13 血統
総額7円分の買い物をしたハルカは、試食のトマトスライスを食べながら、「ついにお隣さんができたんだよ」とジャイアントさんに話した。
「なんとか・なんとか・ドラクルって名前なんだけど、『シルヴィー』でいいって。髪も瞳も金色の吸血鬼で、もうキンキラキンで眩しいよ。あっ、それから酒も強い」
適当すぎるハルカの情報にも、ジャイアントさんは驚き「ええっ!」と、のけ反った。
「金の魔性・ドラクル公が魔界から引っ越してきたのか? あやし区に?! そりゃ、すげえっ! いっしょに酒を呑んだってっ!?」
「そうそう、ちゃんと自分から挨拶しに来たんだよ。良識あるお隣さんで一安心」
「へえ、巨人族のオレも1度は会ってみたかった吸血鬼の王だからなあ。今度、紹介してくれよ」
「いいよ。でも、知らなかった。シルヴィーって、吸血鬼の王様なの?」
「有名だぞ。なにせ、魔界の4分の1を支配するアンデット系最強種族、吸血鬼の頂点に立つ御方だ。とてつもない強さだろうなあ」
「へえ、そんなに凄いのかあ」
その頂点に「初恋です」と告白されたことは黙っておこう。
ジャイアントさんのテントをあとにして、喉が渇いてきたハルカは、広場の奥にある『青空カフェ』でひと休みすることにした。
空模様の大きなテントに入ると、気配を察した猫耳マダムが「こっちにおいで~」と、猫手で手招きしてくる。
きっかい村マダム会が運営する『青空カフェ』では、来場者にハーブティーと手作りクッキーがふるまわれる。これがとても美味しい。子どものころはタツ子にせがんで、何度も連れてきてもらった。
猫耳マダムは「こっち、こっち~」とハルカを呼びつつ、バックヤードにも声をかける。
「マザー! タツ子さんの孫が来たよ~!」
ポットを片手に「待ってたよ」と現れたのは、マーサおばさんだ。
引っ越し蕎麦を持ってきてくれ、そのあとも古民家に様子を見に来てくれた祖母タツ子の大親友は、
「いらっしゃい。どうだい、少しはこっちの暮らしに慣れたかい? 小さい頃から来ていたとはいえ、タツ子がいないからねえ。不安があったら、すぐに云うんだよ。遠慮するんじゃないよ。いいね」
テーブルにズラリとクッキーを並べながら云った。
エルフ族長老の奥方であり、マダム会の会長。さらには〖コスメ・エルフ〗の代表取締役社長。さらにさらに〖エルフ茶園〗のオーナーという、肩書きだらけのマーサおばさんは、村では「ゴッドマザー」の愛称で親しまれていて、面倒見がとてもいい。
ギンガムチェックのクロスを敷いたテーブルの上で、数種類の茶葉を手際よくブレンドして、ハーブの香りがするお茶を淹れてくれた。
〖青空カフェ』で提供されるお茶は、もちろんエルフ茶園のもので、
「う~ん、いい香りだね~」
花の香りが漂うハーブティーは、ハルカのお気に入りだった。
せっせとお土産用のティーバックを作りながら、マーサおばさんはすっかり噂になっている「お隣さん」について訊いてくる。
「突然、魔界から引っ越してきたらしいけど、変なヤツじゃなかったかい?」
「大丈夫だよ。礼儀正しい吸血鬼だった。古民家の東隣りなんだけど、ジャイアントさんの話しによると、魔界では金の魔性・ドラクル公って呼ばれているんだって」
すると、それを聞いたマーサおばさんの尖った耳が、いつも以上にピーンと横に伸びた。
「ドラクル公だって! そりゃ、たまげたね!」
「やっぱり、シルヴィーって有名なんだね。ジャイアントさんも興奮してたから」
「そりゃ、そうだろうねえ。なんてったって血筋がいいからねえ」
「血筋? ヴァン爺の孫だって云っていたけど、そんなに良い血統なの?」
「ああ、そうだよ。アンデット系の種族は血統が何より重要だからね。魔界で魔王家とならんでも遜色ないのは、おそらく吸血始祖の直系である金の魔性・ドラクル公ぐらいなものじゃないかねえ。しかしまあ……」
そこでマーサおばさんは、困り顔に少しの憐れみを浮かべて「大変だねえ」と、ハルカの肩に手を置いた。
「あんなバケモノみたいな爺さんに好かれて追い回されて、タツ子もそりゃあ大変だったけど、孫のハルカもかい……タツ子の血筋も、それこそとんでもないねえ。魔界から引っ越してくるぐらいだから、あの爺さん以上の執着かもしれないよ。やれやれ」
お土産用の紅茶やハーブティー、緑茶のティーバックとクッキーを大量に持たされ、心配性のマーサおばさんに「イヤなことは、きっぱり嫌っていうんだよ」と何度も釘を刺され、ハルカは「またねー」とカフェを出た。