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3×3

 今思えば、せめてバッティングピッチャーができるだけでもマシではあった。


 女子中学生が野球をできる環境は決して多くない。

 シニアリーグやボーイズリーグのような硬式野球クラブも、女子中学生を受け入れるところがどれだけあるか怪しい上、地方に住む私にはそもそも近く、それこそ通えるような距離にそのようなクラブもなかった。


 もともと、共働きでときに土日も家を空ける両親からは、硬式クラブは金銭的にも負担が大きくて家計的に厳しいし、クラブチームや遠征先への送り迎えもしなければならないとなると、とても入れられそうにないと、以前から言われていた。

 今さら改めて硬式クラブに入りたいと言ったところで、意見が変わるとも思えない。子の立場の私でさえ、現実的に不可能だろうと分かってしまうくらいなのだから。


 だから野球部を辞めてしばらくは、鬱屈を抱えたままどうすることもできない日々が続いていた。

 別に声を荒げたり周りに当たったりしたわけではないけれど、いらついた態度が隠せていなかったことくらいは自分でも分かっていた。


 それでも野球をやめようとは思わなかった。

 実際にはしばらくの間なにもできていなかったものの、これっきり野球に関わらず生きていこうなんて考えは、どこにも浮かばなかった。


 しばらくはただ走っていた。

 体を鈍らせたくなかったのもそうだけれど、じっとしていると苛立ちだけが募ってしまい、動かずにはいられなかった。


 ただ走るだけの日々は1週間も持たず、沸々と湧いたボールを投げたいという欲求を抑えることができなくなっていた。


 どこかに投げられる場所はないか、そんなことを考えながら走っていたランニングの最中に、簡易的なマウンドのある公園を見つけた。


 それなりに広く、すべり台や鉄棒といった遊具が端の方に、寄せられたように設置されている。野球をしている子と遊具で遊んでいる子が同時にいたら危なそうだけれど、大丈夫なのだろうか。まあ今は誰もいないし、私には関係のないことだからいいのだけれど。


 この奇妙な公園を見つけて以降はここで、誰もいない時間帯を狙ってはピッチングの真似事をしていた。


 それでもキャッチャーもいない場所での投げ込みには限界があった。


 打者もいなければボールを受けるキャッチャーさえいない。的になるものさえない。ホームベースがあるのがせめてもの救いで、自分がストライクゾーンに投げられているかぐらいは分かったけれど、やはり不便で、どこか虚しかった。

 傍から見たら不気味にさえ見えるかもしれないなと、今さらながらに思って、人から見た自分の姿を想像すると、その滑稽さが可笑しくて笑ってしまった。


 せめてもう少しまともな場所はないか。そう思ってスマホで調べたところ、近所とまでは言えなくとも通える範囲内のバッティングセンターに、ストラックアウトと言うのだろうか、投球練習場のようなものが設置してあると知った。

 当然お金はかかるけれど、的があるだけマシかなと思い、そこに向かった。


 初めてその施設の投球練習場に足を踏み入れたとき、安堵した。

 ちゃんとマウンドがあって、狙うべき的はきちんと18、44メートル先にある。その距離感は感覚でわかった。


 ずいぶん本格的だなって、なぜだか笑いそうになってしまった。これだけの距離があると野球未経験者なら届かない人もいるだろうし、集客的にはどうなんだろう。私からすればこの環境を求めていたから、ありがたいだけだけれど。


 ここでは軟式球と硬式球を選べるみたいで、私は硬式球を選んだ。


 小学生のときから今までずっと軟式のボールしか握ったことがなかったけれど、手にした硬式のボールは初めて触れたとは思えないほど手にしっくりと馴染んだ。感覚を確かめるように指先でボールを弾き、回して弄ぶ。

 今していることが悲しい一人遊びだという事実も頭の片隅に追いやられて、私は自分が少なからず高揚していることに気づいた。


 右足が上がった。早く投げたいと身体がせがむように、無意識に動いた。

 マウンドという傾斜があるから、力まずとも身体は前へと動く。踏み込み、腰が回る。その動きにつられて、左腕が振り下ろされる。


 リリースの位置は身体が覚えている。ボールを放った瞬間、指先に心地良い痺れが走った。

 思わず投げ込んだ白球は、9つある的の真ん中を射抜いた。


 結局この日は、1回十球のゲームを5回行った。

 球数にして五十球。正直まだ投げ足りないくらいだけれど、1回200円を5回やれば一度に千円無くなる。中学生が支払う額としては正直安くない金額だ。

 多少の名残惜しさはありつつも、今日はもう引き上げることにした。


 久々にまともな距離感でボールを投げ込めたおかげで、身体に心地良い火照りを覚えた。


(まあ、とりあえずの暇つぶし場所には、ちょうどいいかな)

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