶な淫魔の女王でも、凄絶な色香を放つ色欲の堕天使であっても、金の魔性に触れることすら叶わなかった。
寵愛を求める淫魔の女王には、冷々然たる視線を浴びせ、
「失せろ。身の程知らずの発情魔が……滅すぞ」
火焔をユラユラさせ、火の粉を飛ばして追い払った。
色欲の堕天使には、もっとひどい仕打ちがなされた。たしかあのときは、主君いわく「運命の相手・現お隣さん」と出会う200年ほど前。
魂が荒んでイライラが募っていた時期であり、タイミングも悪かったのだが、瑞々しい少年の姿で奉仕しようとしたあの堕天使が余計なことを云い、主君の逆鱗にふれた。
「御慰めします。ボクのすべてを捧げましょう。王を一目みたとき運命だと感じました。美しき吸血鬼の王にふさわしいのは他のダレでもない、このボク――」
「貴様が朕れにふさわしい、だと? 薄汚れたクソが。ああ……どうしてやろうか。おい、地下牢からイキのいい奴を呼べ。そんなに奉仕したければ、✕✕の✕✕で、貴様の穴という穴をふさいで100年ほど魔界を練り歩かせてやる」
それから、きっちり100年。狂乱する堕天使の喘ぎ声が魔界を縦断し、側近であるウォーレンの元には、しょっちゅう苦情がきた。
そんな金の魔性が今では――
「ああ、早く夜が明けないかなあ~」
うきうき、うきうき。
ギャップについていけない赤髪の吸血鬼であった。