弾道測定分析機器
「で、今日もついてくるんですね」
半開き気味の目で俺を見やり、片崎のやつがそう聞いてきたから、俺は頷いてやった。
「おう。今日は投球練習もするんだろ? お前、コントロール向上のコツは何だかんだ投げ込みだって言ってたじゃん」
「……まあ、いいですけど」
嫌そうな顔をするな嫌そうな顔を。
実際、本当に嫌なら俺もついていくつもりはなかった。ただこいつの場合は、本当に嫌なら嫌でそう言うはずだ。先輩に遠慮して言えずにいる、なんて性格でもないだろう。それもどうかと思うが。
そんなわけで俺は、昨日に引き続き片崎の自主トレに同伴させてもらったわけなんだが……。
「け、結構、ハードなトレーニングの後に、投げ込みすんだな……」
昨日と同じトレーニング施設に併設されたグラウンドで、投げ込み前のトレーニングをひと通り終えたが、まだ息が整いきっていない。というか、ウォームアップの時点ですでにだいぶキツかった。腹をチューブっぽいので押さえられながら前にジャンプするやつとか、いろいろやらされた。
もしかしてこれ、片崎のやつは慣れてて余裕だったりすんのかなと様子を窺ってみたが、あいつも息を切らしていた。
よかった、これで俺だけバテバテだったらさすがに格好がつかな過ぎる。
「投げ込み前のトレーニングってこれで終わりか?」
「そうですね。投球練習場は建物内にあるんで、そこでやります」
「りょーかい」
片崎の後についていき、その建物の中に入ると、その投球練習場はすでに先客で埋まっていた。一人はさっき一緒にアップしてたやつだ。確かどっかの大学生とかって言ってた気がする。
「そろそろ二人空く時間ですよね。次、予定どおり私たちが使いますので」
片崎が4、50代くらいのおっさんにそう声をかけると、おっさんは頷いた。この人もここのトレーナーか、それか責任者とかかな。
「おー、分かってるよ。了解了解。それまでキャッチボールでもしてろ」
「はい。……中田さん」
「ん? うおっ」
片崎が俺にボールを投げてよこした。キャッチボールの相手をしろということらしい。
それこそキャッチボール用のスペースなのか、広く開けた場所があったからそこに移動して、俺たちは肩を作り始めた。
「オフのこの時期でも投げ込みするんだな」
「軽くですけどね。ウエイトとかのトレーニングをして身体が変化した状態で長くピッチングの動作をしないままだと、今までどおりの動きをしてもズレがどんどん大きくなりそうなんで」
「ふーん、なるほどね」
「い"っ……」
俺が頷きながらボールを投げ返すと、それをキャッチした片崎が顔をしかめていた。ありゃ、いきなり強く投げすぎたかな。
「そんな始めから飛ばして投げて肩痛めません?」
片崎が呆れたような顔をして俺にボールを投げ返す。綺麗な縦回転のボールが、胸元に構えたミットぴったりのところに収まった。
「さっきグラウンドで遠投もしてたし大丈夫だろ。ていうか、軽く投げるのって逆に難しくねえか? 俺ゆるく投げるのちょっと苦手なんだけど」
「そんなことあります?」
「っと!」
今度は俺が顔をしかめる番だった。片崎の投げたボールが、わずかに左側へ動いたのだ。
取り損ないそうになったボールを右手に持ち替えて、投げ返す。
「おい、お前こそ急に動く球混ぜんなよ!」
「ああ、すみません、いつもの癖で」
「いつもこんなことやってんのかよ……」
こいつの相手すんの、伊森さんも苦労してんじゃねえの?
……いやまあ、俺も迷惑はかけちゃってるけど。暴投とか逆球とか暴投とかで。
そうこうしているうちに一人、投球練習が終わったらしい。
お先にどうぞと言われたのでマウンドに上がると、見覚えのあるディスプレイが俺の横に設置してあった。
「おっ、これあれじゃん。なんか回転数とか分かるやつ」
正式名称はド忘れしちまったけど。
「うちの球団にも一応あったよな?」
片崎のいる方へ振り向いて聞いてみると、あいつも頷いていた。
「そうですね。というか、今はたぶん全球団あるんじゃないですか? うちは一昨年だかにようやく導入したらしいですけど」
「一応俺も測ったことあるけど、他の連中の数字までは知らねんだよな」
「個人情報ですからね。プロ野球選手にとっては特に」
「同じチームのやつらには、別に知られても問題なさそうだけどな」
「いつ誰が別チームにトレードされるか分からないんですから、知らせないに越したことはないでしょう」
「あー……じゃあ、お前のも見ないほうがいいか?」
「そうですね……」
片崎は一瞬考える素振りを見せたが、すぐになんでもないような口調で言った。
「いいですよ、今日のは別に見られても。今日はあんまり本気で投げないつもりですし。中田さんのデータも見ていいのなら、ですが」
「マジ? オッケ、見せる見せる」
いや、片崎の理屈で言えば俺もあんまほかのやつに見られないほうがいいんだろうけど……まあ、勉強ってことでここはひとつ。
あらためて正面を向くと、キャッチャーの人が構えてくれていた。この人もここのスタッフなんかな?
まあいいや、とりあえず。
「すんませんお待たせしました! まずはストレートいきます! コースは……アウトローで!」




