退屈
だからといって、すべての打者を完全に抑え込めたわけではなかった。
二巡目以降はストレートを弾き返されることも少なくなく、カーブもボールは見逃され、ストライクゾーンを通過する球はヒットこそ少ないものの、ファールにされることが増えた。
もう1つ、球種が欲しい。
打者三巡を投げ終え、マウンドから降りると同時にそう思った。
バッターの選択肢を増やすボール、それが欲しい。
カーブは緩急をつけるために有効で、その変化の大きさから、バッターの打ち損じや空振りを誘うこともできた。ただし変化が大きい分、バッターが早くにカーブと気づき、待たれたりファールにされたりと対応されてしまう、そう感じていた。
だから1つ、ストレートに近い軌道から変化するボールが欲しい、そう思った。
まず投げ始めたのはスライダーだった。
このボールは練習すると比較的すぐに投げられるようになった。バッティングピッチャーとしてバッター相手に投げても、それなりに空振りもゴロも取れて有効な球だった。
しかしすぐに投げなくなった。ストレートの質に悪影響が出たように感じたから。
今までストレートで空振りを取れていたコースで空振りが取れなかったり、投げ込んだボールが心なしか少し沈んだように見え、スライダーを投げることでフォーム自体が変わってしまったような気がした。仮にフォーム自体は変わっていなくても、手首の角度や指先の感覚に狂いが生じる、そんな感覚があった。
あくまで投げ方の問題で、例えば別の握りで投げればストレートへの影響もなくなるのかもしれないけれど、そこまでしてスライダーという球種にこだわる必要も感じなかった。
次に試したフォークは実戦で使う前にやめた。
投げられないことはないものの、どうにも落ち方が緩く感じたから。
コントロールも安定しているとは言い難く、習得するにしても時間がかかりそうだった。
いくつか試した中で、1番しっくりきたボールがチェンジアップだった。
ストレートと同じ腕の振りから投げる、ただ遅いだけのボール。
けれどバッターには、投げてからその途中までの軌道がストレートに見えるのか、意外なほどに空振りが取れた。なかにはバットの先端からボールまでの距離が30センチは離れているだろうというくらいの、明らかにタイミングが合っていない空振りも少なくなかった。
このチェンジアップがストレートを生かした。
少しでもチェンジアップが頭にあればストレートに差し込まれ、ストレートに意識がいけばチェンジアップにはまるでタイミングが合わない。
カーブとチェンジアップ、この2つの変化球を混ぜ合わせることで、チームの大半のバッターを抑えられるようになった。
だから次は、ストレートだけでも抑えられるようになれないかと考えるようになった。
投げるボールの速度以外でも緩急や変化がつけられるんじゃないか。そう考えてからは投げるときの動作を意図して少しずつ変えてみた。
ときには足を上げる高さや速さを変え、ときにはリリースポイントの前後をずらした。意図して早く離したり、逆により前で離してみたりした。
それはほんの数センチ程度の違いでしかなかったと思うけれど、それでも少なからずバッターはタイミングを狂わされるようだった。
ストレートの握りを変えてみたりもした。
人差し指と中指をくっつけて、ボールを弾くようにして離す。この感覚を身につけてから、高めのストレートで面白いほど空振りが奪えるようになった。
逆に人差し指と中指の間を広めに開け、指の腹で押し出すように投げることで、通常より沈む、ある種失投のようなボールも意図的に投げられるようになった。
このボールもまた、低めに集めることでゴロを打たせるのに有効な手段となった。
意図せずシュート回転がかかったストレートを打者が打ち損じたときも、これを利用できるんじゃないかと思った。
ほんの少しボールの握りや手首の角度、またはボールを離すときの人差し指と中指の力の配分を変えると、ボールは僅かに左右へ変化するようだった。
もっとも、自分の目線からではその変化は気づくことが難しいほどに小さく、打者の反応を見るか、後でキャッチャーにどんな軌道だったかを聞いて確認しないと確実なことは分からない程度の変化でしかなかった。
しかしその僅かの変化が逆にバッターには厄介なようだった。
ストレートとほとんど変わらない球速から僅かに左右に動く速球は、バッターにとって見極めるのは不可能と言っていいボールで、空振りを奪うことこそ少ないものの、ファールでカウントを稼いだり、内野フライや内野ゴロのような凡打を量産するのにこれ以上ないほど便利なボールだった。
ただし甘く入れば無理矢理ヒットゾーンに飛ばされることもあり、これらのボールをコーナーに確実に決められるようになるまでには、多少なりとも時間がかかった。
それができるようになった頃には、これらのボールを混ぜ合わせることによって、純粋なバックスピンのストレートによる空振りをより奪いやすくなった。
できることをひとつひとつ試していった。
そうして技術を磨いていき、打たれることがほとんどなくなったとき、
(退屈……)
その言葉が漏れそうになった自分に気づき、絶望した。
まだ、足りない。
ここでは満たされない。