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15 ゾルド・バルバラ

 


 古民家に帰り着いたハルカは、野菜や果物をせっせと運び入れてから、台所に空き箱を用意した。今から準備するのは、シルヴィー宅に持参する『お裾分け&詫びの品』である。



 スーツはクリーニングからもどり次第、返しに行くとして、パワハラ絡み酒のお詫びは、今日中にしておこう。



 まずはクラフトビールの大瓶を3本、つぎにジャガイモ、玉ねぎ、人参、アスパラガスにトマト。



「美味しい夏カレーができそう」



 つぶやきながら新鮮野菜を箱に詰め、半分にカットした《モンスター・キャベツ》、イチゴ1パックとバナナを1房をいれる。



「こんなもんかな。あっ、あとクッキーも半分入れておこう」



 大判のクッキーを追加して、箱はいっぱいになった。



 居間の振り子時計に目をやると、時計の針は10時を回ったところ。



「10時半ぐらいに行こうかな。それまでは……」



 お湯を沸かして、マグカップに紅茶のティーバッグを浮かべたハルカは、残りのクッキーを持って縁側に移動した。



 陽当たりのよい場所に寝そべり、クッキーをつまみながら、朝刊『きっかいタイムズ』を開くと、今朝の見開きには、【きっかい小学校 運動会で好記録続出!】とあった。



 1面、2面と村内の記事がつづいたあとは、スポーツ、エンターテインメント関連とつづき、5面は日の出国の主な出来事、それ以降は妖界や魔界の情勢についてであった。



 ハルカはそこで、数行の短い記事を目に止めた。



 ◆ 金の魔性・ドラクル公 魔界より失踪 



 ドラクル公が忽然と姿を消した。詳しい日時は不明だが、人間界、日の出国にある特定異種族・共存モデル地区「きっかい村」に移住した模様。魔王城からの問い合わせに対して、関係者らはドラクル公の進退について、一同に明言をさけた。



「そうか、これで噂になっていたわけだ」



 納得して紙面を閉じたハルカは、



「さて、行こうかな」



 お裾分け&詫びの箱を抱えて、東隣のシルヴィー宅へ向かった。




 ◆  ◆  ◆




 幾何学模様の庭に囲まれたゴシック城は、正式名をゾルド・バルバラ城といい、魔界にいくつも城を所有するシルヴィーが唯一、大切にしている城といっていい。



 理由は、城の中庭にある銅像が、初恋のハルカに似ているから。そして比較的、小さな城だから。



 いつかハルカが異種族との共存を望み、共存地区での暮らしをはじめたならば、この城ごと直ちに引っ越そうとシルヴィーは決めていた。



 最有力候補の移住先が「きっかい村」であることはまちがいなかったので、村役場のデータベースを365日24時間体制で監視していたシルヴィーは、その甲斐あっていち早くハルカの移住を知ることができた。



 そこからは金の魔性・ドラクル公のネームバリューをこれでもかと使い、移住手続きを簡略化。古民家に隣接する区画をゴリ押しで確保した。



 引っ越しの挨拶の際、イレギュラーに襲われながらも、なんとか「お隣さん」という素晴らしいポジションを得ることに成功したシルヴィーは、嬉しさのあまり、昨夜から一睡もしていなかった。



「膝枕をして、御髪まで撫でてしまった……ムフッ」



 寝台の上でゴロゴロしながら、奇跡の展開に喜びを噛み締める。



「あの無礼者(ピエール)邪魔者(ウォーレン)さえいなければ、朝までいっしょにいられたのに……無粋なヤツらめ」



 ――そのときだった。



 ハルカにだけ反応するシルヴィーの嗅覚が、春風にのって運ばれてくる愛しい人の香りを感知した。



「きてる! ハルカさんが、こちらに向かってきている!」



 鼻腔を甘く刺激されたシルヴィーは、天蓋付きの寝台から跳ね起き、シルクのローブを勢いよく脱ぎ捨てると、鋭い念を飛ばした。



《 あたらしいシャツとパンツのセットアップを1秒で持ってこい! カジュアル系だ! 》



 念を飛ばして0.4秒後。



《 1秒は無理っピィ―ッ! 》



 ドタンバタンと階下で派手な音をさせたコウモリ執事ピエールが3秒後、ゼエゼエと息を切らしながら主人に命じられたカジュアル系のセットアップを抱えてやってきた。



「おまたせいたしましたーッ」



 いつもなら昼過ぎまで閉め切られたままの寝室のドアをあけたピエールは、目の前の光景にギョッとなる。



 白磁に輝く裸体をおしげもなく晒し、寝台に仁王立ちしている主人。上品な胸の突起も御自慢の竿も、何から何まで包み隠さずの状態である。これを魔界の貴婦人たちがみたら、狂喜乱舞するだろう。



 羞恥心ゼロの真っ裸な主人は「遅い!」と文句を云い、すぐに次の命令を下してきた。



「大切なお客様が1分20秒後にいらっしゃるから、城内をピッカピッカ磨き上げ、中庭のテラスにおもてなしの用意をしろ。茶葉も珈琲も菓子も、すべて最高級のものだ! 何を所望されても対応できるように万全にだ! いいな!」



「ピイィィィィ! 時間ないっピイィィィィ!」



 コウモリ執事はセットアップを主人に投げつけ、バサバサと飛んでいった。







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