謎
ゆきが仲間に加わってから、ほぼ毎日、僕らは放課後、図書館に集まった。
図書館では、『窓際の一番端』が、僕たちのお気に入りの席で、空いている時は必ずそこに座った。常連の生徒たちは、それぞれが、自分のお気に入りの席を持っていて、お互いにそれを尊重しあい、相手の席には、なるべく座らないようにしていた。その、『窓際の一番端』の席も、いつの間にか、常連達の間では、僕らのものとして定着していた。
「次は何をするの?」
ゆきは毎日のようにそう言って詰め寄っては、聡を困らせた。ゆきの抑えきれない好奇心のパワーが、瞳の中からほとばしっていた。しかし、そう簡単に、お化けの話など、落ちているものでは無い。聡も僕も、必死にネタを探してはいたものの、これといって、興味をそそるものには出会えないままだった。
そんなある日。
「匠。そろそろお前も本当のことを話してくれないか」聡が言った。
本当のこと。それは、僕の手帳のことだった。『夕子とは一体何者なのか』、どうしてもそのことをうまく説明できなかった僕は、『手帳は拾った』と嘘をついていた。もちろん、そんな話が聡に通用するはずもなく、聡は僕の嘘を最初から見抜いてはいたが、あえて、そのことには触れずに、僕が真実を話す気になる日を、待っていたのだった。
ちょうど僕も、そろそろ本当のことを話した方がいいと考えていた。
「嘘をついていてゴメン」
「いや、その事はいいさ。最初から何か隠していることはわかっていたからね。匠は嘘をついていたことにはならないよ」
聡は優しくそう言った。
「古墳で手に入れたのは本当なんだけど、拾ったわけじゃない。夕子っていう女の子にもらったんだ。手帳には、最初から、僕の名前が書いてあった」
「何年生? この学校の子なら大体わかるわよ」
「それが、全校生徒の名簿を調べたんだけど、夕子っていう名前は無かったんだ。それに・・・」
「それに?」
「その娘は消えちゃったんだ」
僕は、夕子と名乗る少女が、風とともに消えてしまった時のことを二人に詳しく話した。
しばらくの間、聡は神妙な顔をして沈黙していた。ゆきは、聡が何かを話すのを待っているようだった。
「何かが始まろうとしている」聡が沈黙を破った。
「始まろうとしている?」
「もしくは、誰かが、僕らを導いているというか」
「誰かって?」
ゆきと僕の声が重なった。聡の言葉は漠然としていて、僕には、何を言おうとしているのかよくわからなかった。
「つまりさ。この手帳。俺の場合は、父さんの部屋で見つけたから、多分、父さんが関係しているんだろうけど、ゆきや匠の場合は、一体、誰が何の目的で手帳を渡したんだろう?」
僕もずっと考えていた。
夕子はなぜ、僕にこの手帳を渡したんだろう。
これをもらった僕は、一体何をすれば良いのだろう。
夕子は、僕に何を期待しているのだろう。
そして、これから何が起こるのだろう。
聡が言っているのは、僕が考えていたのと同じことだった。
「今のところ、一番の手がかりは、夕子という幽霊だな」
聡は、夕子のことを幽霊だと断定した。確かに、あの突然の現れ方、そして何よりも、あの突然の消え方。風とともに消えてしまった夕子は只者ではないのは間違いない。でも、
「カレーライスが好きなの」
無邪気に笑っていた姿を思い出すとき、僕には夕子が幽霊だとは、どうしても考えられなくなるのも事実だった。ただ単に動きの素早い女の子かもしれない。
「まずは、夕子を探そう」
「あれから何回か、古墳には行ったんだけどな」
「でも、夕子は、古墳でまた会えるって言ったんだろ」
「まあ、そんな感じだった」
「じゃあ、行ってみるしかないな」
次の日曜日。
僕と聡とゆきは、例の古墳に向かった。季節はまだ、梅雨真っ盛りではあったが、珍しくその日は青空が広がっていた。周りの木々は、日の光を受けて、以前来た時より、さらに青々と茂り、僕らの行く手を阻んだ。古墳はいつもと同じように、ジメジメと湿っていた。
予想していたことではあったが、夕子の気配は、今日もどこにも見当たらなかった。聡はあちこち歩き回って足跡を探したが、僕の靴跡以外、誰の足跡も見つけることができなかった。
「やっぱり、足が無いんだな」
聡が、満足そうに、そんなことをぶつぶつと呟いているのが聞こえた。
深呼吸をしてみた。
鼻を通って、深く肺の奥にまで、森独特の空気とともに、そのエネルギーのようなものが届いた。その中に夕子の気配がないかどうか、そっと探してみたが、それらしいものは見つからなかった。
目を閉じ、耳を澄ませた。
風が遠くの木々を揺らしている音が聞こえた。それまで気がつかなかった鳥たちのさえずりが聞こえた。少し離れた場所では、相変わらず、聡が何かを呟いている。それらの様々な音の中にも、夕子の声のかけらを、僕には、見つけることができなかった。
突然、古墳の裏側から、ゆきの声が響いた。
「これ、何かしら」
これまで、古墳には何度か訪れていたが、裏側に回ったことは一度も無かった。そこは、草の丈が高く、足を踏み入れるには、勇気のいる場所だった。僕と聡はすぐにゆきの声のする方へ駆けつけた。
古墳と杉林の境目で、ゆきの姿は、背の高い雑草の中に埋まっていた。そこにしゃがみこんで、何かを見ているようだった。
そこには、平べったい石でできた、プレートのようなものが無造作に転がっていた。横一メートル、縦五十センチメートルほど。今は倒れてはいるが、昔は立てられていた可能性もある。そうだとすると、一種の石碑なのかも知れない。それが、半分以上、草の中に埋まっていた。これでは、遠くから見つけるのは困難だ。今まで見落としていたのも無理はない。
かなり古い。表面には、縦書きで何やら文字が書いてあった。最初の行だけ、かろうじて読むことができた。
『お化け捜査官の詩』
そう書かれていた。それ以外は、風化して砕けたり、あるいは苔に覆われたりして、残念ながら、ほとんど判読することができなかった。ただ、おそらく、『お化け捜査官の詩』というのがタイトルで、その横には、一編の詩が綴られているだろうことは予想ができた。
「やっぱり、何かが始まろうとしてる」
石碑をじっと見つめていた聡が言った。
僕も同じ意見だった。