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はじめまして

 バッティングピッチャーとして打者三巡を投げ終えマウンドを降りると、監督の隣にいた、ラフな服装の若い女性がこちらに向かって歩み寄ってきた。


 なんだ? そもそも何者だ? ここ最近何度か目にしていたけれど、このチームの関係者だろうか。直接関わることがなかったから、今まで大して気にも留めていなかったけど。


 誰ですか、この人。近くにいた監督にそう目で訴えるより一瞬早く、女性が私に対して言い放った。


「プロ野球の入団テスト、受けてみない?」


「は?」


 言われた内容が、なぜかすぐには理解できなかった。


 聞かれたのは単純なことだったのに、音の羅列が言葉として処理されるまでに、自分でも焦ったくなるほどの時間を要した。

 そして言葉の意味が理解できた瞬間に沸いた感情は、疑念と不信感。


 当たり前だ。こちらはずっと独立リーグでバッティングピッチャーをしていただけの、無名どころか選手と呼んでいいのかもわからない存在だ。そんな人間に、なぜわざわざプロ野球のテストを受けろなどと言うのか。冗談を通り越して、ただの嫌がらせにしか思えない。


 けれど彼女にふざけている様子はなかった。むしろふざけている方が信憑性を持ったかもしれない。それくらいには突拍子もない話なのだから。


「あの、そもそもどちら様ですか?」


「ああ、こちらは……」


「私、こういうものです」


 監督の言葉を遮って女性が渡してきた名刺には、プロ野球の球団名と彼女の名前、役職名が入っていた。


静濱せいひんグリフィンズスカウトの、木庭結芽です。以後お見知りおきを」


「……どうも」


 としか答えようがない。

 突然そんなことを言われても困惑するに決まっている。


「なぜわざわざ私をスカウトするんですか? いや入団テストを受けるように勧めることをスカウトと言うのかは知りませんけど」


「あなたがプロ野球で通用すると思ったからです」


「ろくに公式戦に出たこともないのに、ですか?」


「ろくに公式戦に出たこともないのに、です」


 少しつりあがった黒目がちの目で私を見つめたまま、彼女は言い切った。

 なぜこの人はこんなにも力強く断言するのか。目の前の人間のことが何一つ分からなかった。


「どこを見て通用すると思ったのかとか、いつから私を見ていたのかとか、聞きたいことはいくつもありますけど、先にこれだけ聞かせてください」


「どうぞ」


「そんなに評価してくれているのなら、入団テストなんて受けさせずに直接ドラフトで指名してくれればいいじゃないですか」


「逆に、指名できると思いますか? あなたを」


「…………」


 無理だろう。公式戦で何の記録も残していない、独立リーグのバッティングピッチャーなど誰が欲しがるものか。


 言葉を返さないことが答えだと受け取ったのか、彼女が再び口を開く。


「だけど入団テストで結果を出せば、球団にドラフトの候補として挙げることが、それができるだけの根拠ができる」


 うちの球団に入団テストがあってラッキーでした。そう言って彼女が微笑む。


 彼女の提案は、私にとってなにも悪い話ではない。

 だけど、どうしても現実味を感じられなくて、しこりのような困惑が居心地悪く頭の片隅に残る。


「自信、ありませんか?」


 その困惑に割って入ってくる声。


 それを発した彼女の顔を見る。笑っていた。

 少なくともそう見えた。穏やかと紙一重の、高圧的な、人を測るような上からの目線。それを感じた。


「ありますよ」


 煽られている。それが分かっていてもなお、分かっているからこそ怒りを抑えることができない。抑える気にもならない。だから言葉は勝手に口から出てくる。


「ありますよ、自信」


 今私は、目の前にいる女の口車に乗せられているのかもしれない。だけど構わない。


「あなたなんかよりずっと、私は私を信じています」


 この女が私に投げかけた提案は、私にとって決して不都合なものではないのだから。

 だから、構わない。


「どこで投げても、誰にも打たれません」


 それは私が、一番よく知っている。だから、


「誘っていただいてありがとうございます」


 私は今、きっと笑っている。

 けれどその笑みはおそらく、相手を嘲るように歪んでいるだろう。

 別に、そんなことはどうでもいいのだけれど、


「喜んで、入団テストを受けさせてもらいますね、スカウトさん」


 それでも平然と微笑んでいるこいつの顔が、癪だ。

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