12 青空市
醜態は記憶しているが、二日酔いはしない女・青山ハルカは、古民家の狭く急な階段を軽快に駆けおりていく。
朝シャワーですっきりし、化粧水で肌を整えたあとは、〖コスメ・エルフ〗のオールインワン・万能魔法パウダーを顔に叩き込む。所用時間5秒。これだけでプロ級のナチュラルメイクに仕上がるという、素晴らしい一品。
あとはジョガーパンツとTシャツの上からパーカーをかぶって、身支度はあっという間に完了した。
愛車の鍵を手にして外に出れば、たしかにビューティフルサンデーだ。上空には、青空市にぴったりな爽やかな空が広がっている。
車のエンジンをかけると、オーディオからは〖FMきっかい〗日曜朝の人気ラジオ番組『おはよう、ろくろっくびネエさん! ネエ聴いて!』のジングルが聴こえてきた。
隔週の日曜に開催される青空市は、主に野菜や果物のお店が多く並ぶが、それ以外に花や薬草、加工食品から酒類、ハンドメイド作品まで様々な物が売られている。カラフルなテントやシートが張られ、商品を見て歩くだけでも楽しい。
市場のメイン通りでは、人間界の朝市をマネした異種族たちが、威勢のいい声で道行く客に声を飛ばしている。
「いらっしゃい、いらっしゃい、安いよ、高いよ、どっちだよ」
「寄ってけ、買ってけ、持ってけ、大泥棒」
まあまあ、ふつうの客寄せから、
「美味いよ~ 新鮮だよ~ オイラ自慢の朝ヌキ野菜だよ~ ヌキたてホヤホヤだよ~」
それを云うなら「朝もぎ野菜だろっ!」と、思わずツッコミたくなる声かけが飛び交っているのである。
そんなメイン通りは、試食も充実している。ハルカは歩きながら、焼き立てパンやソーセージ、カットフルーツでしっかり朝食を取った。
試食で腹を満たしながら歩いていると、通りの突き当りから大きな声に呼ばれる。
「お~い、ア~オ~ヤ~マ~の~~~~」
ひときわ目立つ縦長の大きなテントからブンブンと手を振ってくるのは、身長2メートル91センチ、巨人族のジャイアントさんだ。魔力を使えば、この数倍はさらに大きくなれるというからスゴイ。
「おはようさん。コレット男爵イモ買ってかねえか。コロッケに最適だぜ」
ジャイアントさんは働き者の農夫で、おなじ巨人族のコレット男爵が経営する農園を一手に任されている。ちなみに5ヘクタールほどある広い農地を所有しながら、農作機は1台もない。
耕す、植える、刈る、運ぶ、そして売るまで。あらゆる工程をすべて人力でこなす、超人・ワンオペレーションシステムとなっている。
きっかい村に移住する前、夏休みに遊びにきた中学生のハルカは、村を散歩中に見た光景が忘れられなかった。
広い農地でたったひとり、超高速で夏野菜を収穫していく農夫。それが終わると、そのとなりの畑を休む間もなく耕しはじめた。しかも素手。
その圧倒的なスタミナとパワー、スピードもさることながら、さらにハルカを驚愕させたのは、畑の仕上がり具合。ふんわりと空気を含んだ柔らかそうな土がまっすぐに美しい畝をつくり、そこに等間隔に整然と植え付けられた苗列は、じつに見事だった。
ワンオペ農夫の凄業みたさに、農園に足しげく通ううちに、ハルカとジャイアントさんはすっかり仲良くなった。
青空市のなかでも、コレット農園の販売スペースは一番広く、日焼けしたジャイアントさんの前には、麻袋に詰められたコレット男爵イモをはじめ、玉ねぎ、アスパラガス、ブロッコリーにキャベツと、春野菜がズラリ。
男爵イモをのぞきこんだハルカが訊ねる。
「これ、1袋で何キロ?」
「5キロ。あとは7キロと10キロがある」
「じゃあ、5キロにする。いくら?」
「今日は叩き売りだから、量り売りで1キロ /1円だ。ブロッコリーはいらねえか? 量が多けりゃ、《おまかせ野菜の詰め合わせセット》も1キロ/1円で売っているぞ」
「えっ、詰め合わせがあるの?! それいい! それじゃあ、詰め合わせは2キロで!」
「毎度ありっ! イモと合わせて全部で7円な。あとで車に運んでおいてやっからな」
「ありがとう」
ハルカから7円を受け取ったジャイアントさんは、ニカッと笑って麻袋の口を麻縄で閉じ、袋にマジックで「あおやまのイモ」と書いた。
それにしても――新鮮野菜が1キロ/1円という、この価格破壊。いくら叩き売りとはいえ、すさまじい。都会育ちのハルカにとって、きっかい村の物価は、最大のカルチャーショックであった。
ちなみに、青空市に限らず、どこの店舗でも食料品は量り売りが主流となっていて、ハルカがよく利用する『妖怪スーパー』には計量器の上に、こんな張り紙がしてある。
【1キロ未満の食料品をお買い求めのお客様は、清算が面倒なのでレジを素通りしてください】
初見でハルカが「ええっ、マジかッ!」と、目を疑ったのはいうまでもない。