#43 武器なき月面戦
「ああもう……覚悟してた以上にキツいわこれ!」
月面にて、尚もその一機一機が円盤状胴体下に伸びる触手たちのうち幾本かの先端からエネルギー弾を連射し追いかけて来る、多数の三脚空挺戦車群。
それに追われながらも青夢は、その乗機たる空飛ぶ駆竜魔実験機を駆り立てて尚も逃げる。
――どうしてもこれじゃなきゃダメなの? 秘匿回線があってゲートが開いている状態なら、法機ジャンヌダルクでもマリアでもいいじゃない!
――いいえ、それはダメ……法機で行ったらそれは私に戦意がないといくら言われても、いつでも攻撃できる手段を持って行くことになるわ……それじゃダメでしょ? 戦意がないことを示すためには、私がまず形でも示さないといけないの!
「……かなり後悔はしてるけど、本当にその通りなのよ真白に黒日! ここは戦場だけど、武力では何も変わらない!」
行く直前に真白や黒日に言われたことを思い出しながらも、青夢は尚も闘志を失っていなかった。
◆◇
「青夢、もう一度聞くわ……本当に行くの?」
「真白。……でも青夢、そうね。それだけは聞かせて。」
「真白、黒日……」
時は再び、戦いに入る前の三段法騎戦艦内この一コマ当時に遡る。
その格納庫内に駐機されていた、盟次の法機パンドラ尾翼の貨物運搬用円筒型パーツ内における、空飛ぶ駆竜魔実験機に乗り込もうとしていた青夢に真白と黒日はそう話しかけて来たのである。
「ごめんなさい、こんなの突然理解しろって方がやっぱり難しいわよね……でも、仕方ないの。これは私がやらないといけない!」
青夢はしかし、またも固い意志を表明する。
「……なんでいつもそうなの? またお得意の、全てを救うって奴?」
「前にも言ったよね? その全てに、あんたも入ってるのかって。」
「……そうね。」
しかし、この二人の言葉には青夢も言葉に詰まる。
――青夢……あんたは! 本っ当に水臭いんだから!
――そうだよ……あんたのの救う全てっていうのには、あんた自身は入っていないのか魔女木青夢!
以前この電賛魔法システムを終わらせた時真白と黒日に言われていたこと、それをここでまた言われる形になっていたからである。
「遊星民から何かビジョンみたいなの送られて来たことあったでしょ。あの時のビジョン……あれは」
「そうね……」
真白と黒日は言いながら、思い出していたこともあった。
この遊星民との戦争直前、米中及び根源教騎士団と凸凹飛行隊の戦いのさなか。
衛星軌道上に停泊していたアメリカの地下鉄空宙列車、そこより放たれた極超光量使速飛翔体が遊星民の月面基地に着弾した時のことだ。
その時月に布陣していた遊星民から、電賛魔法システムを介して発せられたと思われる何らかのビジョン。
それはいくつかあったが、その中でも月から地球へ、大量の光線が浴びせられ地球上が吹き飛ぶ有様を表すビジョンが今真白と黒日の頭の中に思い出されていたのだ。
それはすなわち遊星民にこの地球文明を星ごと滅ぼす企みがあるということではないかと、彼女たちは今日ここに至り考えが及んだのであった。
「怖くないの? あんた……死んじゃうかもしれないんだよ!?」
「真白、そこまで言わなくても……でも言われても仕方ないよ青夢! 本音を言えば私たちは……あんたに何としても行ってもらいたくない。本当、なんでいつもいつも一人だけで背負い込むの!?」
「……」
真白と黒日はもはや涙ながらに、青夢に訴える。
「……真白と黒日は、あのビジョンから読み取ったのは遊星民の人たちの敵意だった?」
「……え?」
しかし青夢は、そう答えた。
「ど、どういうこと?」
「それは間違ってないと思う。私も感じはしたよ、遊星民の人たちの敵意――でもそれは一方的なものじゃなくて、『お前たちは敵なのか?』っていうはかりかねてる感じも入ってた。」
「え……」
青夢の言葉に、真白と黒日は完全に訳が分からない様子である。
だが青夢は確信を持っていた。
彼らには間違いなく、地球人と同じような感性の部分もあるということを。
「そして恐らくだけど……遊星民の人たちが送って来たビジョンは、あれがあの人たちの"言葉"なんじゃないかなって。」
「え……こ、言葉?」
「そう……サタンさんは遊星民が技術的に火星と金星を征服しに来たって言ってたけど。あのビジョンが私たち――更に言えば、電賛魔法システムに向けて放たれたものだとしたら、遊星民はただ会話をするためにこの技術をもたらしたんだと思うの。」
「!? か、会話のため……?」
青夢のこの言葉は、彼女のもう一つの確信を表したものであり。
それにより真白と黒日はただ驚く。
会話のため?
ただそれだけのために、この電賛魔法システムをもたらしたというのか。
「私、だからそこに賭けてみたいのよ! まだ遊星民の人たちに対しては、交渉の余地がある。だから、そこに深く斬り込めば……」
「青夢……だけどそれでも危険には変わりないし! やっぱりあんたを行かせる訳には」
「どちらにしても! あのサタンさんたちバアル・ゼブブだって信用できないことは、あんたたちも薄々感じてるでしょ?」
「!? それは……」
あくまで話し合いに行くと言い張る青夢に対し、真白と黒日は止めるが、サタンのことを引き合いに出されて言葉に詰まる。
「……このまま戦いを続ければ、今はまだ遊星民の方にそこまでの意思はないとしてもいずれ私たちを――地球を滅ぼすと思うし。それにサタンさんたちも、地球を救うよりは遊星民の人たちを滅ぼす方が目的っぽいとあれば。もう、私が行くしかないでしょ!?」
「青夢……」
青夢はそこで更に畳みかける。
そう、何にせよサタンは全てを話してくれてはいない。
やはりその点においても、バアル・ゼブブとて全面的に信用できる訳ではないとなれば、自分が出て行くしかあるまい。
青夢は、それで覚悟を決められていたのだった。
「でも青夢……どうしてもこれじゃなきゃダメなの? 秘匿回線があって地球と月のゲートが開いている状態なら、電賛魔法システムが使える法機ジャンヌダルクでもマリアでもいいじゃない!」
「いいえ、それはダメ……法機で行ったらそれは私に戦意がないといくら言われても、いつでも攻撃できる手段を持って行くことになるわ……それじゃダメでしょ? 戦意がないことを示すためには、私がまず形でも示さないといけないの!」
「……ああ、ああもう! なんでよ……なんで……」
それでも尚、あくまでも親友の無事を願う真白と黒日だが。
こちらはあくまでも、自分の命を賭してでも遊星民と交渉を望む青夢であった。
「おい、早くしろ! 今こうして話す間にも、遊星民の奴らは攻めて来るかもしれないんだぞ!」
「ち、ちょっと飯綱法君」
が、そんな親友同士の時間はもう終わり待ったなしである。
「じゃあ、またね真白に黒日! この場にいない元女男の人たちや方幻術への説明よろしく!」
「……うん。」
「……行ってらっしゃい、青夢……」
こうして、未だ互いに説得し切ること叶わぬままに。
青夢は、法機パンドラにより最終防衛線へと陣取る地下鉄空宙列車内に格納されている極超光量使速飛翔体弾頭部に入るべく運ばれて行った。
◆◇
「くっ! 邪魔しないで……お願い、私に心を――あなたたちの電賛魔法の回線を開いて!」
かくして、現在の月面。
やはりクレーターだらけのそこを、尚空飛ぶ駆竜魔実験機で駆け抜けて行く青夢である。
はたから見れば、尚も敵三脚空挺戦車群に追われて勝機はなさそうである状況だが、彼女には遊星民のシステムに繋がれるかもしれないという勝算があった。
その勝算が当たるとするならば――
「!? これは……来たわ!」
果たして、その勝算を当てるべき時はすぐに訪れた。
それは今青夢の脳内に浮かんだ、あの上空ゲートを遊星民の円盤型宙飛ぶ魔法円盤が多数潜るというビジョン。
それは明らかに、今眼前に見える基地から発せられた"指令"。
青夢はそれを"傍受"した感覚もあった。
果たして、その通りというべきか円盤型宙飛ぶ魔法円盤部隊が次々と基地から飛び立ち始める。
いや、それだけではない。
「!? また"傍受"したわ……これは!?」
青夢が驚いたことに。
基地たる円筒型建造物群のうち、一つの円筒型建造物が引っこ抜かれるようにして上昇して行く。
それは上空に到達するや、艦体を横たえる。
先ほど飛び立った者たちは、その円筒型建造物を中心に弧を描きながら飛び回る。
円筒型・円盤型の宙飛ぶ魔法円盤が隊列を成しているのである。
「あの基地は、ビル一つ一つが宇宙艦なの……? 艦隊と円盤編隊がゲートに向かっているってことは、本格侵攻……? まずい!」
それは青夢には、もはや交渉の余地が急速に少なくなっているように見えた。
「まずいわ……いえ、でも! 私が"傍受"できたんですもの、逆に私から意思を投げかけることもできるはず! さあお願い遊星民の皆さん! どうか、私に答えて!」
焦りながらも青夢はしかし、最大レベルで叫ぶ。
声だけではない、全身全霊をかけて心で、魂で叫ぶ。
……しかし。
「……届かないの!? このままじゃ……!」
遊星民からは、何の音沙汰もなかった。
◆◇
「!? あれは……」
一方、地球周辺戦域では。
今も尚開き続け、多数の三脚空挺戦車群を送り込み続けている、遊星民の空間歪曲による渦のようなゲート。
そこから多数の円盤型の宙飛ぶ魔法円盤による編隊。
更に後続して、円筒型宙飛ぶ魔法円盤が現れた。
その艦首に当たると思しき穴の周囲から、幾本もの火線が放たれた。
――龍魔力愛三さん、お願いする!
「は、はい! hccps://sphinx.wac/、セレクト 王獣の守護 エグゼキュート!」
それに対してサタンに命じられた愛三が、座乗するギリシアンスフィンクス艦の主砲塔群よりエネルギー火線を多数放ち。
それらが収束して結界となり、その守りが顕現した。
それにより円筒型宙飛ぶ魔法円盤の砲撃は防がれる。
が、それに飽きたらず。
――まったく忌々しいよ遊星民……またも新手を!
サタンが歯軋りしたことに。
遊星民の空間歪曲による渦のようなゲートは、新たに幾つか開き。
そこからやはりというべきか、先ほどと同じく円盤型宙飛ぶ魔法円盤編隊が飛来し、後続して円筒型宙飛ぶ魔法円盤の艦首が顔を出し始める。
――これもやはり止むを得ないか……第四陣も攻撃開始! 叩けえ、新手の遊星民共を叩けえ!
「り、了解!!!」
サタンはそれを見てやや躊躇いつつも、指令を降す。
それにより、第四陣の王魔女生グループのヘロディアス艦隊、および龍魔力財団の量産されたスフィンクス艦による艦隊に自衛隊に配備されている法機滝夜叉の能力餓者髑髏により強化・宇宙仕様の改造を受けた、骸装ウィガール艦艦隊も。
その直掩に当たる各宙飛ぶ法機型円盤群も、動き出す。
「hccps://juno.wac/、セレクト ! 嫉妬監視 エグゼキュート! さあ見えました敵艦が、尹乃様! 華妖、亜魔導!」
「hccps://hekate.wac/WildHunt.fs?assault=true――セレクト、王神の槍 エグゼキュート!」
「hccps://perchta.wac/、セレクト 電霊統率 エグゼキュート!」
「hccps://jadwiga.wac/、セレクト 黒き十字架 エグゼキュート!」
王魔女生グループのヘロディアス艦隊と付随する宙飛ぶ法機型円盤群も、襲来する敵艦めがけて攻撃を多数放つ。
「…… ギリシアンスフィンクス艦ちゃん! 獅脚主砲に咆哮主砲旋回! 目標、遊星民さんたちのあの艦隊!」
「hccps://graiae.wac/pemphredo/edrn/fs/stheno.fs?eyes_booting=true――セレクト ブーティング "目"!」
「hccps://graiae.wac/deino、セレクト グライアイズアイ!」
「hccps://graiae.wac/enyo、セレクト グライアイズファング!」
「……セレクト、デパーチャー オブ 誘導柘榴弾 エグゼキュート!!!」
龍魔力財団のギリシアンスフィンクス艦と法機群からも攻撃が放たれる。
ギリシアンスフィンクス艦からは主砲塔群からの砲撃が放たれた。
また量産型スフィンクス艦から放たれたのは誘導柘榴弾である。
その広範囲に分裂する榴弾となり敵を殲滅する特性から、発した先が味方もいる戦域ならば巻き込む恐れがあったが。
"目"により照準された遊星民の宙飛ぶ魔法円盤の方向に一直線に飛んだ誘導柘榴弾は、その備わる多弾頭は分裂して多数の榴弾となり、限られた範囲のみを破壊していく。
「よーし……hccps://sphinx.wac/、セレクト 大いなる謎 エグゼキュート!」
「hccps://echidna.wac/! セレクト 、幻獣支配 エグゼキュート!」
「hccps://harpuia.wac/、セレクト 剥奪腐食 エグゼキュート!」
次に、スフィンクス艦や宙飛ぶ法機型円盤エキドナの波動を喰らった遊星民の円盤型宙飛ぶ魔法円盤は次々と離脱していく。
更に宙飛ぶ法機型円盤ハルピュイアの波動によっても、侵食されるようにして消滅していく。
「私たちも! hccps://amaterasu.wac/、セレクト 天岩戸 エグゼキュート!」
「hccps://takiyasya.wac/、セレクト! 髑髏剣 エグゼキュート!」
「hccps://izanami.wac/、セレクト 黄泉行軍 エグゼキュート!」
それに加えて、日本は自衛隊の骸装ウィガール艦艦隊や宙飛ぶ法機型円盤群からも攻撃が放たれていく。
「呪法院エレクトロニクス、突撃! 王魔女生や龍魔力に遅れを取ったままじゃいけないわ!」
「はい、レイテ様!!!」
「hccps://MorganLeFay.wac/、セレクト! 楽園への道! エグゼキュート!」
「hccps://idun.wac/、セレクト クルミ変化! hccps://idun.wac/GrimoreMark、セレクト 胡桃弾! エグゼキュート!」
「hccps://morgause.wac/、セレクト 叛逆騎士の母! エグゼキュート!」
「hccps://hesperides.wac/、セレクト 不和の林檎! エグゼキュート!」
これには負けじと、最終防衛線で控えていた呪法院の宙飛ぶ法機型円盤群からも攻撃が放たれ、やはり遊星民の円盤型宙飛ぶ魔法円盤は被弾・破壊されて行く。
第三陣以前の戦線でも、地球・バアルゼブブ連合軍側の善戦が続いている。
よし、このまま行けば勝利だ――
そんなムードが、地球・バアルゼブブ連合軍側には流れていたが。
「さあこれでどう!? ……!? くっ……きゃあ!」
「ぐっ!!!」
「きゃあ!!!」
「什么!?」
「뭣!?」
それは突如、遊星民側からこの連合軍側へと送られたと思しきビジョンにより掻き消される。
遊星民の通信はジャミングで弾かれているはずだが、そのビジョンは届いていたのだ。
そのビジョンは、連合軍の艦も機も完全に動きを止め。
遊星民の、眩い光を放つ円筒型・円盤型の宙飛ぶ魔法円盤が隊列をただただ眺めているというビジョン。
――なんだ……エリヤめ! わざわざワープで奇襲して来たのはこのためか……この後に及んで尚、何と生温いことを!
それを受けて激怒したのは、サタンだった。
◆◇
「!? このビジョンは……連合軍は動きを止めている……けど、破壊されてない!? ってことは……」
一方、再びの月面。
当然というべきか、青夢は先ほどのビジョンもまた"傍受"していた。
あの地球周辺戦域にいれば、見ようによっては攻撃の要である電賛魔法システムを妨害されたようにも見えるために絶望してもおかしくない状況だが、青夢は違った。
「私たちの艦隊や法機群を無力化するだけで済ませようとしてくれてる……? ならチャンスね! 今こそ訴えないと!」
青夢はむしろ意気揚々と、更に空飛ぶ駆竜魔実験機を加速して月面基地に肉薄していく。
尚も群がって来る三脚空挺戦車群は適当にあしらい、もはや迷うことなく本丸に迫る。
そう、青夢は先ほどのビジョンから遊星民が物理的な破壊によっては地球を滅ぼそうとしていないことを確信したのだ。
が、実は同様のことはサタンも確信していた。
それでも喜んだ青夢に対し、片やサタンは激怒した。
それは何故かと言えば――
――セレクト! 匣の穴! エグゼキュート!
「!? こ、この声はサタンさんの……え!?」
その時であった。
急に遊星民のものではない、電賛魔法システムからの通信を傍受したと思えば。
突如として月上空に法機パンドラによる時空の穴と同じ四角いゲートが開き、突然光が放たれる。
「!? あれは……まさか!?」
その放たれた光は、元の極超光量使速飛翔体としての弾体を再構築し、遊星民の基地たる円筒型建造物群に着弾した。
――……いけないよ、魔女木青夢さん。私の目を盗んで、勝手にこんなことをしては!
「サタンさん……くっ、バレてたのね! いえ、それだけじゃない……やっぱり遊星民と同じく、地球・月間のワープ技術も持ってたのね!」
――ふふ……ははは! ああ、遊星民共よ油断召されたなあ! まだ地球人諸君を籠絡で済ませようなどと本当に生温い……その隙、突かないわけには行かないじゃあないか!
「サタンさん、やっぱりあなたは遊星民の人たちを滅ぼしたくて!」
サタンの笑い声に、青夢は歯軋りする。
そう、サタンにとっては遊星民が所謂"殺る気"でないと困るのだ。
なぜなら報復という口実で、彼らを滅ぼせなくなってしまうのだから――




