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フルカウント

『ボール!』

 

 グラウンド内に響く審判の判定に、思わず舌打ちしてしまいそうになる。


 ペナントレース最終戦の、九回裏ツーアウト。

 打席に立っているのは、NPB史上初の打率4割を達成しようとしているブルファイティングスの一番打者、藤畑健正。


 スコアは1対0で私たちが勝っているから、2ボール2ストライクの並行カウントから投じたこの五球目がストライクにさえなっていれば、グリフィンズの勝利でこの試合は終わりだった。

 けれどこの球を藤畑さんは見逃し、主審はボールと判定した。

 そのせいで、カウントは3ボール2ストライクのフルカウントになってしまう。


そこ(・・)は、ストライクにしてくんないかな……)


 五球目に投じたのは、ホームベースをギリギリかすらない(・・・・・・・・・)、外角低めへのストレート。


 審判次第では誤審でなくともストライクと言ってくれるコースだったけれど、今日の主審は手を上げてはくれなかった。


 もともとアウトコースのストライクゾーンを広く取るタイプの審判でないのは分かってはいたけれど、それでも今の球をストライクと判定してくれないのは、それだけアンパイアとしての目が優れているのか、もしくは、


(バッターが藤畑さんだから、かな)


 シーズン中盤あたりからすでに実感してはいたけれど、藤畑さんの目はもう完全に昨シーズンまでの、精密機械じみた正確さを取り戻していた。

 そしてそれは今も、ペナントレース最終戦の、最後になるだろうこの打席でも変わらなかった。

 

(今シーズン初めて対戦したときは、このあたりの際どい球でも振ってくれてたんだけどな)

 

 もっともその初対戦では、それらの際どい球をヒットにされてしまったけれど。

 打点にこそならず試合には勝ったが、その日は4打数2安打と打ち込まれた。個人対個人で見るなら私の負けだろう。

 その後の対戦成績も、今シーズンは3割近く打たれている。

 

(打率もそうだけど、全然空振りしてくれないんだよね、この人)

 

 スイングした結果ボールがバットに当たる割合、コンタクト率は二年連続でリーグトップ。

 私自身、藤畑さんから空振りを奪った記憶は数えるほどしかなく、今シーズン彼を三振でアウトにできたのは、ど真ん中へといってしまった失投のチェンジアップによる空振り一回だけ。

 

 今日の試合に関しても、ヒットこそ打たれていないが、空振りはまだ奪えていない。

 

 ボール球は振ってくれない、ストライクゾーンの球は空振りしない。

 だったら、残る球種は1つしかない。

 

 そして、ホームベースの向こうに座る伊森さんも考えていることは同じようだった。

 

(はい、私もそれを投げるつもりでした)

 

 私は伊森さんの出したサインに頷き、彼のミットに向かって、その球を放った。

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