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16 灰色のコウモリ

 


 ピエールは城内を高速移動していた。



 普段は超低血圧な主人が、朝っぱらから素っ裸で活舌もよく、無理難題をふっかけてきた。



「とりあえず、ご案内するところから、お掃除だっピィイイイィ!」



 ピエールは中庭とテラスをピッカピッカにするのに30秒。キッチンで最高級の豆や茶葉、菓子や軽食を準備するのに40秒かかった。



「残り10秒でエントランス!! しんどいっピィイイイイイ」



 モップとハタキ、バケツと雑巾を手にして、コウモリ執事は城の顔ともいえるエントランスホールに飛び込んだ。



 旋回しながら天井のシャンデリアをハタキで高速バタバタ。モップを魔法で巨大化させ、一気に床を掃除しよう、そう思ったときだった。



 方向転換の際に、勢いよくブンッと回したモップの長柄が、階段下に飾られた甲冑の鉄仮面にヒットしてしまう。遠心力が加わり、勢いよく飛んだ鉄仮面が、不運にもピエールの後頭部を直撃。フッ飛んだコウモリは、顔面から重厚な入口扉に激突した。



「ピ、ピィ……」



 衝撃に目を回した灰色のコウモリは、グレー系の大理石の床にポトリと落ち、魔法が解けて元の大きさに戻ったモップも、階段の下でカタンと音をたてて倒れた。





 ◇  ◇  ◇





 そのころ。



「遠いな~」



 野菜や果物でいっぱいなった箱を両手に抱え、ハルカはお隣さん()の玄関をめざして歩いていた。



 魔法陣のようだと思った緑の庭は迷路で、袋小路に2度ほど行く手を阻まれながら通り抜け、鉄製の内門をくぐってから、かれこれ20メートルは歩いただろうか。



 ようやくたどり着いた玄関先。石造りの城壁を見上げると、等間隔に配置された窓はすべて半円のアーチ型で、ところどころにガーゴイルの石像がある。



 四つの尖塔には見事な彫りの装飾がほどこされ、自然に伸びた緑の蔦が絡まりあっている様は絵画的で、なんとも美しかったが――いかせん、扉は威圧的だった。



「でっかい扉だな~」



 見上げるほどの巨大観音扉には、ドラクル家の紋章なのか、背中合わせの双竜が刻印されている。呼び鈴なんてものは見当たらず、強めにノックしても反応はなし。



「困ったなあ。留守なのかな」



 ダメ元で鉄棒のような太さの取手を引っ張ってみたハルカ。



「――あれ? 開いた」



 意外にも施錠はされておらず、扉も想像以上に軽く開いた。



 隙間から顔をのぞかせ、



「こんにちは。となりの青山ですけど~」



 薄暗いエントランスに向かって声をかけてみるも、やはり反応はない。



「しょうがない。出直すか」



 帰ろうとしたときだった。



『どうぞお入りください』



 そんな感じで、音もなく両開きの扉がフルオープンされていく。



 開口部の大きな扉が開け放たれ、一気に明るくなったエントランス。



 グレーと黒の大理石に、ひかえめな金の装飾がほどこされた内装は洗練された美しさがあった。しかし高い天井から吊り下げられているのは、一転して豪華なシャンデリア。一点豪華主義は悪くない。



 扉からの陽射しを受けたシャンデリアがプリズムを生みだし、虹のような光が分散していた。「うわ~」と感嘆の声をあげたハルカは、口をあけたまま七色の光に誘われるように1歩、また1歩とエントランスの奥にすすみ、3歩目を踏み込んだとき――むぎゅぅ。



 弾力のある何かを、スニーカーで思いっきり踏んづけた。



 踏みしめた足裏の感触と、「ぴぃぃ……」という哀しい鳴き声を聞いて、



「え、ナニ?」



 顔より高い位置に箱を持ち上げたハルカは、自分のスニーカーに背中から踏みつけられている大きめのコウモリを見つけた。グレー系の大理石に灰色のボディが同化していて、まったく気づかなかった。



「あっ、ごめん!」



 慌てて後ろに跳び退()く。しかし、勢いよく跳んだ拍子に箱が手前に傾き、コレット男爵イモと玉ねぎが落下した。それが見事にコウモリを直撃。イモ、イモ、玉ねぎの順番で痛打した。



「ピッ、ピッ、ピィッ」



「ああっ、またまた、ごめん!」



 大理石の床に箱を降ろし、大急ぎで助け起こすと、額と鼻のあたりを真っ赤にした灰色のコウモリは、完全に目を回していた。



「お~い、コウモリさ~ん」



 ハルカの呼びかけにも「ピィ……」と、か細い鳴き声をあげるだけ。



 左右の翼をもって広げてみると飛膜に破れはなく、そのまま右へ左へ半回転させ、全身をくまなく観察して思ったのは――このコウモリ、だいぶ大きいな。ちょっと大きめな赤ちゃんくらいある。



 広げた両翼は2メートルほど、頭部が大きく、お腹はポッコリ。しかし、その大きさの割に軽量ボディだった。重さは1キロあるか、ないか。



 ひとまず怪我がなさそうでホッとしたハルカは、もう一度声をかけてみる。



「お~い。ポッコリおなかのコウモリさ~ん。となりの青山ですけど~」






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