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ブルペンから見た二年間

 翌週、片崎は新しく試したい球種があると、ブルペンに入る前にそういった。

 

「へえ、球種は?」

 

「チェンジアップです」

 

「チェンジアップか、いいかもな」

 

 なぜかは知らないが、左投手はチェンジアップを持ち球や決め球にする投手が多い。もしかしたら片崎にも合うかもしれない。


 ブルペンへ向かい肩慣らしのキャッチボールを終え、ストレートを何球か投げ込んでから、片崎はさっそく宣言した。 

 

「次、チェンジアップいきます」

 

 そう言って、投球動作に入る。

 ストレートと変わらない腕の振り。そこから放たれたボールが、まっすぐにこちらへ向かって突き進んでくる。

 その軌道を見て初めは、失投かと思った。


 緩急をつけるためのチェンジアップだと言うのに、出だしの軌道がストレートのようにしか見えない。ボールが上手く手から抜けず、速度を落としきれなかったのだろうかと、そう思った。

 でも違った。

 

(っ⁉︎ おっそ……)

 

 投げ始めはまるでストレートかのように見えたボールは、ホームベースに近づくごとにどんどん失速していった。少なくともそのように、俺の目には映った。

 待っても待ってもボールが来ず、こちらの方が待ちきれずに前のめりに倒れてしまいそうな、そんな球。

 俺は本当に前に倒れそうになりながらも、ワンテンポどころでなく遅れてやって来た球をキャッチし、叫んだ。


「おい、使えるぞ、このボール!」


 

 今振り返っても、片崎のピッチングが格段に良くなり始めたのは、このチェンジアップを覚え始めてからかもしれない。

 だが片崎はそれだけでは満足せず、日に日に技術を磨いていた。

 

 

「今から5球、一球ごとに少しタイミングを変えて投げてみますね」

 

 ある日はそう言って本当に、フォームに緩急をつけ、リリースポイントまで微妙に変えて投げて見せた。

 

 また別のある日は、

 

「今日はストレート、ちょっと動かした球を混ぜますから、本当に曲がっているか確認お願いします」

 

 そう言って本当にストレートに変化をつけて見せていた。

 左右にほんのわずか、それこそボール半個分ほど動くボールを、ホームベースをかすめるようなコースに投げ込んでみせた。

 さらに、

 

「ラスト、いつもより上に浮かすので、右打者のインハイにお願いします」

 

「は?」

 

 最後にそう宣言され、俺は困惑してしまった。なんだ、浮かすって。

 

 曲げないってことか? 勝手にそう解釈して、言われたとおりに右打者のインハイへとミットを構える。


 そのラストボール、初めは構えた位置より少し低めに来たのかと思った。

 だからミットを下げかけて、けれど途中で気づく。


(っ⁉︎ なんだ、マジで途中から浮き……)

 

 下げかけたミットを元の位置に戻し、飛び込んできたボールをなんとか捕まえる。

 バクつく心臓をなだめようと軽く深呼吸をしてから、今の球を脳裏で思い返す。

 

(バッターボックス近くに来てからマジでボールがホップした? でも打席から見てならともかく、キャッチャーから見ても途中で浮き上がって見えるストレートとかいったいどういうことだよ……)

 

 今までも伸びのあるストレートを投げていたがそれ以上の、真上へとホップするような軌道のボール。明らかに回転数が増していると、ボールを捕まえた左手が告げていた。

 

 

 そうやって片崎の球を受け続けているうちにあいつは、一年後にはもう即戦力として使えそうな実力を身につけて、二年後にはもう、チームのエースを張ってもおかしくないほどの能力を身につけていた。

 

 実践形式のバッティング練習がそれを裏付けていて、このころの片崎はもう、わざと打たせにかかっているとき以外は、ヒット性の当たりを打たれることがほとんどなくなっていた。

 

 今日もそうだった。事前に各選手に決められていた打席数を投げ終え、ほぼ完璧に抑えていた。それはバッティングピッチャーとしてどうなんだと思ってしまうほどに。

 

「片崎、ナイスピッ……」

 

 自分もバッティング練習をしないといけない本職キャッチャーの代わりに捕手を務めていた俺は、マウンドを降り始めた片崎に近づいて、ひとこと声をかけようとした。だがとっさに、その言葉を引っ込めてしまった。

 あいつの、片崎の顔があまりに冷めていることに気づいて。

 

「……片崎?」

 

「はい?」

 

 それでも改めて声をかけた俺に対し片崎は、先ほどまで見せていた表情が見間違いだったのではないかと思わせるほどに飄々とした様子でこちらに振り向いた。いや、もともとこいつは普段からそんなにテンションが高いタイプではない、ないがそれでも……。

 

「……あー、いや、なんでもない。良いピッチングだったって言おうとしただけだ」

 

「そうですか」

 

 ありがとうございます。あいつはそう言って軽く頭を下げた後、グラブを外して控え室に歩いていったが、その背中はどこか寂しげで、その寂しさが俺にはなんだか恐ろしく映った。

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