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お化け捜査官の詩  作者: 加賀山みやび
16/19

幽霊

 八月一日、午前三時。

 僕達三人は霧ヶ峰の山頂に立っていた。少し前まで吹いていた風が止み、突然、世界中から全ての音が消えた。そして、快晴の夜空には、無数の星たちが瞬いていた。


 これが本当の空。

 これが本当の星。

 僕が知っていた微かな星の光と、ここにある星の光は、全く違うものだった。

 力強いその光は、まるで、街の明かりのようだった。

 これが数百光年あるいは数千光年かなたから届いた光だなんて。

 一つ一つの光から感じられるのは、例えるならば、「余裕」だろうか。

 『これから先、何光年でも宇宙を旅してみせるよ』

 星々を代表して、北の空に輝く明るい星が言っているようだった。

 その横を、流れ星が一つ、東の方へ落ちていった。


 実際、夜空の暗闇部分と、星の光の部分を比較したら、どちらの方の面積が多いのだろうか。今までの僕なら、

「黒に決まってるじゃん」

と、即答しそうなものだが、今となってはそれも怪しくなって来た。

 僕は今まで、本当の夜空というものを見た事が無かった。いや、これすらも、本当の夜空だと、誰が言い切ることができるだろうか。

 もしかしたら、いや、おそらく必ず、これから先の未来に、さらに『本当の星空』を、見る日が来るだろう。そして、そういう積み重ねこそが、生きて行くということの意味だとしたら。なぜか、僕の脳裏には、港から出航する大きな船のイメージが浮かんだ。今、僕は好奇心をエネルギーにした船に乗り、大いなる未来へ出航しようとしていた。


 時々、夜空を切り裂いて星が流れた。その数は、僕の想像をはるかに超えていた。流れ星というのは、こんなにも頻繁に現れるものなのか。そして、中には、火球と呼ばれる巨大なものもあった。

「UFOだ!」

最初に火球が流れた瞬間、僕は真剣にそう思って叫んた。

「流れ星だ」

それを、聡が冷静に訂正した。

 気が付くと、僕の隣では、ゆきが静かに涙を流していた。それを見た時、ゆきの感動が、直接、僕の心に響いて来た。『本当の星空』は、僕にも、ゆきと同じくらい、あるいはそれ以上に感動を与えていた。でも、僕は溢れそうになる涙を懸命にこらえた。ゆきには、弱い自分を見せたくない。そんな気持ちが僕の心の中にはあった。一人だったら、おそらく涙を止めることはできなかっただろう。

 

 UFOは現れなかった。

 午前四時。日の出にはまだ早かったが、薄明は始まっていた。周囲を薄い霧が流れていた。この日初めての小鳥が、鳴きながら飛び立つ音が聞こえた。高原の冷気が僕の肌をさした。

 間もなく、日がのぼる。

 日の出の瞬間を見逃さないように、三人とも、東の山の端を、無言でじっと見つめた。山の陰から上空に向かって、日の光が放射線状に飛び散っていた。

 今まさに日の出をむかえようとしている。

 でも、実際には、なかなかその瞬間は訪れなかった。いつ、太陽が顔を出してもおかしくないという状態で、時は止まった。もしかしたら、永遠にこの空間に取り残されるのではないだろうかという不安が僕の頭をよぎった。


 やがて、時はまた動き始めた。

 丘の上に立つ一本の巨木。ちょうどその後ろから、夜明けの光が、まっすぐに僕の目を貫いていった。

「きれい」

ゆきの声が、少し震えていた。ゆきは、自分の中に突然現れた感動を、僕らに伝えたいと考えたに違いない。でも、どうしても、それをうまく言葉にすることができないようだった。

「きれい」

もう一度、そうつぶやくのが精一杯だった。でも、それで十分、ゆきの感動は僕らに伝わった。


 出てくるまでは、あんなに時間がかかった太陽も、一度きっかけを見つけると、急速にその速度を上げ、数分後には高原全体を照らし出していた。濃紺の空が今日も暑い一日になることを予告していた。

 そのときだ。

「君たちは、上野君と浜君かい」

後ろから声をかけられた僕の心臓は、またもや止まりかけた。「ヒッ」という、ゆきが息を飲む音が横から聞こえた。いつもは冷静な聡も、頭を手で抱えて、まるで何かからの攻撃を避けるような体勢をとった。

「すまんすまん、脅かす気は無かったんだ」

そう言って頭を掻いているのは、一人の老人だった。完璧な登山服を着て、本格的なリュックを背負っている。靴も年季こそ入っているものの、おそらくとても高価なものに違いない。仮に北アルプスで出会っても違和感のない装備だ。

「どうして、僕らの名前を知っているんですか」

聡が警戒心を解かずに尋ねた。

「ということは、上野君と浜君なんだね。やっと来たか。思ったより遅かったな。でも、そんなことはどうでもいい。この日が本当に来たんだ」

そう言った老人の目には、うっすらと涙が滲んでいた。

「おじいさんは、誰ですか」

まだ、警戒心を解かずに、聡が聞いた。

「私かい。私は」

十秒ほどの沈黙が走った。僕が飲み込んだつばが、ゴクリと音を立てた。


「幽霊だ」

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