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お化け捜査官の詩  作者: 加賀山みやび
15/19

キャンプ

 七月三十一日。

 電車とバスを乗り継いで、約四時間。昼の十二時を前にして、僕らは霧ヶ峰に到着した。ピークは過ぎていたが、ニッコウキスゲの花が、所々にその繁栄の余韻を残していた。なだらかな丘の向こうには山頂があり、草原の上を、その山頂に向かって駆け上がって行く風が見えた。

「ゆきのお父さんは何処にいるんだ?」

「あそこ」

ゆきが遠くの駐車場を指差した。グレーのライトバンが止まっていた。本当に別行動をとるつもりらしい。

 緩やかな斜面を少し上ると、眼下に、はるか遠くまで湿原が広がっているのが見えた。遊歩道の途中には、木でできたベンチがあった。とりあえず、僕らはそこに座り、家から持ってきたお弁当を食べた。

 快晴だった。時々、小さなちぎれ雲が、ものすごいスピードで流れて行く。遠くに見える入道雲は、もしかしたら夕方、一時的に雨を降らせるかもしれないが、天気予報によると、明日も良い天気になりそうだった。

 予想していたことではあったが、辺りはたくさんの観光客で溢れていた。やはり、家族連れが多いようだ。父親らしき男性達のほとんどは、リュックサックを背負い、高価そうなカメラと三脚を持っていた。その足元には、まだ小さな子供達が、小さなリュックサックを背負ってヨタヨタと歩いていた。

 一方で、キャンプ場は思ったより空いていた。

 数年前にブームとなって、大変な人気を博していたオートキャンプ場だが、そのブームが終わってからだいぶ経つ。今は、ペンションとか、もっと高級な、いわゆるグランピングが流行っているようだ。


 実を言うと、僕はキャンプというものをこれまでに一度も経験したことが無かった。テントを張ったこともないし、焚き火をしたこともない。当然、飯盒炊爨の経験などあるわけも無かった。

 初めてのキャンプ。

 僕の興奮は前日の夜から既に始まっており、昨日は簡単に眠りにつくことができなかった。しかし、このそわそわとした昂揚感は、実際にキャンプ場に来てみると、不安へと変わった。これから行う一連の作業、テントの組み立てとか、焚き火などに関して、僕は自分が全く戦力にならないことに気づいて愕然とした。


「匠。軍手しろよ。俺、お前の分も持ってきたから」

一方、聡の行動には余裕があった。聡の指示に従って動くと、あっという間にテントの設営は終了した。借りてきたスコップで手際よく穴を掘り、数本の鉄の棒を横に渡すと、焚き火による調理の準備も完了した。

 その間に、ゆきは夕食作りに取り掛かっていた。米をとぎ、野菜を切る。見事な手つきで、どんどんと下準備を済ませていった。

 聡とゆきの、可憐な連携プレーによって、夕食はあっと言う間に出来上がった。


 ちょうど夕食を食べ終わった頃、遠く、西側の山に太陽が沈んでいった。夏の夕暮れ。ゆらゆらと揺れる炎。いつもとは違う時の流れがここにはあった。太陽が沈んだ丘の向こうの空は、しばらくの間赤く染まっていたが、徐々に色を変え、今はほんの少しの青を残すだけになっていた。

 どこか遠い所から、名前のわからない鳥の鳴き声が聞こえてきた。辺りが急に静かになり、パチパチという焚き火の音が、突然、その存在感を増し始めた。

「UFO、出るかしら」

そう言えば、目的はUFOだった。僕は初めてのキャンプに夢中になって、そのことをすっかり忘れていた。

「朝、四時、霧ヶ峰の頂上」

聡が呟いた言葉は、何かの呪文のようだった。ここから、山頂までは、ゆっくり歩いても一時間はかからない。ルートも昼間のうちに確認済みだった。

「ゆきのお父さんはどうしてるんだろう」

僕がそう言うと、ゆきは楽しそうに笑って言った。

「あれ見て」

遠くに、ゆきのお父さんの姿が見えた。僕らに気を使って、なるべく遠い場所にテントを張ったようだった。いつの間にか、ゆきの妹とお母さんも合流して、夕食を食べている。

「向こうもカレーね」ゆきが言った。

僕らの夕食もカレーだった。聡はテキパキと火を起こし、ゆきが慣れた手つきで料理を作った。

「俺、なんか、役立たずだったな」

「気にするなよな。俺も初めての時は何もできなかったよ。でも、楽しかっただろ?」

「とっても」

「なら、いいじゃん」


 この話がきっかけになって、聡は、自分の父親のことを話し始めた。アウトドア派の父親で、聡は、物心がつく前から、一緒に登山をしたり、キャンプをしたりしていたらしい。

「日本にはもう登る山は無い、なんて、カッコつけてたっけなあ。本当に、キリマンジャロなんかも登ってたよ」

そう言った聡は、少し、寂しそうだった。

 その父親は、今はもういないのだと、聡は言っていた。父親に何があったのかは、聡は話そうとしなかった。僕も、ゆきも、敢えて聞こうとは思わなかった。


「父さんは、なぜか、古墳が好きみたいだった」

しばらくの沈黙をはさんで、今度は僕が父さんの話をした。と言っても、僕が覚えているのは、小さな頃に、古墳の近くでキツツキの巣を見たことくらいだった。聡もゆきもその話を興味深そうに聞いてくれた。

「匠のお父さんと、俺の父さんは同じ歳なんだよな」

「そうなるな」

「だとすると、俺の父さんと、匠のお父さんが友達だった可能性もあるよな」

可能性はあった。父さんは子供の頃、僕らの小学校の近くに来たことがある。父さんの地図には赤い丸が描いてあって、それは、あの古墳の場所だった。

「俺の父さんはさ、お化け捜査官は、子供の頃に流行った遊びだって言ってたんだ。だとすると・・・」

聡が言いたいことがわかった。ワクワクしていた。もしかしたら、僕の父さんと聡の父さんが、今の僕らと同じように、お化け捜査官を名乗っていたかもしれない。そんな想像は、僕を楽しい気分にさせた。

「ゆきのお父さんは若いよな」

「そうね。まだ三十代だから」

ゆきのお父さんも一緒にお化け捜査官をやっていたら面白かったのだが、どうやら、それは無さそうだった。

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