来シーズン
球場近くの喫茶店、カフェと呼ぶには古びた……じゃなくてちょっとレトロな外装のお店に、私は自分がスカウトした選手、片崎渚さんを呼んだ。
いちスカウトごときが選手をこんなところに呼び出すなんて良くないかなー?なんて思いつつも、オフシーズンだしいいか、と自分に言い聞かせて。
待ち合わせ時間前に来てくれた片崎さんと一緒にお店に入って、二人分の注文を済ませてすぐに、私は要件であるごく個人的な世間話を始めた。
「最終戦は残念だったね、片崎さん?」
片崎さんが登板した後の残り数試合で、グリフィンズは勝ち負けを繰り返し、最終順位を決めるのは最後の試合に持ち越しとなった。
そしてその最終試合は結果として3対4で負けてしまい、グリフィンズの順位は惜しくも4位に終わってしまった。
自身の活躍によってあと一歩で3位維持、クライマックスシリーズ進出の権利を手にするところだったというのに、他の投手の登板試合で負けてしまったことを彼女はどう思っているんだろう。そう思っての質問だったけど、
「そうですね。せっかくですから、クライマックスシリーズでも投げてみたかったんですけど」
「あはは、言うねー」
彼女の表情はなんだか涼しげで、だけど悔しくないはずがない。4位で終わったこともそうだけど、彼女の場合はそれ以上に悔しいことがあるはずだ。
「でも、体力的にはあの試合までが限界だったでしょ?」
一度の先発で体力を使い果たしたこと。おそらくこのままではシーズンを通して先発投手として登板していくのは不可能なこと。彼女の性格を考えれば、それが何より悔しいはずだ。
「…………」
片崎さんは答えない。けれど氷の入ったグラスに落としたままの視線がだんだんと険しくなっていることが、明確な答えだった。
「クライマックスシリーズに出られても投げられない。少なくとも先発は無理、そんな状態じゃなかった?」
席に座ってから初めて、彼女の視線が上を向き、私を捉えた。
「ムカつく」
吐き出された言葉とともに向けられた視線はひどく冷たくて、険しい。
「あなたのそういう、全部お見通しみたいな言葉も態度も、本当に嫌」
辛辣な評価に口元が歪む。変な笑い顔になってるんだろうなって、自覚する。
嫌、だろうなぁ。私も逆の立場だったらムカつく気がする。
だけど今はとりあえず開き直った。
「仕方ないじゃん、スカウトなんだから。職業病みたいなものだよ」
呆れられたのかなんなのか、私に向けられていた片崎さんの視線の鋭さが緩み、外される。
「確かに万全の状態で上がるのは無理でした。というかコンディションとしては最悪でしょうね。今でも明らかに疲労が抜けきってない」
「この調子じゃ、先発ローテーションを1シーズン守り切るのは無理そうだね?」
また睨まれるかな?なんて思っていたけれど、彼女は私への興味なんてもう失った、みたいな顔をして、グラスに再び視線を落としていた。
「そうですね」
視線を落としたまま、グラスを弄んで中の氷をカランコロンと鳴らしながら、特に熱のない声音で答えた。
「オフシーズンの間に克服しますよ」
それくらいしか、することないですし。なんて付け加えて。
(それがどれだけ大変なことか、分かってるのかなぁ?)
どれほどのプロ野球選手が、その課題を克服するために時間をかけているか。苦労を重ねているか。きっと彼女は知らない。
いいけどね。案外彼女なら本当に簡単に、この難題を克服してしまうかもしれないし。
(せいぜいがんばれー、渚ちゃん)
「言われなくても頑張りますよ」
「あれ、私、口に出してた?」
「出してないと思っていたんですか……?」
なんて、そんな今までで1番冷たい目で私のことを見るのはやめて欲しいよ、片崎さん。
私は今運ばれてきたばかりの、季節外れなくらいに冷たいアイスコーヒーで口を塞いで誤魔化した。
ホットにしなくて良かった、なんて心の底から思いながら。
これにて第1章終了となります。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
カクヨムでは先行して2章を公開しております。
また、カクヨムコンにも参加しておりますので、カクヨムでも読んでいただいている方で、少しでも面白いと思ってくださった方は星等で応援してくださるとすごく嬉しいです。
重ねてになりますが、ここまでお読みいただきありがとうございました!
もしよろしければ今後もお楽しみいただけると幸いです。