11 記憶
魔界から、金の魔性・ドラクル公が引っ越してきた翌日。
東の空に太陽が昇った。
あやし区の上空を飛行するのは、牛乳配達員の飛竜たち。
「キュウイイイイイイイィィィ」
ハイトーンな咆哮が、鶏の朝鳴き代わりとなり、住民たちの目覚まし役を買っている。牛乳の配達を終えて遠ざかる飛竜の咆哮と入れ替わるように響いてきたのは、村民放送。
ひとむかし前、雑音ばかり流していたスピーカーからは、鮮明になった音声が聞こえてくる。これもひとえに、生前「なんとかならないもんかねえ」と、改良を重ねたタツ子の功績であった。
そうして本日の早朝、全村民にむけられた公共放送は――
『テス、テス、テス……えー、あー、テステス』
昔ながらのマイクテストからはじまり、
♪ピン、ポン、パン、ポーン♪
『……テス、テス、マイクのテスト中。サンデー、サンデー、本日はビューティフルサンデー。お出かけ日和です』
♪ピン、ポン、パン、ポーン♪
『村民のみなさん、おはようございます。こちらは、村役場農業振興課の藪蛇蛇彦です。本日は青空市です。くりかえします。本日は青空市です。朝7時より村役場前の村民広場にて、新鮮野菜の叩き売りを行います。みなさんお誘いのうえ、ふるって足や翼でご来場ください』
♪ピン、ポン、パン、ポーン♪
『しつこく、しつこく、何度もくりかえします。こちらは~』
大蛇族である農業振興課のヘビ彦の客寄せは、このあとさらに2回繰り返された。
ベッド中で目覚め、眠い目をこすりながら、
「……ヘビ彦、さすがにしつこいな」
ゴロリと寝返りをうったハルカは、「ん?」と気がついた。抱き枕がわりに抱きしめているのは、リクルートスーツの上着。
「これは……あっ! やばっ!」
そこで完全に覚醒した。昨夜の酒盛りの記憶が呼び起こされる。
極上ワインでご機嫌になり、きっかい酒造の【妖界】を冷酒でグビグビ呑んでいた。
呑んでも酔わないシルヴィーを相手に、
「わたしだって、ぜ~んぜん、酔ってないからねえ~」
半分意地になってヒック、ヒックとやっていた。
「酔ってませ~~~ん。青山ハルカ、まだ、イケま~~~す」
まさに、面倒迷惑な、ダメな酔っ払いの見本だった。
こんなとき羨ましいと思うのは、酒の席での醜態を、
「あれ、ここはどこ? いつ帰ってきたんだろう?」
翌朝には、きれいさっぱり消し去るスキルを持つ者たち。心底、羨ましいと思う。
ハルカは逆に、どんなに酔っぱらっていても、酔いつぶれるまでの経過を、一言一句、記憶しているタイプである。
よって、一言一句、正確によみがる醜態の数々。
「シルヴィーはさあ~ヒック、イケメンだよねえ~ヒック、わたしのこと、スキとかいいながらさあ~ヒック、魔界ではトッカエヒッカエ、やり放題だったんじゃないの~ヒック、モテモテ、ワンラブですかあ~~~」
ひどい。とんでもない『セクハラ絡み酒』だ。穴があったら入りたい。
そんなセクハラ酔っ払いが酔いつぶれてしまい、困ったシルヴィーが寝室まで運んでくれたのだろう。
抱き枕にされた上着の回収をあきらめ、ため息を吐きながら「ああ、厄介な目に合った」と、ゴシック城へ帰ったにちがいない。
「本当に申し訳ない」
シワクチャになった上着をハンガーにかけて、ハルカは寝室のカーテンを全開にする。
窓を開けて、酒臭い空気を入れ替えながら東隣りに目をやれば、今日もゴシック城は、緑の魔法陣の上に建っているように見えた。
上着はクリーニングに出すとして、「迷惑かけて申し訳ございません」と、詫びをいれにいくには、まだ朝はやい。
そこに、また――♪ピン、ポン、パン、ポーン♪
『テス、テス、テス……テステス。またまた、おはようございます。農業振興課の藪蛇蛇彦です。追加情報をお伝えいたします。本日、青空市に御来場の皆さまには、きっかい酒造より、〖春のクラフトビール・お試し1ケース。大瓶20本セット』を先着100名様に贈呈いたします。くりかえします。本日~』
♪ピン、ポン、パン、ポーン♪
お試しでビール大瓶20本って……
「これは行くしかないって!」
ハルカは飛び起きた。