緊張
「片崎、明日の先発はお前に投げてもらう」
ペナントレースの終盤も終盤、監督からそう告げられた。
打球が利き腕に直撃し、一時戦線から離れることとなった投手の代役として選ばれたのだ。
それを伝えられたのがこんなにもギリギリになったのは、監督にとっても苦渋の選択だったからだろう。
数少ない選択肢の中で最善と思われるものを選んだ。監督の顔色に疲労が滲んで見えるのもその証拠なのだと思う。その結果として、本人に知らせるのが登板前日になったことは、適切な判断なのかは疑問ではあるけれど。
もっとも、私にとっては突然でこそあったが望むところでもあった。
ずっと求めていたのだ。誰にも荒らされていないマウンドに最初に登り、最後までそれを独占することを。
「突然のことで戸惑うかも知れないが、今先発を任せられそうな投手はお前しかいない」
「はい」
こちらとしてはむしろありがたい話だ。なまじリリーフとして結果を残していたから、そのまま中継ぎとして使われ続ける可能性も高かった。
不謹慎かも知れないが、突然の怪我で先発ローテーションから外れた選手には感謝するしかない。
一度空いたその場所を譲ってやる気は毛頭ないけれど。
「緊張しているか?」
「はい」
緊張している。強がっても意味はないし、緊張することが悪いことでもない。結果さえ出せばいいのだから。
「それでいい」
けれど、監督が満足気にそう言って頷いたその意味はよく分からなかった。
適度な緊張感は必要だろうが、緊張していると答えて納得されるのもおかしな気分だった。
「楽しんでこい」
何を呑気な、と思った。
ペナントレースは終盤も終盤。もう一戦たりとも負ける余裕などないだろう。
とはいえ私は投げるだけだ。それ以外の事は私にとって重要じゃない。
「はい」
だから、あなたにわざわざ言われなくても、そうする。
今から楽しみで眠れそうもない、なんて初めての体験を心配するくらいには。