言っておこうと思っていたこと
右打者に対する外角低めいっぱいに、ストレートが決まった。
「ナイスボール!」
それを捕球した、ブルペンキャッチャーの鶴田さんがそう叫び、ボールを投げ返してくる。
返球を受け取りながら私は、内心でひとり頷いていた。
(そんなに力を入れているわけじゃないけど、春季キャンプ5日目の、この時期のボールとしては、球の走りは悪くないかな)
少なくとも去年の同時期、プロ2年目の春季キャンプで投げていたときよりは楽にスピードが出るようになったという実感がある。オフシーズンに行っていたトレーニングは、今のところ良い方に作用しているようだ。
少なからず筋肉量は増えているはずだが、身体の動きに違和感はないし、コントロールに乱れもない。
「次、チェンジアップいきます」
そう言って、左手を少し外側にひねってみせる。
鶴田さんにはすでにこういう球を試したいという話をしているから、この仕草だけで意味は伝わるはずだ。
ストレートと同じ腕の振りを意識しながら、リリースの瞬間に手の中で、ボールを外側へと少しだけ転がす。
投じた球は意図したとおり、利き手方向へとシュート気味に曲がりながら落ちていった。
「オッケー! ナイスボール!」
ホームベースの奥でワンバンしたボールを上手くキャッチした鶴田さんが、頷きながら返球してくる。その反応なら、ボールの動きは悪くなさそうだ。
「もう一球、チェンジアップいきます。今度は右打者のインローへ」
ボールを受け取ってからそう宣言し、今度は左手を内側へ軽くひねる。
グラブの中でボールを握りを確認し、鶴田さんが構え直すのを確かめてからもう一度、チェンジアップを放った。
ただし先ほどとはボールの握りが少し違う。リリースの瞬間のイメージも異なるから、ボールの軌道も当然、違ってくる。
先ほどとは逆、利き手とは反対方向へとわずかにスライドしながら沈んでいく。
自身の手前でワンバンするこの球を、鶴田さんは一度身体で受け止めてからミットに収め直した。
今のボールと初球のチェンジアップ、その二球の軌道を思い返してあらためて思う。
(ボールの変化自体はやっぱり、スライダー方向よりシュート方向へと曲がるチェンジアップの方が大きいな)
左右それぞれへ曲がりながら落ちていくチェンジアップは、以前から多少は投げていたが、去年はほとんど使わなかった。
普段使っている、まっすぐに近い軌道のチェンジアップに比べると、バッターからは出だしの軌道がストレートと見分けがつきやすいのか見逃されることが多かったし、コントロールも通常のチェンジアップほどには制御できなかったから。
だから今年は、少しずつ修正を重ねて軌道をストレートに近づけていた。制球もだんだん安定し始めている。
(でもまあ、メインは変わらず、まっすぐなチェンジアップでいいかな)
意識して横に曲げにいく球種だから、あまり多投すると腕の振りに影響が出そうだ。
それに、前よりは投げ始めの角度をストレートに近づけたとはいえ、通常のチェンジアップより早く速球の軌道からズレるのは変わらない。
あくまで目くらまし、というか、バッターにこういう球もあると意識させて選択肢を増やすためのボール、という使い方は基本的に変わらないだろう。
とはいえ、
「次、ストレートいきます。インハイへ」
宣言し、投じたストレートはミットへ真っ直ぐに突き刺さった。
一、二球目くらいではチェンジアップを投じたことによる影響が出ることはなさそうだ。オープン戦等での打者の反応次第では、実戦でも使ってみていいかもしれない。
予定していた五十球を投げ終わりブルペンを出ると、一軍投手コーチの島本さんから声をかけられた。
「調子は良さそうだな」
「はい」
頷く。事実、現時点で不調は感じていないし、ストレートの走りも去年より良い。球速を測っているわけではないが、去年と同じ力で投げていてもスピードが上がっている実感があった。
オフシーズンは肉体の出力を上げたいと思ってトレーニングをしていたが、今のところ成果は出ているように思える。
「チェンジアップもさっそく、何種類か投げ分けているようだが、どうだ? 感触としては」
「まあまあです」
私の反応が淡白すぎたのだろうか、島本さんは苦みが混じったような笑みを浮かべていた。
「そうか。まあ、あまり飛ばしすぎないようにな」
そう言って立ち去ろうとしていたが、ふと何かを思い出したようにこちらに振り返り向き、口を開いた。
「そうだ。ちょうど今年のキャンプは、お前に言っておこうと思っていたことがあるんだ」
「言っておこうと思っていたこと、ですか?」
「ああ。いやなに、別にそんな大したことを言うつもりはないよ。技術的なこと、というか、球種のことだな」
球種のこと? なんだ、新しい変化球を覚えろとでも言うつもりだろうか。それとも……。
「チェンジアップのバリエーションを増やすのもいいと思うが、あの球も、もう少し磨いてみてもいいんじゃないか?」
「あの球?」




