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どこで見つけたんですか?

「このバッティングピッチャー、私にください」


 プロ野球球団グリフィンズ、そのスカウトである彼女、木庭きにわ結芽ゆめさんにそう言われたときは正直、なにを言っているんだ、この人はと思った。


 彼女が欲しいと言っているのは、独立リーグでバッティングピッチャーをしているだけの、選手と呼んでいいのかも分からない存在だ。

 そんな存在でしかない投手をなぜ欲しがるのか、そう口に出してしまいそうになる。


 けれどその後すぐ、あの子なら、片崎かたざきなぎさならばおかしな話でもないと思い直す自分もいた。


 彼女の選手を見る目は確かだ。木庭さんとは知り合ってからまだ間もないが、その慧眼に驚かされたことは一度や二度ではない。そうでなければプロ野球のスカウトに、それも女性の身でありながらなることなどできないのだろうが。


「念のため聞きますけど、選手として、ですよね? バッティングピッチャーとしてではなく」


「もちろんです」


 答えは、僅かの間も置かずに返ってきた。


 その声音は真っすぐで、嘘や冗談が混ざっているようには思えない。

 けれど彼女が話していることはあまりに突飛で、思わず確認を取らずにはいられなかった。


「本気ですか?」


「本気じゃないと思いますか?」


 答えと同時にこちらへと一歩踏み込まれ、詰め寄られる。……顔が近い。

 視線を逸らそうとして、揺れる栗色の髪を無意識に目で追っていた。肩のあたりまで伸びた髪の一部を、後ろでひとつにまとめている。

 身長差があるから、彼女がつま先立ち気味になっても、頭が俺の鼻先より少し上くらいの位置にしか来ないけれど、その勢いになんだか気圧されてしまって、思わず後ずさりながら確認を取った。


「一応、プロ野球への入団に、性別に関する規定はないんでしたっけ」


「はい。まあ前例もないんですけどね」


 そう言って笑った彼女は、困ったような顔をしながらも、声に妙な弾みがあった。

 史上初という看板を背負った選手をスカウトできるかもしれないということへの高揚だろうか。スカウトでない自分には、細かい心情までは読み取れなかった。


「彼女のどこが気に入ったんですか?」


「全部」


 即答する木庭さんの声や目の色には熱があった。明らかに興奮している。


「全部です。制球力、変化球の精度、打者への観察眼、それに真っ直ぐの球質がいい」


「球質、ですか」


「球質です」


 木庭さんが力強く言い切る。


「球速こそない……というか球速としては遅いのに、空振りが取れる。まあ彼女の場合、その真っ直ぐが1種類じゃないみたいですけど」


 そこまで気付いていたのかと少し驚く。


「よくそこまでわかりますね」


 傍から見ているだけでは、なかなか分かりづらい部分だと思うのだが。


「球筋だけだと、ちょっと自信がなかったんですけど、バッターの反応と、それを見る彼女の様子を窺う限り、間違いなさそうだったので。監督こそ」


 一度言葉を区切った後、こちらに向けられた視線は予想外に鋭かった。それにつられて思わず背筋を正す。


「どこで見つけたんですか? あんなピッチャー」


 どこで、か。初めて会ったのは確か、


「見つけた、というかたまたま会ったんです、近くのバッティングセンターで。そのときに彼女の方から言ってきたんですよ。バッティングピッチャーをやらせてくれって」


「そのお話、詳しく伺ってもいいですか?」


 木庭さんがまた、前のめりになって一歩こちらに近づいてきた。その勢いにまた気圧されて、こちらは半歩ほど後ずさりしてしまう。


「ええと、構いませんけど、大して面白い話でもないですよ?」


「私にとっては興味深い話なんです」


「そうですか……」


 まあ、こちらとしては別に構わないが。彼女に会ったときの衝撃を、その後の成長に対する驚きを、誰かに聞いて欲しい気持ちは自分にもあった。


「一昨年の、四月頃の話なんですけど……」

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