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初公開

 バンデラスばかり警戒しがちだが、フェニックスはリーグ屈指の強打者・好打者揃いのチームなのだ。

 その事実を改めて突きつけられ、頭が痛くなってくる。


 六回裏、ツーアウトランナー無しの場面。

 今打席に立っている二番打者の吉井を打ち取りさえすれば、それでこの回は終わりだというに、そのアウトがなかなか奪えない。ツーストライクにこそ追い込んだが、そこからはずっとファールで粘られ続けているのだ。

 ファールゾーンに飛んでいく何度目かの打球に、うっかりため息をつきそうになる。


(何かもう一つ、速い変化球があれば楽なんだがな)


 贅沢な悩みだとわかりつつも、ついそう思ってしまう。


 なんだかんだここまで無失点でくぐり抜けてきたが、少しずつバットには当てられるようになってきた。意図して打たせて取っている球以外もだ。

 そのせいで一、二巡目に比べると、若干だが打者に要する球数が増えてきた。


 やはり、変化球がカーブとチェンジアップという球速の遅い、緩い球だけだと、バッターがピッチャーの球筋に慣れてくる三巡目あたりにはやや厳しくなってくる。

 ストレートか遅いボールか、その二択のどちらかに山を張れば少なくとも片方にはタイミングが合うようになってくるからだ。


 追い込まれたらもう片方は完全に捨てると割り切るか、器用なバッターはなんとかファールで逃げようとしてくる。

 逆に言えば、そこまでしないと打ち崩せないと相手に思わせられている、ということでもあるが。


 片崎の場合、速球の軌道を上下左右に僅かに動かすことができる上、チェンジアップとストレートの軌道がそっくりな分、並のピッチャーよりは対応するのが難しいが、ある程度タイミングさえ合わせることができればヒットはそのうち出てくる。

 そしてそれが続けばそのうち失点する。


 カーブとチェンジアップでは多少球速は違うが、大きな括りで言えばどちらも遅い、緩いボールだ。それに加えカーブは軌道が独特で、投げた瞬間に球種の判断がつきやすいため、遅い球に狙いを絞っていれば仮にヒットには出来ずともなんとかファールにするくらいは出来るだろう。


 ストレートに近い球速で、曲がるか落ちるかする球。それがあればここから先のイニングがずいぶん楽になる。


 六回を無失点で投げ切れれば先発としては充分合格点、初先発の新人としては満点をやってもいいぐらいだが、今はリリーフ陣の疲弊も激しい。片崎にいけるところまでいって欲しかった。


 追い込んだ後のチェンジアップは二球続けてファールにされた。

 ストレート狙いか? だがツーストライクに追い込むまでの速球は振り遅れ気味のファールだった。

 球種は絞らずストライクゾーン周辺のボールをひたすら振っているのか、はたまた始めからファール狙いか。後者なら初球から手を出さない気もするが……。


 まあいい、二球続けてのチェンジアップで明らかに体が前へと突っ込み始めている。今速球を投げられれば狙っていたとしても詰まるだろう。

 そう思ってのストレートのサインに、片崎は首を横に振った。


 なんだ? じゃあカーブか? けどこいつは四球目のチェンジアップでタイミングが合い始めていた。カーブが苦手なバッターでもないし、当てるくらいのことはしてくるぞ?


 だが確かに、もう一球くらい遅いボールでもいいかもしれない。案外追い込まれてからの見慣れていないボールなら、無理矢理ヒットにしようとして引っかけるかもしれないし、チェンジアップよりさらに遅いカーブなら、さらにタイミングを崩す効果も見込める。


 しかし、そう思って出したカーブのサインにも片崎は首を横に振った。

 残りはチェンジアップしかない。


 タイミングが合い始めてる打者相手に、三球続けてチェンジアップを投げようってか?


 とても正気とは思えない選択肢だが、あいつはそれ以外首を縦に振りそうにない。


(ああもう好きにしろよ。とはいえストライクゾーンに入れるなよ。低く、低く、だ)


 半ばやけくそで出したチェンジアップのサインに、片崎が頷く。


 投じられたボールは確かに低かったが、ストライクゾーンに入っていた。しかも左右のコース的には真ん中に近い。


 この馬鹿、心の中でそう罵倒しながら、両手が使えないこの状況を恨めしく思った。

 耳を閉じなければ直に、バットがボールをぶっ叩く、酷い騒音が聞こえることが目に見えていたから。


 けれどそんな想像上の未来は訪れなかった。

 バットは白球が来るよりワンテンポ早く振り切られ、ボールはぼすんと気の入っていない音を立ててミットに収まった。


(いつものチェンジアップより、遅い?)


 審判の3つ目のアウトの宣言とともに、片崎は涼しい顔をしてマウンドを降りていった。


 

「お前なあ、チェンジアップのなかでも緩急が使えるなら初めからそう言えよ!」


 俺の怒鳴り声に片崎が眉をひそめる。……いや、なんでそんな態度でいられるんだよ。

 試合中だから一応声は控えめにしているし、そもそも俺が声を荒げている原因はお前だっての。


 ため息でも吐き出しそうな様子のまま、片崎は先ほどのボールについて話し始めた。


「さっきの遅いチェンジアップは軌道が緩すぎて、通常のよりストレートと見分けがつきやすいみたいなんですよ。いつものチェンジアップの後なら、見分けづらいみたいだから使えるんですけどね。一応シュート気味だったり、スライダー気味のチェンジアップも投げられますけど、同じ理由でそんなに数は投げてないです」


 チェンジアップだけでサインがいくつもあったら大変でしょう? 面倒くさそうに、片崎が最後にそう付け加えた。


「サインとして出す出さないは別として、それを知っていれば配球に幅が出せるだろうが」


 まあそれでも緩いボールの範囲内ならバッターはそのうち対応してくるだろうが。


「それより」


 それよりじゃねえと俺が再び怒鳴りそうになるよりも一瞬早く、片崎が指に浅くボールを挟んだ左手を俺の目の前に突きつけた。


「次からこのボール、投げていいですか?」


 だから、そういう情報はもっと早く言えよ!

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