ゆき
ゆきは、僕らよりも一つ下の四年生だった。
「で、ゆきちゃんは、ここで何やってたの?」
ゆきが四年生だと知った途端に、聡は馴れ馴れしくそう聞いた。
「その前に、その箱。もう一回、埋めてもらえます?」
数日前のことだそうだ。
ゆきは、妹への誕生日プレゼントを、この、一本杉の根元に埋めたのだという。
「なんでまた、そんなことを」
「妹を喜ばせようと思ったんです」
つまり、宝探しゲームを企画したらしい。
「おばあちゃんが子供の頃によくそんな遊びをしたって言ってたのを思い出して、真似してみたの」
「なるほど、俺の推理が正しければ、君がこれを埋めたのは先週の日曜日の午後六時頃に違いない」
「なんでわかるの」
聡は種明かしをした。ちょうどその頃、女の幽霊を見たと言う噂が立っていたのだ。つまり、ゆきが穴を掘っているところを、どこかの誰かが目撃して、幽霊と間違えたのだ。
「でも、ちょっと、気になることがあるんだよな」聡が言った。
「幽霊の噂が頻繁に出すぎているような気がするんだよね」
それは、僕も考えていた。雨の夜に僕らが一本杉を訪れた時、その翌日には、幽霊の噂が広まっていた。これはいくら何でも早すぎる。まるで、誰かがいつも、一本杉の根元を見張っているかのようだ。
つまり、それは・・・。
「そうか。幽霊と見間違えて噂になっているんじゃなくて、意図的に、なんでも幽霊の仕業にして、嘘の噂を流している奴がいるんだ」
「そう言う事」聡も、僕の意見に同意した。
「まるで、木村みたいだな。他にもそんなことする奴がいるんだ」
「五年生の木村さんのこと? 木村さんの家ならあそこよ」
ゆきが指差した先には、おそらく、まだ築二、三年ほどの、二階建ての一軒家があった。庭木が茂っていて、こちらから直接確認することはできないが、その家の窓からは、一本杉の根元がおそらく丸見えだろう。
「また木村かよ」
「まあ、その件については、放っておこう。証拠もないし」
聡はそう言うと、そっとため息をついた。
「それに、あいつは、俺たちにかまって欲しくて、こんなことをしているのかもしれない。そう言う場合は、黙殺するに限る」
しばしの沈黙の後で、僕らは、ゆきの話に戻った。話は、ゆきが妹への誕生日プレゼントを、一本杉の根元に埋めようとした場面で脱線していた。
「その時に不思議なことがあったの」
ゆきの話によると三十センチほど掘り進んだところで、何かが出てきたというのだ。丁寧に掘り出してみると、それはビニールに包まれていた。そして、さらに新聞紙にも包まれていて、それを剥ぐと金属の箱が出てきた。おそるおそる開けてみると、例の黒い手帳が入っていた。
「不思議なのは」ゆきは言った。
手帳を開いてみると、最初から、ゆきの名前が書いてあった。
「私がここを掘ることは誰にも言っていないのに」
「私、この手帳を見た時に、すぐにあの亀石事件のことを思い出したの」
聡が張り紙なんかを書いたおかげで、お化け捜査官という言葉は、生徒だけでなく、教師の間でもしばらく噂になっていた。特に下級生の中では、ちょっとしたヒーローになりつつあった。
好奇心旺盛な少女ゆきも、手帳を拾う前から、お化け捜査官というものに興味を持っていた。『お化け捜査官って、誰なのかしら』、そう考えるだけでなく、『できることならば自分もお化け捜査官になりたい』、そう思っていた。そこに、文字通り、例の手帳が降って湧いたように自分の目の前に現れた。
ゆきは、すっかりその気になった。自分は今日から、おばけ捜査官。そして、いつか仲間にも会えるだろう。そう考えていたまさにその時、一本杉の根元を掘る不審な男達、つまり、僕と聡が現れたのだ。ゆきは、彼らこそ、お化け捜査官だということに疑いを持たなかった。
「私の手帳を埋めたのはあなたたちじゃないの?」
ゆきは、手帳は僕達が埋めたと思っているようだった。状況から考えれば、それは正しい推理だろう。
「いや。手帳を埋めたのは俺たちじゃないんだ」聡は困惑して言った。
「それに、ゆきちゃんのことは、本当に今日まで知らなかったし」
その言葉を聞いたゆきは、一瞬不思議そうな、困ったような顔をしたが、すぐに元の笑顔を取り戻した。もともと、楽観的な性格なのだろう。不思議な出来事が、解決されずに、不思議なままで、残ったことを、むしろ喜んでいるようにも見えた。
僕と聡が、さっき掘り出してしまった、ゆきの二つ年下の妹への誕生日プレゼントは、再び丁寧に包装され、埋められることになった。
「妹にはこれを渡すつもりなの」
そう言ってゆきはポケットから小さく折りたたまれた紙を取り出した。広げてみると、それは、A四サイズのノートの切れ端だった。無造作に破られた部分がギザギザになっている。しかも、わざと少しばかり汚してあるようだ。
『秘密のノートから、急いで切り離してきました』
という、演出なのかもしれない。(あるいは、ゆきは、そこまで深く考えていないかもしれないが)
文字が書いてある。
『いぎすっとねのもぽん』
僕には何のことやら分からなかったが、聡はすぐにそのクイズを解いた。文字の順番を変えると
『いっぽんすぎのねもと』(一本杉の根元)
となるのだ。つまり、誕生日プレゼントはそこに埋められているから、そこを掘れと言う暗号である。
でも・・・。
「これ、小学二年生向けとしては難しくないかな」
少し心配になって僕は言った。
「まあ、やってみるわ」
次の日。
僕ら三人は図書館に集まった。
「で、どうだった?」僕が尋ねるとゆきは残念そうに
「だめだった」と言った。
ゆきの妹が出した答えは
『いつものぽんすとねぎ』(いつものぽん酢とネギ)だった。冷蔵庫からネギとぽん酢を出して美味しそうに食べる妹を見て、ゆきは、本当のことを言えなかったそうだ。それでもゆきの目は楽しそうに笑っていた。
と、言うわけで、今でも誕生日プレゼントは一本杉の根元に埋まっている。