GM就任三年目の衝撃
入団テスト当日、直接選手を見にきた私の目の前には、にわかには信じがたい光景が繰り広げられていた。
その主犯、この七回表から登板し、三人目の打者からも空振り三振を奪った投手が、マウンドを降りようとしている。
1イニングを三者連続の三球三振、それも全てが高めのストレート。
まるで剛速球投手のようなピッチングだが、球速は130キロ台前半から中盤という平凡な、プロ野球水準からすれば最低レベルと言っていいスピード。
そのボールを打者三人が打ちあぐね、最後には決まってボールの下を空振りした。
このチームのGM、ゼネラルマネージャーに就任して今年で三年目になるが、流石にこんな投手を見たことはなかった。
(ストレートが異様に伸びる……というだけではないな)
先ほどまでの光景を、頭の中で整理しようと努める。
いくら初対戦とはいえ、130キロ台の速球のみに三人が三人とも空振り三振は考えづらい。
(あの投手、一球ごとに間を変えていたか……?)
ボールを受け取ってから投げるまでのテンポ、足を上げてから着地するまでの時間、リリースの位置とタイミング、それぞれが一球ごとに少しずつ違っていたように見えた。
(しかしそんなこと、高校生にできるものか? まして)
事前情報では、現時点までの投手としての経験は独立リーグの選手を相手にしたバッティングピッチャーのみ。純粋な試合の経験に至ってはほぼゼロのはずだ。
そもそも投球の間を一球一球変えただけで、速球一本槍のピッチングにここまで打者が合わせられないことがあるだろうか?
先ほどマウンドを降りた投手のことが頭を離れず、七回裏の攻防はほとんど頭に入ってこなかった。
八回表、あの投手がもう一度マウンドに上がる。
入団テストで投手が投げられるイニングは最長2回まで。これが最後の登板だ。
バッターボックスには私が個人的に注目していた選手、土屋が入った。
その土屋が初球を見逃す。
インコースのストライクゾーンを掠めるような球だったが、審判の判定はボールだった。
その光景に私は思わず頷く。やはりこの選手は目がいい。
ストライクかボールかを見極める選球眼は、野球という競技において後天的に身につけることが難しいとされる技術のひとつだ。それは統計データにも表れている。私がこの選手に目をつけた理由のひとつでもある。
対する片崎はもう一度インコースへ。先ほどとほぼ同じコース。土屋は当然見逃す。
『ストライクッ‼︎』
(えっ⁉︎)
ここまで響いてきた審判の判定に思わず声が漏れそうになった。反射的に審判へと視線を移す。見れば土屋も驚いたように一瞬、審判の方へと振り向いていた。
審判への心証を考えるとあまりいいリアクションではない。しかし彼の気持ちもわかった。私の目にもボールに見えていたのだから。
(初球より少し、ストライクゾーンに寄っていたのか?)
この判定に頭を囚われ、目の前の光景がきちんと目に入っていなかったのかもしれない。突然聞こえた耳をつんざくような破壊音に、私の心臓は跳ねた。
バッターボックスに改めて目を落とすと、土屋のバットが根元から叩き割ったかのように砕けていた。懐を抉る速球が、バットをへし折ったらしい。
打球はほぼ真上へとふらふら舞い上がり、捕手の掲げたキャッチャーミットへと吸い込まれるようにして収まった。
なんだ、この投手は?
結局この回も片崎は三者凡退で抑えたが、それ以降の試合展開はほとんど頭に入ってこなかった。




