#6 宇宙からの脅威
「くっ……何だこれは!?」
スターは少なからず損失を負った自機を見て、歯軋りする。
その睨む先には、魔法塔華院別邸の庭に開いた穴がある。
先ほどの奇妙な熱線の出所である。
「何か分からないが……チャンスだ! 今ならあいつを仕留められる!」
「はっ……え、ええそうであってよね!」
「は、はいマリアナ様!」
「よし!!」
が、剣人のその言葉にマリアナたちははっと我に帰り。
改めて、ふらふらと飛ぶ人工魔法円盤に狙いを定める。
これで、止めを――
「hccps://cthulhu.frs……セレクト、クトゥルフの呼び声! エグゼキュート!」
「な!?」
「きゃあ!!!」
「く……今度は何ですの!?」
しかし、その時。
突如として何やらノイズが、マリアナたち凸凹飛行隊の脳内に響き渡り。
やがてその主と思われる人工魔法円盤が飛来した。
「これは人工魔法円盤クトゥルフ…… ターナ・ボリーとアイ・ボリーか!」
その様子を見ていたスターも気づく。
彼とは犬猿の仲のクトゥルフの騎士団団長である、二人の女性が乗る人工魔法円盤である。
「まあ助けに来てやったわ、スター。」
「スター。」
「……ふん、私は頼んでなどいない!」
「あんたなんか頼まれたって助けないけど。女教皇猊下のご命令だから。」
「だから。」
「な……分かった、ならば仕方ない……」
ボリーたちに食ってかかるスターだが、女教皇の名を出されるや一転し矛を収める。
「地上部隊も粗方壊滅したみたいね……ま、だからこう言うのも何だけど。全隊撤退よ! スター、あんたの円盤は曳航の必要あるかしら?」
「かしら?」
「ご心配に与り光栄だが……余計なお世話だ!」
「あっそ……さ、全隊撤退!」
尚も少し言い合いになりつつ。
ボリーたちとスターの円盤をはじめとする部隊は、撤退を始める。
「ああそうだ、地上部隊の残骸は……ま、そのままでいっか!」
「いっか!」
ボリーたちはふと地上を見やるが、別に疾しいことは何もないと撤退をそのまま進めた。
「く……奴らは!?」
「いないみたい……であってね!」
「マリアナ様!」
そうして妨害技が晴れた頃に、凸凹飛行隊が周囲を見渡した時には。
既にスターたちは、撤退した後だった。
◆◇
「な、何かうまくいったみたいね……よかった……」
この様子を窓から見ていた青夢は、緊張が解けその場にへたり込む。
仕組みは分からないながらも、自分も法騎戦艦に埋め込まれた法機ジャンヌダルクの力を使い皆を助けることができた。
その高揚感も、彼女の中にはあった。
「むにゃ……もう食べられない……」
「……ふふ、まったく。かぐやちゃん相変わらずね!」
自分が原因で屋敷が襲撃されたとは知らない様子で、かぐやはベッドの上ですやすやと寝息を立てていた。
◆◇
「どう、お気持ちは?」
「ええ、嬉しいわ……ありがとう、魔法塔華院マリアナ。」
魔法塔華院別邸での攻防戦から一週間ほど後。
青夢がマリアナに珍しく礼を言うという奇妙な状況。
その理由は、青夢の目の先にあった。
それは。
「龍魔王の宙飛ぶ三段法騎戦艦レッドドラゴン――法機ジャンヌダルク……」
自身の愛機でもあるジャンヌダルクが核となる法騎戦艦であった。
ここは魔法塔華院別邸地下にあるドックである。
法騎戦艦は攻防戦の際、安置されているここから主砲を発射したのである。
今それは修理用機械アームがずらりと艦体に沿って両舷に並び、守られるというよりは封印されているようにして安置されていた。
あたかも何事も、なかったかのように。
「……さあ、飛行隊長命令であってよ魔女木さん! ……あの時、この法騎戦艦にどう発砲させたのであって。」
「それは……だから言ってるでしょ! 私にも分かんないのよ。」
青夢は説明を求めて来たマリアナにそう言う他なかった。
あの時、聞き覚えはあるが誰だかは分からない声が彼女自身の脳内に響いて来たのだ。
――心配しなくても大丈夫よ……あなたに力を与えてあげる、この私が!
果たして、その声の主の弁にあった通り。
青夢はその瞬間だけ、法騎戦艦――ひいては、法機ジャンヌダルクを操ることができたのだった。
しかし、今は。
「hccps://jehannedarc.wac/! セレクト、ジャンヌダルク リブート エグゼキュート! ……ほら、今はこの通り。うんともすんとも言わないでしょ?」
青夢は術句を唱えるが、やはり法騎戦艦に反応はない。
「……まあ、満更嘘でもなさそうであってよね。ただ……例えまたこういった状況が訪れたとしても、勝手にジャンヌダルクの力を使うようなことは隊の秩序を乱す行いであり止めて欲しくってよ!」
「わ、分かったわよ……」
マリアナのその言葉に、青夢は自分が力を取り戻すことをマリアナが恐れているのではとの推測を抱きつつも。
結局は彼女の言葉に、従う形となった。
「(それにしても、本当に何故私のジャンヌダルクが呼べなくなったのかしら……まさか、魔法塔華院マリアナが……)」
しかし青夢の中には、疑念もあった。
それは既に、かぐやの一件以来抱いていた疑念。
マリアナが飛行隊長の座を青夢から掠め取るために、法機ジャンヌダルクを封印しているのではないかという疑念であった。
「(でも、法機ジャンヌダルクだけピンポイントに通信を断つなんて技術が魔法塔華院コンツェルンにあるとは思えないし……うーん、何なのかしら!)」
青夢はしかし、もやもやするばかりでそれを口にはできないのであった。
◆◇
「いかがですか? 首相。例の魔法塔華院別邸を襲撃したという円盤群の現場に残された残骸分析の結果も、あの魔女木博士や飯綱法親子に矢魔道技師の手により地球上のどの合金とも一致しなかったと出ています。」
「うむ……」
その頃日本政府首相官邸では。
書類を手に悩む首相の女性と、長机を挟んで向かい合う王冠とマントを着用した少女――あの女教皇とがいた。
「既に"エリヤ"の脅威はこの地球に迫りつつあるのです。これまではただのSFであったのみの宇宙人の襲来……しかし今や、現実なのです!」
「う、うむ……」
ご存じの通りあの襲撃はこの女教皇配下の魔法根源教騎士団によるものであり、勿論かぐやの身柄確保も目的の内だったが。
もう一つの目的として彼女たちによる、こうした自作自演の下世界各国政府に"エリヤ"なる者たちの脅威を喧伝する活動もあった。
その活動の目的は。
「分かった……我が国も導入せねばなるまいな。その"弾頭"も……その極超光量使速飛翔体とやらも!」
「……はい、よくぞご決断されました。」
今首相の弁にもあった、新兵器の売り込みである。
◆◇
「自衛隊が、あの得体の知れない兵器を導入するというのは本当ですか!?」
「ああ、そのようだ……」
自衛隊教官の巫術山の言葉に同隊二等空曹の力華、同じく術里は驚く。
「しかも……アメリカからその兵器を護送する業者を例の教団直々に指定して来たのだが。その業者というのが」
「え!?」
「な!?」
巫術山が次に発した言葉が、ただでさえ驚いていた力華たちは更に驚くこととなった。
それは――
◆◇
「お母様、失礼いたしますわ。」
「ええ、よく来ていただきましたわマリアナさん……いいえ、飛行隊長。遅ればせながら、就任への祝辞を述べさせていただきますわ!」
魔法塔華院コンツェルン本社ビル内の社長室にて。
マリアナは母たる社長の呼び出しを受け、今ここに入って来ていた。
「ありがたきお言葉ですわお母様……このマリアナ、これからもお母様のご期待に沿えるよう精進を重ねさせていただきます!」
「ええ、期待していますよ。」
未だドア前に立ちながら深々と頭を下げるマリアナに、社長たる母は微笑みかける。
「……さて、ではそんなあなたの精進を見させていただくためにも早速凸凹飛行隊に任務を与えます。」
「! はい……お受けいたしますわ、お母様。」
母のこの言葉に、マリアナは神妙な顔つきになり頭を上げ始める。
ならば、その任務は必ず成功させねば――
彼女の胸中にはそんな思いがあった。
「それはアメリカ・日本間を艦隊にて往復し、国がアメリカから新たに導入した兵器の輸送及び護衛をするという任務です。これはアメリカより我が魔法塔華院コンツェルンを直々にご指名いただいての任務ですから、くれぐれも失敗のないようにお願いしますわ!」
「はい、このマリアナ、凸凹飛行隊隊長の名にかけて!」
社長のこの言葉に、マリアナは背筋を伸ばし返事をする。
そう、アメリカにより直々に指名された護送の業者とは。
他ならぬ、この凸凹飛行隊のことであった――