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お化け捜査官の詩  作者: 加賀山みやび
9/19

 ゆきが仲間に加わってから、ほぼ毎日、僕らは放課後、図書館に集まった。

 図書館では、『窓際の一番端』が、僕たちのお気に入りの席で、空いている時は必ずそこに座った。常連の生徒たちは、それぞれが、自分のお気に入りの席を持っていて、お互いにそれを尊重しあい、相手の席には、なるべく座らないようにしていた。その、『窓際の一番端』の席も、いつの間にか、常連達の間では、僕らのものとして定着していた。


「次は何をするの?」

ゆきは毎日のようにそう言って詰め寄っては、聡を困らせた。ゆきの抑えきれない好奇心のパワーが、瞳の中からほとばしっていた。しかし、そう簡単に、お化けの話など、落ちているものでは無い。聡も僕も、必死にネタを探してはいたものの、これといって、興味をそそるものには出会えないままだった。


 そんなある日。

「匠。そろそろお前も本当のことを話してくれないか」聡が言った。

本当のこと。それは、僕の手帳のことだった。『夕子とは一体何者なのか』、どうしてもそのことをうまく説明できなかった僕は、『手帳は拾った』と嘘をついていた。もちろん、そんな話が聡に通用するはずもなく、聡は僕の嘘を最初から見抜いてはいたが、あえて、そのことには触れずに、僕が真実を話す気になる日を、待っていたのだった。

 ちょうど僕も、そろそろ本当のことを話した方がいいと考えていた。

「嘘をついていてゴメン」

「いや、その事はいいさ。最初から何か隠していることはわかっていたからね。匠は嘘をついていたことにはならないよ」

聡は優しくそう言った。

「古墳で手に入れたのは本当なんだけど、拾ったわけじゃない。夕子っていう女の子にもらったんだ。手帳には、最初から、僕の名前が書いてあった」

「何年生? この学校の子なら大体わかるわよ」

「それが、全校生徒の名簿を調べたんだけど、夕子っていう名前は無かったんだ。それに・・・」

「それに?」

「その娘は消えちゃったんだ」

 僕は、夕子と名乗る少女が、風とともに消えてしまった時のことを二人に詳しく話した。


 しばらくの間、聡は神妙な顔をして沈黙していた。ゆきは、聡が何かを話すのを待っているようだった。

「何かが始まろうとしている」聡が沈黙を破った。

「始まろうとしている?」

「もしくは、誰かが、僕らを導いているというか」

「誰かって?」

ゆきと僕の声が重なった。聡の言葉は漠然としていて、僕には、何を言おうとしているのかよくわからなかった。

「つまりさ。この手帳。俺の場合は、父さんの部屋で見つけたから、多分、父さんが関係しているんだろうけど、ゆきや匠の場合は、一体、誰が何の目的で手帳を渡したんだろう?」


 僕もずっと考えていた。

 夕子はなぜ、僕にこの手帳を渡したんだろう。

 これをもらった僕は、一体何をすれば良いのだろう。

 夕子は、僕に何を期待しているのだろう。

 そして、これから何が起こるのだろう。


 聡が言っているのは、僕が考えていたのと同じことだった。

「今のところ、一番の手がかりは、夕子という幽霊だな」

聡は、夕子のことを幽霊だと断定した。確かに、あの突然の現れ方、そして何よりも、あの突然の消え方。風とともに消えてしまった夕子は只者ではないのは間違いない。でも、

「カレーライスが好きなの」

無邪気に笑っていた姿を思い出すとき、僕には夕子が幽霊だとは、どうしても考えられなくなるのも事実だった。ただ単に動きの素早い女の子かもしれない。

「まずは、夕子を探そう」

「あれから何回か、古墳には行ったんだけどな」

「でも、夕子は、古墳でまた会えるって言ったんだろ」

「まあ、そんな感じだった」

「じゃあ、行ってみるしかないな」


 次の日曜日。

 僕と聡とゆきは、例の古墳に向かった。季節はまだ、梅雨真っ盛りではあったが、珍しくその日は青空が広がっていた。周りの木々は、日の光を受けて、以前来た時より、さらに青々と茂り、僕らの行く手を阻んだ。古墳はいつもと同じように、ジメジメと湿っていた。

 予想していたことではあったが、夕子の気配は、今日もどこにも見当たらなかった。聡はあちこち歩き回って足跡を探したが、僕の靴跡以外、誰の足跡も見つけることができなかった。

「やっぱり、足が無いんだな」

聡が、満足そうに、そんなことをぶつぶつと呟いているのが聞こえた。

 

 深呼吸をしてみた。

 鼻を通って、深く肺の奥にまで、森独特の空気とともに、そのエネルギーのようなものが届いた。その中に夕子の気配がないかどうか、そっと探してみたが、それらしいものは見つからなかった。

 目を閉じ、耳を澄ませた。

 風が遠くの木々を揺らしている音が聞こえた。それまで気がつかなかった鳥たちのさえずりが聞こえた。少し離れた場所では、相変わらず、聡が何かを呟いている。それらの様々な音の中にも、夕子の声のかけらを、僕には、見つけることができなかった。


 突然、古墳の裏側から、ゆきの声が響いた。

「これ、何かしら」

これまで、古墳には何度か訪れていたが、裏側に回ったことは一度も無かった。そこは、草の丈が高く、足を踏み入れるには、勇気のいる場所だった。僕と聡はすぐにゆきの声のする方へ駆けつけた。

 古墳と杉林の境目で、ゆきの姿は、背の高い雑草の中に埋まっていた。そこにしゃがみこんで、何かを見ているようだった。

 そこには、平べったい石でできた、プレートのようなものが無造作に転がっていた。横一メートル、縦五十センチメートルほど。今は倒れてはいるが、昔は立てられていた可能性もある。そうだとすると、一種の石碑なのかも知れない。それが、半分以上、草の中に埋まっていた。これでは、遠くから見つけるのは困難だ。今まで見落としていたのも無理はない。

 かなり古い。表面には、縦書きで何やら文字が書いてあった。最初の行だけ、かろうじて読むことができた。

『お化け捜査官の詩』

そう書かれていた。それ以外は、風化して砕けたり、あるいは苔に覆われたりして、残念ながら、ほとんど判読することができなかった。ただ、おそらく、『お化け捜査官の詩』というのがタイトルで、その横には、一編の詩が綴られているだろうことは予想ができた。

「やっぱり、何かが始まろうとしてる」

石碑をじっと見つめていた聡が言った。

 僕も同じ意見だった。

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