14 異世界産
時刻は午前8時45分。
ハルカは本日の『青空市』において、最大の目玉商品を手に入れるため、一つ目小僧の職員が持つ【本日の目玉商品☆最後尾はコチラです】と掲げられたプラカードの列に並んだ。
入場口で配られていたチラシに目を通す。
【お見逃しなく! お買い忘れなく! 午前9時より販売開始~人気☆異世界野菜☆各種1玉/1円!】(注:各100玉限定。1世帯3玉まで。売り切れゴメン)
これは見逃せない。買い忘れなんて、もってのほかだ。
きっかい村で平均100円を超える高級野菜。それが『異世界産の野菜』である。量り売りが主流のきっかい村において、単価設定アリの強気販売をする理由は、その出荷数の少なさにある。
妖怪スーパーにも滅多に入荷しない異世界産の野菜を、ハルカも1度は買ってみたいと思っていたのだが――列に並んで思った。
今日は、買える!
意気揚々と目玉商品の列に並んだハルカが「1、2、3、4……」と数えたところ、先頭から30番目だった。販売開始を今か今かと待ちつづけ、そうして手に入れた異世界野菜は制限数の3玉。
《妖怪カボチャ》と《モンスター・キャベツ》と《七色マジカルレタス》を、ハルカは合計3円で購入することができた。
「やった! やった! やったあ~!」
小躍りしてしまうほど嬉しい異世界野菜とは、いったいどういうものか。
まずは《妖怪かぼちゃ》から。コチラはどんなに厚くカットしても、煮る、焼く、蒸す、などなど。いかなる調理法であっても、わずか20秒で火が通るという、最強時短野菜である。
つぎに《モンスター・キャベツ》とはナニか。こちらは半分にカットして保存するたび、翌朝には元通りの1玉に戻るという、驚異の再生能力を持つ葉物野菜である。この再生は約1か月間持続するので、大家族にはもってこいの野菜である。
さいごに《七色マジカルレタス》であるが、これは葉の1枚、1枚が、とってもキュートなハート型になっており、盛り付けると七色のパステルカラーに変化するという、料理の彩りには最高の野菜である。
買物を終えたハルカが、空色の紙袋をぶら提げ、鼻歌まじりに駐車場へ向かっていると、
「おおっ、そこを歩くは、すっぴん風メイクでご来場の青山さんではないですか!」
出口近くに本部がある農業振興課のテント前で、ヘビ彦につかまった。
「本日の目玉商品は、お買い忘れないですか?」
ハルカが空色の紙袋を開いて見せると、
「異世界野菜コンプリート! さすが、買物上手のすっぴん風メイク!」
そう云ってヘビ彦は、紙袋のなかにイチゴ3パックを詰め、紐で結わえたバナナ3房をハルカの肩にかけ、ネットに入ったキウイフルーツ10個を「ご来場プレゼントです」と持たせてきた。
「きっかい酒造からの〖春のクラフトビール・お試し1ケース。大瓶20本セット〗は、お車の荷台に積んでおきましたので!」
「ありがとう! 絶対に持てないと思ったよ!」
「そうでございましょう。藪蛇ヘビ彦に抜かりはございません! しつこいだけではございません! またのご来場をお待ちしております! どうぞ、お気をつけてお帰りくださ~い!」
ヘビ彦に見送られ、肩にも腕にもずっしりと重さを感じながら、ハルカは駐車場に到着した。
鍵のかかっていない車のバックドアを開けると、すでに荷台はいっぱいだった。
きっかい酒造のロゴ入りクラフトビールが1ケース。それから「あおやまのイモ」と書かれた麻袋がひとつ。絶対に2キロ以上ありそうな「あおやまの野菜」と書かれたダンボール箱が乗せられ、さらに「あおやまの米」と書かれた米袋まであった。
心優しき太っ腹な大男に、ハルカは手を合わせて拝んだ。
ありがとう――ジャイアントさん。
そのままバックドアを閉じたハルカは、助手席に空色の紙袋とバナナ、キウイフルーツと大量のティーバッグとクッキーを、「よっこらせっ」と載せた。
「これで10円だもんなあ……」
しみじみ思う。
きっかい村に住む限り、向こう10年の食費は、酒代込みで1万円でいけるんじゃないだろうか。いや、イケる。青空市がある限り、きっと大丈夫だ。