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17 発射

 


 眉間に皺をよせながら「う~ん」と呻いたコウモリの瞼がピクリと反応してすぐ、赤ワイン色のクリッとした大きな目がゆっくりと開いた。



「あっ、起きた。わあ、まん丸お眼目(めめ)なんだねえ」



 ぼんやりとした意識のなか。ピエールは、薄紅色の髪と(うぐいす)色の瞳という、桜餅のような色合いを持つ何者かにジッと見つめられ、



「……ピィ?」



 ダレだっけ?



 と、首をかしげた。



 しかし、徐々に焦点が合ってきて、



「……ピッ」



 あれ、もしかして――と、背筋に寒気を覚えはじめる。



「だいじょうぶ? 床にぶっ倒れていたんだよ。そのあと、わたしがうっかり踏んづけちゃって、ごめんね~」



 ヘヘッ、と笑った春色の人族。その気配には覚えがあった。



 もしや、もしや、もしや ――!!



 ワインレッドの目玉を全開にして、激しく動揺するコウモリに気づかない鈍感な人族は、



「うわあ、頭の毛がフワモコで気持ちいいねえ。よしよし」



 こともあろうに赤子のように抱きかかえ、灰色の頭頂部を撫でてきたではないか!



 ピエールは、かつてない危機感を覚えた。



 鈍感・桜餅な人族の正体は――嫉妬の激しい幼稚な主人の想い人でまちがいなかった。



 近すぎる。不可抗力とはいえ、腕に抱かれての撫で撫では……主人の大不興を買うこと間違いなしだ。



 たとえどんなに言葉を噛み砕き、「そうじゃないんですよ」と懇切丁寧に話して聞かせても、初恋こじらせ偏屈サイコパス吸血鬼な主人には、なにひとつ通じないだろう。



 ピエールの脳内には、近い未来のビジョンが鮮明に浮かんだ。



 怒り狂った主人に串刺しにされたうえ、殴打、蹴り、鞭打ちの打撃系フルコースを受け、



「まだまだ、簡単に死ねると思うなよ」



 狂気の沙汰の主人に無慈悲な言葉を浴びせられながら、魔王すら恐れるという黄金の劫火(ごうか)で、こんがり丸焼きにされる己の姿を。



 耐えられない。魔物だって、そんな拷問には耐えられない。退避……緊急退避しなければ。



 城内からの速やかな退避を決断したとき。



「そろそろ、立てるかな?」



 人族はタイミングよく抱いていた腕から、ピエールを解放してくれた。



 そっと床におろされた瞬間を逃さず、ありったけの魔力を両脚に集中させたピエールは、



「ピッ……ピッ……ピッ……ピイィィィ!!」



 急発射! 



「うわっ、飛んだ!」



 時報のような鳴き声をあげるなり斜め後方に、ロケットのように発射していったコウモリ。(から)くもシャンデリアは避けられたようだが、天井に穴をあけ急上昇、あっという間に肉眼では見えなくなってしまった。



 いったい、どこまで飛んでいったのか。吹き抜けようになってしまった天井から青空を見上げ、ハルカは唖然となる。



 そこに2階から、ゆるやかなカーブを描く階段を滑るようにおりてきた黒い霧が、大理石の床で渦を巻き、ものの数秒で「おまたせしましたっ!」と、カジュアルな装いで決めたシルヴィーが登場。



 しかし、天井から破片や埃がパラパラと落ちてくるエントランスで、茫然とした顔で尻もちをつくハルカをみるなり、金の目玉が飛び出そうなほど瞠目した。



「こ、これはいったい!」



 美麗な顔を大いに引き攣らせ、慌てて助け起こしてくれたなか。



「それがさあ」とハルカは、コウモリが発射されるまでの経緯を説明した。



「た、大変申し訳ござません! お怪我はございませんか?」



「ない、ない! かすり傷ひとつなし! それよりも、あのコウモリさんは大丈夫かな? 戻ってきそうにないけど……」



「まったく問題ございません。アレは我が家のコウモリ執事でして、まだまだ未熟者ゆえ、お客様をおもてなしすることもできないのです。あとで、きっつ~く叱っておきますので、どうか、お許しください」



「そんなに怒らないであげて。わたしが踏んづけちゃって驚いたんだと思う……あっ、それよりさあ、シルヴィー」



 床に置いていた箱をハルカは、「よいしょ」と持ち上げる。



「今朝の『青空市』で、色々買ったり貰ったりしたんだけど……よかったら、はい、どうぞ! お裾分けだよ。イモとか玉ねぎとか、新発売のクラフトビールもあるよ」



 話している間に、重たい箱をシルヴィーにさっさと渡した。



「僕にですか! ありがとうございます! ハルカさんから贈り物をいただけるなんて……」



「こちらこそ、昨日は美味しいワインをありがとう。お酒にも付き合ってくれて……それに、その……いろいろ迷惑かけちゃったみたいで、ごめんね」



「とんでもございません! とっても楽しいひとときでした」



「そう云ってもらえると嬉しいな。それにしても、すごいお城だねえ」



「大したことはございません。コウモリごときが穴をあけられるような家ですから。ハルカさんの()の方が、100倍素敵ですよ。でも、もしよろしければ、当家にも中庭がございますので、ご案内いたしましょうか」



「わあ、みたい、みたい」



「では、こちらにどうぞ」



 ハルカとならんで歩きながら、シルヴィーは念を飛ばした。



《 さっさと戻ってこい。ポンコツ執事コウモリがっ! 1秒以内に戻ってこなければ、串刺しにして、金の劫火で丸焼きの刑だ! 》






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