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お化け捜査官の詩  作者: 加賀山みやび
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一本杉

 一本杉の根元に幽霊が出る。

 どこからか、そんな噂を聞きつけてきたのは聡だった。六月のある水曜日のことだった。ここのところ、ずっと雨が降り続いていた。夕暮れが近い教室には、僕らの他には誰もいなかった。窓ガラスに叩きつけられた雨の音が教室内に大きく響いていた。窓の外には運動場が広がっていて、そこは今や、巨大な水たまりと化し、まるで、一つの池のように見えた。そして、その向こうに、一本杉と呼ばれる大きな杉の木が、猛然と、その存在をアピールしていた。

「この学校ができる前から、あの杉はあったらしいよ」聡が言った。

「調べる?」

「当然」

その日の夜、僕らは一本杉へ向かった。


 夜になっても、雨は降り続いていた。もともと人口の少ないこの町の夜は暗いのだが、ここ、一本杉の周辺は、民家が近くにあるにも関わらず、街灯が少なく暗い場所だった。雨ともなれば、なお一層暗さが増してくる。

「ここ見て」

聡が言った。杉の根元を見ると、地面を堀ったような跡があった。おそらく最近のことだろう。

「掘ってみようか」

僕がそう言うと、聡は反対した。

「いや。雨が止んでからにした方がいいだろ。それと、掘るならば、明るいうちの方がいい」

その夜は、何もせずに僕らは一本杉を後にした。


 翌日になっても雨は止まなかった。

 仕方なく僕らは、いつものように図書館で時間を潰した。図書館というのは、なかなか便利な場所である。例えば、放課後、時間を潰すだけならば、教室でもいいわけだが、やかましい奴らが多すぎる。中には、軍手を丸めて野球を始めるような無法者もいる。それに、木村のように馴れ馴れしく、会話に介入してくる奴もいる。できれば、『お化け捜査官』というのは、秘密にしておきたいのだ。


 この学校の図書館は、校舎からは完全に切り離され、少し離れた場所にあった。

 校門をくぐると、正面には校舎が見える。そこに向かわずに、左に曲がって、数十メートル進み、石の階段を登ったところに、小学校には不似合いな、おしゃれな建物がある。それが、図書館だ。初めて見た人は、美術館か博物館かと思うほど独特な形状をしている。入り口近くにはなんだか分からない形の彫刻作品があった。また、柱や壁にも、様々な彫刻が施されていた。

 中に入ると、そこは驚くほど広かった。二階建ての建物で、ロビーの部分は吹き抜けになっている。小学校の施設としては珍しく、エレベータまであった。もっともそれは、二階に本を運ぶための、作業用のもので、生徒達が使うことはほとんどなかった。

 本の多さもさることながら、自習スペースが広く充実していることにも驚かされる。オープンなスペースで、仕切りで囲まれているわけではないが、多少の会話ならば、問題にならないくらいの広さがあり、この空間を生徒たちは自由に使うことができた。一説によると、ある種の治外法権が働いており、授業をサボってここにいても、つまみ出されることはないという話だが、試してみたことはまだない。


「おかしなことになってきたぜ」

一本杉について新しい噂が出ているらしい。

『昨日の夜、一本杉の根元で、雨の中に佇む二人の幽霊を見た』

という、かなり具体的なものだった。

「これって、もしかして」

「ああ。俺たちが見られてたんだ。そしてそれが噂になった」

幽霊の正体がお化け捜査官だったなんて。ジョークにしてもあまりパッとしない。それ以外にも、聡は別の証言を得ていた。

『女の幽霊が一本杉の根元を掘っていた』

というものだった。

「確かに、一本杉の根元を誰かが掘った跡があった。つまり、これも幽霊じゃなくて、本当に誰かがあそこに何かを埋めたんだ」聡が言った。

「いったい何を埋めたんだろう」

僕は一瞬、嫌なものを想像した。

「掘ればわかるさ」

聡は気楽にそう言った。


 翌日は久し振りに、朝から青空が広がった。僕は放課後になるのが待ち遠しく、一日中そわそわとして過ごした。

 授業が終わると、すぐに、聡と僕は、一本杉に向かった。聡は、手に小さなシャベルを持っていた。僕は、というと巨大なスコップを担いでいた。

「匠。お前、それ持ってくつもりか」

「いいだろ、これ。なぜか家にあったんだ」

「多分、必要ないぜ。あそこは木の根が張っていて、女性にはそんなに深く掘れない。それに、スコップは目立つ。スコップを持った幽霊の噂がたつと、それはそれで面白いけど、俺はちょっと恥ずかしい」

 確かに、聡の言う通りだった。そこで一旦教室に戻り、スコップを置いて、代わりにシャベルを探した。運の良いことに、掃除用具入れの片隅に、小さなシャベルが転がっていた。

 

 一本杉の根元は、ここ数日降り続けた雨にも関わらず、思ったより乾いていた。もともと水はけの良い場所なのだ。しかも、杉の葉が密集しているため、それが傘の役割を果たしており、少々の雨であれば、避けることができる。改めて地面を観察すると、五十センチ四方あまりの、掘り返した跡がくっきりと残っていた。そこだけ、地面の色が違うし、踏み固められてもいない。

 聡が言ったように、その部分は、小さなシャベルで楽に掘り進むことができた。そして、掘り始めてからほんの数分で、僕らのシャベルは何か硬いものにぶつかった。それは、外側はビニール袋で覆われていて、シャベルで叩いてみると、コツコツと、金属質な音がした。引き上げてみると、二十センチ四方、深さは十センチ程度の小さな直方体の物体だった。ビニールを剥がしてみると、中身は新聞紙で包まれており、それを丁寧に剥がしてみると、美しい包装紙に包まれた箱のようなものが出てきた。何かのプレゼントのようにも見える。

 ここから先、開けていいものだろうか。聡も僕も迷っていた。

 その時だ。

「あのお、すみません。それ、私のなんです」

突然、背後から、声をかけられた。箱の方に集中していたために、誰かが近くに来たことに気がつかなかったのだ。


 少女が立っていた。

「私、こういうものです」

少女が黒い手帳を僕らの前に見せた。一ページ目には、

「お化け捜査官 山口 ゆき」

と書かれていた。それは、少女が鞄から黒い手帳を出した瞬間から、ある程度、予想していたことではあった。

「僕も」

「あ、俺も」

僕ら二人も自分の手帳を取り出して、表紙をめくって見せた。

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