#4 空と宙の魔女
「どう、美味しい?」
「は、はい! あ、ありがとうございます……」
埼玉県懐沢市。
かねてよりの、魔法塔華院コンツェルン企業城下町に立つビル内カフェにて。
青夢が奢るマフィンを頬張りながら、件の少女は満面の笑みを浮かべている。
「うん、よく食べるね!」
「なんか、青夢にそっくりかも。」
「え〜、そうかな?」
同席している真白や黒日も、笑みを浮かべている。
と、その時。
「ん!? い、今飛んでたのって……法機!?」
青夢は今しがた、付近の上空を横切ったものを見て目を見張る。
それは紛れもなく、法機であった。
「ああ……そうだね、確かに今まで電賛魔法は世に広まってなかったもんね。」
「でも最近はまた広まり始めてて……今や、電賛魔法が復活したことは公然の秘密って感じかな?」
「公然の秘密、ね……」
真白と黒日の言葉に、青夢は空を見上げる。
見れば法機は、空を行き交っており。
もはや公然の秘密ではなく、ただの公然であった。
立ち並ぶビルに、空を飛ぶ乗り物の往来。
これぞ、昔の時代にはよくあった未来予想図そのものである。
「さて……えっと、確か」
「は、はじめまして……か、かぐやと申します!」
少女――かぐやは、緊張しながら名乗る。
これは彼女自身が元から持っていた名ではない、青夢がつけた名前である。
かぐやは記憶を失っており、名前だけはないと不便ということで青夢は名付けたのである。
「よし、腹ごしらえ済ませたなら……次はどこ行こっか!」
「ちょっと青夢、かぐやちゃんまだ食べ終わってないよ?」
「もう、慌てん坊なんだから!」
「あ、そうねあははは!」
青夢たちは鈴を転がしたように笑い合う。
◆◇
「まったく、あんな呑気に……マリアナ様、あいつらまるで危機感ないですよ!」
「ええ、そうであってね……」
「ていうか……俺たちも何をしてるんだ?」
そんな様子をサングラスなどで変装し陰から見つめているのは。
マリアナに法使夏、剣人である。
「ミスター方幻術、分からなくって? あの娘さんを魔女木さんには確かに任せましてよ、でも彼女や魔導香さんたちに任せたのでは信用できないからこうして見守らざるを得なくってよ!」
「あ、ああ……いや、そういうことではなく。」
マリアナの言葉に剣人は、更に補足する。
「あの空飛ぶ円盤から出て来たからとはいえ、あの娘はただの人間なのだろう? 一体何をそこまで警戒する必要があるのかと思ってな。」
「方幻術! マリアナ様の命令に疑問を持つなんて」
「まあそうでしょうね、ミスター方幻術! 確かにあなたのお考えも一理はあってよ。」
「! マリアナ様……」
剣人の疑問に法使夏は目くじらを立てるが、マリアナは否定せず。
むしろ補足をし出す。
かぐやは、医療検査により紛れもない人間であると判明している。
空飛ぶ円盤から出て来たとはいえ、そんなただの人間に何を危険に思うところがあるのか。
「あの娘さんは……何やら得体の知れないものを感じましてよ。早めにその化けの皮を剥がなくては……」
「マリアナ様……」
「ううむ……」
マリアナのその言葉に、剣人は今ひとつ納得しないまま頷く。
あくまでそれはお前の勘だろう、との言葉は喉に引っかかりながらも口には出せずにいる。
「ま、マリアナ様! 魔女木たちはかぐやを連れてまた移動しました!」
「よろしくってよ……さあ、引き続き追わなければ!」
「はい、マリアナ様!」
「ううむ……」
マリアナと法使夏はまだ追及を止めない姿勢でおり、剣人も結局はついて行かざるを得なかった。
◆◇
「あー、今日楽しかった! かぐやちゃんはどう?」
「は、はい! 楽しかったです。」
「よかったね、青夢!!」
縦浜の町に帰って来ると、海に面したその港から見える水平線には夕日が沈もうとしていた。
と、その時。
「……ん?」
「ん、どうしたの青夢?」
一瞬ではあったが、水平線上に何やら見慣れぬ影が見えた気がしたのだ。
が、所詮は気のせいだと気にも止めなかった。
「ま、マリアナ様……中々あのかぐやって娘、本性現しませんね……」
「ま、まだ早くってよ雷魔さん……こ、これから」
「はあ……もうお前ら、いい加減にした方がいいんじゃないか? あの魔女木が引き入れたんだぞ、そんなに無闇に疑らなくていいだろう!」
物陰から、尚もかぐやの正体を暴こうと彼女を注視するマリアナと法使夏だが。
剣人は呆れていた。
「む……方幻術! あんた」
「よくってよと申していてよ、雷魔さん! まあ本当によくってよ……わたくしの勘が告げていましてよ、今に何か起こると!」
相変わらず、法使夏を宥めつつマリアナは思索を巡らしていた。
◆◇
「まあ、狭くて汚いけど我慢してねかぐやちゃん!」
「あら魔女木さん……誰の家についておっしゃっているのかしら?」
「そうよ、魔女木!」
その夜、魔法塔華院別邸にて。
かぐやの寝室で青夢は、そう声をかけていた。
「あら、ここは凸凹飛行隊も使っている屋敷だから私たちのものでしょ? だから、別に私が物申したって!」
「ま、魔女木あんた!」
マリアナに対し青夢はそう言い返す。
「よくってよ雷魔さん! ……でも魔女木さん、忘れないでほしくってよ! 今の飛行隊長はわたくし。凸凹飛行隊のことならば尚更あなたが言うことではないということを!」
「……ええ、分かっているわよ……」
しかしマリアナのこの言葉には、青夢は口を噤む。
既に飛行隊長を降りた身なのだ、確かにとやかく言う義理はないのかもしれないと。
「ふん、分かっているなら最初からやってほしくってよ……行きましょう、雷魔さん!」
「はい、マリアナ様!」
マリアナと法使夏は青夢のこの反応で満足したのか、早々に部屋を出て行った。
◆◇
「起きなさい、魔女木!」
「ん……? ……ら、雷魔法使夏!?」
「私もいましてよ。」
「ま、魔法塔華院マリアナも! な、何があったの?」
その夜のこと。
青夢は自室でかぐやと共に寝ていた所を、マリアナと法使夏に叩き起こされた。
「……外を見れば、分かりましてよ。」
「外? ……ん!? あ、あれは」
マリアナの言葉に青夢が、カーテンを少し捲り外を見れば。
「騎士団長、包囲完了いたしました!」
「ああ、よくやった……さあ、総員戦闘体制に入れ!」
何やら三足の触手で歩行する謎の兵器を擁する一団に、魔法塔華院別邸は囲まれていたのだった。
◆◇
「お呼びでしょうか、猊下!」
「ええ、よく来てくれたわ。」
ある日、ダークウェブの最深部にて。
女教皇に召集された、彼女の配下たる魔法根源教騎士団の四騎士団長たちはその前に跪く。
「……先日、魔法塔華院コンツェルン――凸凹飛行隊とやらに鹵獲された空飛ぶ円盤。そこに乗せられていた少女がいたとのことよ。」
「!? な、何と……」
女教皇のその言葉に、騎士団長たちは騒めく。
「よもや"エリヤ"と無関係ということはないでしょうね……そこで、あなた方に命令です。その少女を捕らえ、私の前に召し出しなさい!」
「……はっ、女教皇猊下!!!!」
女教皇による改めての命令に、騎士団長たちは再び居住まいを正し跪く。
◆◇
「さあ……開戦だ! このハスターの騎士、ストレングス・スター。女教皇様より直々に命をいただきここに馳せ参じている。さあ、かぐやとかいう娘を確保だ!」
「はっ!」
四騎士団長の一人である屈強な青年・ストレングス・ハスターは座乗する宙飛ぶ人工魔法円盤から部下たちに司令を下す。
その部下たちは今、魔法塔華院別邸を取り囲む触手三脚を円盤型胴体から生やし自重の支えとする地上戦力・三脚空挺戦車に乗っている。
「しかしマリアナ様……あいつらは一体」
「あの姿……まるで小説の『宇宙戦争』に出て来る火星人の兵器のようであってね。」
この様子を屋敷の中から見たマリアナは、そう言う。
「『宇宙戦争』に出て来る火星人の兵器……と、この"かぐやちゃん"が乗っていたというあのUFO……まさか。」
青夢はマリアナのその話を聞きながら、外の様子と今も尚ベッドで眠るかぐやを見比べて考えていた。
これは、まさか――
「本当に、宇宙人の襲来とか?」
「な、何言ってんのよ魔女木! あんた、宇宙人なんてものが本当にあるとでも」
「ええ、まったくであってよ魔女木さん! ……さて。あの方々が何だとしても、私たちはこの状況をどう打破するかが喫緊の課題であってよ!」
「ま、まあそうね……」
青夢は自分でも荒唐無稽だと思って口に出した仮説をマリアナと法使夏に否定され、むしろほっとする。
そう、今回は目の前にいる連中の素性が何であれ。
ここで優先すべきは、状況の打破である。
「むにゃ……もう食べられない……」
「!? か、かぐやちゃん……」
が、そんな時にも。
かぐやはスヤスヤと、寝息をベッドの上で立てていた。
「……まったく、こんな時にもいくら揺すってあげても起きないとは大したものですわ。」
「ま、まったくですマリアナ様!」
マリアナと法使夏も、これには呆れ顔である。
と、その時である。
ドーン!
「!? な、何!? 屋敷を取り囲む敵の攻撃!?」
「いいえ、この音の方向からしてむしろその敵さんたちの方が攻撃されたようであってよ……ということは、いよいよですわ!」
「え? い、いよいよ?」
突如聞こえてきた轟音に、マリアナが外を見れば。
「待たせた!」
「青夢、かぐやちゃん!! 助けに来たよ!!」
果たしてマリアナの推察通り。
三脚空挺戦車の包囲網に一撃を加え、彼らを掻き分けるようにして進撃してきたのは。
剣人に真白・黒日の乗った、何やらキャタピラや装甲を備えた戦車のようなもの。
「き、騎士団長! 何やら未確認の物体が三体」
「くっ、地上包囲網を破壊したか……魔法塔華院の手の内の者だろう、迎撃だ!」
「は、ははあ!」
これにはスターたちも動揺しつつ、地上の自軍へと指令を下す。
が。
「やっと来てくれてね……水陸両用戦車のお出ましであってよ! さあ!」
「よし…… hccps://crowley.wac/!」
「hccps://diana.wac/!」
「hccps://aradia.wac/!」
「サーチ! コントローリング 空飛ぶ法機! セレクト デパーチャー オブ 空飛ぶ法機、エグゼキュート!」
「な……ほ、法機が!?」
剣人や真白・黒日の乗って来た戦車――マリアナ曰く、水陸両用戦車は車体上部をどんでん返しのように反転させ。
各個にそこに載せた法機を露出させるや、法機はそこから飛びだす。
「くっ……何故だ! 縦浜周辺海域には法母の類いはなかった筈だろう!」
スターは顔を顰めつつそう言う。
そう、魔法塔華院側にはここに戦力を送り込む手段がない筈なのである。
それが何故――
「強襲揚陸艦……こんなこともあろうかと、貨物船に偽装して縦浜周辺海域に停泊させておいて正解であってよ!」
「え? ウィっ……ちなんちゃら?」
敵であるスターのそんな疑問がテレパシーとして通じた訳でもあるまいが、マリアナは先程の水陸両用戦車がどう送り込まれたかの説明を青夢たちにしていた。
強襲揚陸艦。
水陸両用戦車を送り込むための母艦である。
見た目は非常に法母に似ているため、敵勢力が来た時には法機の発進を察知され易い故にマリアナの弁にあった通り貨物船の振りをして縦浜周辺海域を周回させていたのである。
そこから発進した水陸両用戦車は、読んで分かる通り水陸両用であり。
潜水もできるその性能を活かして、法機を内部に搭載し縦浜市街地内をも走る水路内を密かに移動し敵に奇襲を仕掛けることにも成功したのだ。
「き、騎士団長」
「ええい、たかが法機三機程度が何だ! 下がれ、あの法機クロウリーとやらはこの俺の宙飛ぶ人工魔法円盤ハスターが相手してやる!」
この有様に動揺する部下たちをまとめるためにも。
スターは自ら、動くことにしたのであった。