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お化け捜査官の詩  作者: 加賀山みやび
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夕子

 山の中に姿を現した古墳は、ジメッとしていた。

 あの日、父と見た古墳は、よく乾いていて明るい場所にあった。全体が芝生で覆われていて、丁寧に管理されていた。それに比べて、今、目の前に現れた古墳の、なんと、うらさびれたことか。おそらくここ数年、いや数十年、誰からも相手にされず、放置されてきたのだろう。ともすれば、周りの藪に埋もれそうになりながらも、かろうじて、古墳としての形を保ってきた姿は健気ではある。しかし、木々に囲まれて日の当たらないこの場所は、寂しさを通り越して、怖ささえも感じられる場所だった。


「あなた、誰」

無防備だった背中に、突然声をかけられて、僕は心の底から驚いた。もう少しチカラ加減が間違っていたら、心臓が止まっていたとしてもおかしくはない。まさか僕以外の人間がここにいるなんて、考えもしなかったのだ。

 恐る恐る振り向くと、そこにいたのは、とても小柄な女の子だった。小学三年生か、あるいは四年生というところだろうか。少なくとも僕よりは年下だろう。

「誰?」

僕の方からも当然の質問をさせてもらった。

 少女は全体的に古いタイプの服を着ていた。白いブラウスに赤いミニスカート。白いソックスに地味な靴。少し前には、おおいに流行ったのかもしれないが、最近はこんな感じの服を着ている娘を見ることはまずない。清潔感にあふれてはいるが、率直にいうならば、ダサいのだ。

「夕子。あなたは」

たくみ

「もしかして、探し物?」

「古墳を探しに」

「古墳? 見つかったの?」

「これ。ここ全体が古墳」

「そうなの。ただの小さな丘だと思ってたわ」

 最初、僕に向けられていた警戒感は、静かに解かれていったようだった。徐々に、少女の緊張が和らいでいくのがわかる。口調も優しいものに変わった。彼女の口元に現れた笑みのおかげで、僕の気持ちも和やかなものに変わった。


 くるくるとよく動く目を、パチパチと瞬かせながら、夕子はよく喋った。今朝、鶯を見たとか、カレーライスが好きだとか、その会話は唐突で脈絡がなく、でも、その楽しそうな様子に僕はどんどん引き込まれていった。

 気がつくと、僕も同じように脈絡のない話をしていた。チャーハンが好きだとか、キツツキの巣を見つけると覗きたくなるとか、この町には最近引っ越してきたばかりである、とか・・・。


「匠君は、お父さんのこと覚えてる?」

突然、夕子が言った言葉に、軽い戸惑いを覚えた。

「覚えてるよ。でも、だいぶ小さい頃の記憶しかないけど」

僕には、父さんがいない。そのことを夕子が知っているはずは無かった。何しろ、僕らは今日初めて出会ったのだから。でも、夕子の質問は、まるで、僕に父さんがいないことを前提にしているように、僕には聞こえた。

「ごめんなさい。変なこと聞いちゃって」

「別に。もう慣れてるし」

その後、僕らの会話は、再び、何の意味もない、それでいてとても楽しい雑談へと戻って行った。

 

 いつの間にか、随分と長い時間が流れていた。

 木漏れ日の中に少しだけ、夕暮れの気配が混じり始めていた。昼御飯を食べていないことに気づいた僕のお腹が、小さな音を立てた。それでも、僕は夕子との会話をやめたいとは、少しも思わなかった。むしろ、二人の時間に終わりが訪れることを恐れ、会話の中に、終わりの予感が現れることを慎重に避けていた。


「これあげる」

しばらくして、夕子が取り出したのは、小さな黒い手帳だった。受け取って開こうとしたその瞬間、夕子が叫んだ。

「開かないで」

それまで周囲で鳴いていた、名も知らぬ鳥たちが一斉に飛び立った。近くで鳴いていたカエルの声も止まった。そして、何よりも、自分の発した声の大きさに、夕子自身が驚いているようだった。

「家に帰るまでは、開かないで」

「わかった」

少しばかり、腑に落ちない気持ちを抱えながら、僕はズボンのポケットに、もらった手帳をねじ込み、家に帰るまでは絶対に見ないことを約束した。

「また会えるかしら」

「もちろん」

「じゃあ、気が向いたら、またここに来て」

夕子がそう言った瞬間、小さなつむじ風が僕らを包み込んだ。舞い上がる落ち葉を避けるために僕は一瞬、目を閉じた。

 次に目を開けたとき、そこに夕子の姿は無かった。今まで夕子の立っていた場所には、僕の膝くらいの高さの、名前の知らない草が生えているだけだった。夕子のいなくなった空間は、まるでぽっかりと穴が空いたような、静かで、つまらない場所に変化していた。僕は、しばらくの間、古墳の周りを探してみたが、一度消えてしまった夕子の気配を、取り戻すことはできなかった。


 約束は守った。

 家に帰るまで、夕子からもらった手帳は、ズボンのポケットから出ることは無かった。家に帰っても、僕はそれを机の上に置いたまま、しばらくの間、放って置いた。

 夕子という名前の生徒は、小学校のどの学年の名簿にも無かった。それは最初から予想していたことではあった。

 風と共に消えた少女。

 今思えば、あの時の全ての出来事が夢だったような気がする。

 でも。

 夢でない証拠が机の上にはあった。僕は放置していた黒い手帳を、その時初めて開いてみた。夕子に出会った日から、すでに二日の時が流れていた。


『お化け捜査官 浜 匠』

 一ページ目に、浜匠はま たくみという僕のフルネームが書いてあった。どうやら、いつの間にか、僕はお化け捜査官という肩書きを持つようになったらしい。

 二ページ目以降は最後まで真っ白だった。

 次の日曜日。

 古墳に行ってみた。日が暮れるまでそこにいたが、夕子は現れなかった。

 気の早い蛍が一匹。僕の目の前を流れて行った。

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