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ファストボールアーティスト

「ストレートいきます! コースは……とりあえずアウトローで!」

 

 俺の宣言にキャッチャーが頷き、ミットを構える。そこへ目掛けて、俺は腕を振った。

 

 バチンとキャッチャーのミットが良い音を響かせていることにひとり頷く。まあ、コースはちょっと高めに浮いちったけど。

 

 どんなもんかと横のディスプレイの表示を覗いてみる。

 

「おっ、148キロ」

 

「いきなり飛ばしすぎじゃないですか?」

 

 片崎が後ろからそう言ってくるもんだから、俺は思わず顔をしかめてしまった。

 

「抜いて投げんの苦手なんだって。それはそうと変化量とかも見れんだよなこれ。どれ、ホップ量は……52センチか」

 

「NPB平均が44センチあたりですから、それよりもボール1個分ほど浮き上がってることになりますね」

 

「ん?」

 

 知らない声がしたもんだからそっちに振り向くと、いつの間にか俺の後ろに若い男が立っていた。この人もここのスタッフかな?

 

「おおっ、いい感じってことッスか?」

 

 俺の言葉に、スタッフらしき人が頷いた。

 

「ですね。あとは……シュート幅が31センチ。これもNPBの投手はだいたい10〜30センチ内に収まっていることが多いですから、シュート方向への曲がり幅もやや大きいですね」

 

「マジすか? もしかしてそっちはあんまり良いことじゃなかったりします?」

 

 なんかよくシュート回転したストレートってまるで悪いことみたいに言われるし、直せるなら直したほうがいいんかな?

 

「いえいえ、平均から外れたボールということですから、むしろ武器になりますよ。ただ右打者のアウトコース、左打者のインコースに投げるときに真ん中へ向かって曲がっていく軌道になりますから、コースが甘くならないように気をつける必要はありますが」

 

「あー……身に覚えあるッス」

 

 甘く入って一発ドカン!みたいな。いや球威で押し切れるときもあるんだけどさ。

 

「次、もいっちょストレート、今度はインハイにいきます!」

 

 その後もストレートメインでときどき変化球を混ぜながら、なんだかんだ20球くらい投げたところで、

 

「空いたみたいなんで、私も投げてきます」

 

 片崎がそう言って俺の2つ隣のマウンドに向かった。

 

「おっ、なら後ろで見てていいか? もともとそれが目的だったし」

 

「……まあ、別にいいですけど。中田さんはもう投げなくていいんですか?」

 

「オフシーズンだしな。あんま投げすぎんのも良くないだろ。セーブしながら投げるってのもあんま得意じゃねーし」

 

「中田さんがいいなら構いませんけど」

 

 そう言い残し、片崎がマウンドへと上がる。

 

「ひとまず普通のストレートいきます。右打者のアウトローへ」

 

 初球のコース指示は俺と同じ外角低め……なのはいいんだけど、今、普通のストレートって言ったか?

 なんだ、普通のストレートって?

 

 俺が疑問に思っている間に、一球目は投げ込まれた。糸を引くようなストレートが、キャッチャーミットへと吸い込まれていく。

 

 どんなもんかとスクリーンを覗いてみる。球速は125キロだった。マジで抜いて投げてるっぽいな。それはそうと変化量は……。

 

「うおっ、ホップ量56センチ」

 

 俺のストレートのホップ量がだいたい50センチ前半から中盤って感じだったから、浮き上がりの幅はほぼ同じか、片崎のほうがちょっと浮いてるって感じか。

 

「回転数は俺の方が上なのにな」

 

 俺の回転数がだいたい2400回くらいだったけど、今の片崎のストレートは2100ちょいだった。

 

 だからついそう呟いてしまったが、それが隣のスタッフさんに聞こえていたらしく、この表示に対する補足を入れてくれた。

 

「まあ、ここに示される変化量はあくまで、投じられた速度のボールが無回転だった場合と比較してどれだけ変化したか、ですからね。必ずしも片崎さんのボールのほうが中田さんのボールよりも沈んでいない、ということではないですよ」

 

「つまり俺のほうが上ってことッスか⁉︎」

 

「そ、そこまではちょっとなんとも言えないですが……。あとはそうですね、回転軸の傾き方とかも関係してきますね」

 

 スタッフさんの言葉につられてスクリーンを見てみる。

 

「あー……、片崎のやつのほうが垂直に近いっすね」

 

 投手方向から見た回転軸の傾きが俺の場合は20度くらいだったけど、今の片崎のストレートは10度未満だった。

 この回転軸が垂直に近いほうがシュート成分が減って、その分ホップ量が上がりやすいんだっけ、確か。

 実際、今のストレートは16センチ程度しかシュートしていないらしい。俺の半分くらいじゃん。

 

「ですね。あとは回転効率も重要になってきます」

 

「この97%って出てるやつッスか?」

 

「はい。ボールを上から見たときの回転軸が進行方向に傾けば傾くほど0%に近く、逆に進行方向から見て90度に近くなるほど100%に近くなります。中田さんのパーセンテージが平均90%前半あたりでしたから、このあたりも関係しているでしょうね」

 

「えっ、いろいろ負けてんじゃん。なんかムカつく」


「まあ、あくまでここに示されるのはそういう球質だというだけなので、他の人と比べて高い低いはあまり気にしなくていいと思いますよ。結局はバッターが打ちにくいかどうかですから」

 

「そんなもんスかねー……」

 

 なんて雑談を二人でしている間に、片崎が二球目を投げようとしていた。

 

「次、同じとこへシュート気味のストレート。ちょっと沈ませて、コースと高さをストライクゾーンから外します」

 

「あ、さっきの普通ってそういうことか」

 

 片崎の宣言に、ひとり納得する。

 そっか、こいつ動く速球も投げるらしいもんな。だからわざわざ普通のストレートって言ったのか。

 ……ていうか指定細かいな。ちょっと沈ませるとかそこまで出来んの?

 

 俺が疑い半分でそんなことを考えている間に、二球目が投じられた。

 キャッチャーミットが構えられた位置ドンピシャに、速球が投げ込まれる。……確かにちょっとシュートしながら沈んでる、か?

 

 データとしてはどんなもんなのかとスクリーンを確認してみる。そこに表示された数字はホップ量43センチ、シュート量29センチだった。おお、マジで一球目よりシュート変化を増やしながらちょっと沈ませてる。

 

「次、カット気味のストレートを、右打者の胸元へ。少し浮かせるイメージでいきます」

 

 俺が感心に浸っている間に、片崎が次の球を宣言していた。


 なんだ? 今度は浮かせる?

 浮かせるイメージってことは、ホップ量を増やすってことか?

 

 実際に投げ込まれた速球は、確かにさっきほど沈んではいないように見えた。まあコースが違うからなんとも言えないけど。

 

 スクリーンに示されたデータに目を移す。ホップ量が53センチ。確かに普通と宣言していたストレートのときとほとんど変わらない。なんなら並の投手のストレートよりホップしてんじゃん。マジでそこまで思いどおりに投げられるんだな……ってあれ?

 

「なんかあんまり、っていうかほとんど曲がってなくね?」

 

 横の変化量がスライダー方向に0.5センチってこれ、全然曲がってなくね? ほぼ誤差じゃん。

 

 なんて、そんな俺の声が聞こえていたらしい。片崎が視線をスクリーンに向けたまま言い放った。

 

「いいんですよ、基準になるストレートがシュート方向に動くんですから。NPBの平均で20センチくらいはシュートしているらしいですし、私のストレートも10センチ以上はシュートしてます。中田さんのストレートだって30センチくらい動いていたでしょう?」

 

「ああ、まあ確かに。……そう考えたらストレートってかなりシュートしてんだよな。30センチってことはあれだろ? 30センチものさし一本分くらい曲がってるってことだろ?」

 

「ええ。ですからシュートの反対、スライド方向に少しでも曲がれば、なんならまったく曲がってなくても、シュートしてないかシュート変化が極端に少なければ、それだけでバッターは勝手にスライド方向に動いたって感じてくれます」

 

「はえー」

 

 まあ確かに理屈で考えりゃそうなんだろうけど、なんか変な感じすんな。

 

 その後も片崎はときどきカーブやチェンジアップを混ぜながら投球練習を続けていた。

 ……ていうか、マジでミット動かねえのな。機械かお前は。

 

 30球くらい投げた頃に、片崎がキャッチャーに向かって叫んだ。

 

「ラスト、真っ直ぐを浮かせにいきます。インハイへ」

 

 ん? 浮かせにいく? カット気味のストレートを投げたときみたいにホップ量を増やしにいくってことか? え、じゃあ今までのストレートは何だったんだよ?

 

 俺が何度目かの疑問に首を傾げていることになんか当然構わずに、片崎はラストボールを投げ込んでいた。

 高めへと吹き上がるかのような軌道に思わず目を見張る。

 

「なんか、今までのストレートと違うような……」

 

 そう思ってスクリーンに映し出されたデータを確認すると、そこには見慣れない数字が表示されていた。

 

「ホップ量65センチ⁉︎」

 

 おいおい、今まで投げてたストレートより10センチ近くホップしてんじゃん……。

 

 横を向くと、スタッフさんも感心した様子でスクリーンを見つめていた。


「回転数約2400回、回転効率100%、回転軸の傾きは約5度。すべて上向きの変化量がより増す形に変わっていますから、ホップ量もこれくらいは変わるでしょうね……」

 

「……ちなみに、こんなふうにストレートの回転をコロコロ変えるやつって結構いるんスか?」

 

「いえ」

 

 俺が不器用なだけなのかなと思い、スタッフさんに尋ねてみたが、はっきりと首を横に振られてしまった。

 

「カットボールやツーシームを投げる投手は今どき珍しくないですし、スライダーであればまれに、変化の方向や曲がり幅、スピードなんかを意識的に変えている投手も見ますが、ストレートでここまで複数の軌道を投げ分ける投手というのは、ちょっと見たことがないですね。あくまで私たちが観測している範囲に限れば、ですが」

 

 まあそりゃそうか。こんな変態が何人もいたら俺だってドン引きだ。

 ていうかストレートの軌道を投げ分けるって発想自体、俺にはなかったんだけどさ。

 

「あらためて数字で見せつけられるとコイツ、マジでわけ分かんねえんだよな……」

 

 通常よりホップするストレートをストライクゾーンの四隅に当たり前のように投げ分けて、そこからさらに動く速球も投げ分けて。

 そんでもってさらにボール1個分以上余計に浮き上がる球も隠し持ってるっていうのなら、

 

「そりゃ空振りも取れるわな……」

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