#37 エリヤとバアル・ゼブブ
「な、何……今のは……?」
突如として今衛星軌道上に停泊しているアメリカの地下鉄空宙列車より放たれた光。
それは一瞬で月の裏側まで到達し、地球からも見えるほどに大きな爆発を起こしていた。
それには先ほどまで、青夢の黒客魔レッドドラゴンが放った光に目を奪われて戦闘を中断していた、各戦域の法機群と円盤群の乗り手たちもまた新たに目を奪われ。
更にその青夢や彼女の交戦相手たる女教皇もまた、月の爆発に目を奪われて戦闘が中断となる。
が、その時だった。
「うっ!?」
「こ、これは……な、何のビジョンですの? あ、頭の中に」
「は、はいマリアナ様!」
「何だ……」
突如として凸凹飛行隊の面々の脳内に浮かんできたのは。
月から地球へ、大量の光線が浴びせられ地球上が吹き飛ぶ有様。
その次に浮かんだのは。
月から何かが自分たちが離れていく光景。
それはどんどん地球どころか太陽系からすら遠くなっていく光景であった。
更にその次には。
地球から月へ、ミサイルや光線が撃たれて行く光景である。
放たれたそれらは何やら、月の裏側へと回り込むや。
そこにある、円筒型の建造物が林立する区域へと――
――……おっと! いけないな遊星民の者共……地球の皆さんにその仕打ちは!
「……え? ゆ、遊星民……?」
と、その時。
急に別のビジョン――いや、これは何かの言葉だ――が凸凹飛行隊面々の脳内に流れ込み、彼女たちはふと我に返る。
「な、何ですの今のは……?」
「ま、マリアナ様……」
「な、何なんだ……」
――今、あなた方の脳内に干渉して来ましたのは私共と……あなた方の宿敵です。
「!? え……? これって……別の"誰か"が?」
我に返りながらも戸惑う凸凹飛行隊の面々であったが。
これは先ほど干渉してきた存在の次に、また別の"何か"が脳内に干渉し。
先ほどまでの干渉が、はたと止んだのだと青夢は気づいた。
「What……?」
「什么……?」
「こ、これは……」
「な、何だ今のは……」
「何なの!?」
「何なの!?」
「これは何だ……」
「つくづく……聞いていないですよ、猊下!」
いや、凸凹飛行隊の面々のみならず。
先ほどまで中国やアメリカの面々も、果ては根源教騎士団長たちも同じ異変を感じていた。
「……!? あ、あなたは……? 今、私たちの脳内に干渉して来るあなたは一体……?」
青夢も大いに動揺しながらも、逆に脳内に響く声の主に問いかける。
――ああ、名乗り遅れて申し訳ない……私たちはバアル・ゼブブ! 先ほど月の裏側から意思を送って来た存在であるエリヤ遊星民、それに敵対する対エリヤ諸星同盟の名である!
「え、エリヤ遊星民……? た、対エリヤ諸星同盟……バアル・ゼブブ……?」
果たして、青夢の呼びかけに応えてか再びビジョンではなく、言語による声がこの宙域に留まる者全ての脳内へと響く。
エリヤやバアル・ゼブブ。
その言葉に耳馴染みがない青夢や凸凹飛行隊の面々であるが。
「w、What!?」
「是……エリヤ!?」
「な……バアル・ゼブブとはそんな!?」
「う、嘘……」
「嘘……」
「そんな……」
「ますます聞いていませんよ猊下……」
アメリカや中国、更に根源教騎士団の面々には覚えがあった。
バアル・ゼブブとは、根源教騎士団における同教の御神体であり。
そしてエリヤとは、これは米中や騎士団長たちが女教皇から聞かされていた話によれば、宇宙から地球を狙い攻め寄せるという宇宙人たちのはずだったが。
「ば、バアル・ゼブブ様……それは何なのですか……そして、何故……急にあの極超光量使速飛翔体を発射なさったのですか……?」
その女教皇自身も、バアル・ゼブブからは必要最低限しか聞かされておらず。
また、分からなくなっていた。
今まで自身が信じ、その自身を導いてくれていた存在であるバアル・ゼブブの心の中も――
――……ああ、そう言えばそうだなあ女教皇。まだまだ話せていないこともあるんだよ、猊下? それに……周りの円盤群の諸君?
「!? え……?」
そんな女教皇の様子を見て、バアル・ゼブブは彼女やその部下たちに話を振るが。
円盤群の諸君――実際には根源教騎士団の騎士たちだが、表向きには宇宙人を装っている――にも話が振られたことで、青夢たち根源教の部外者たちは身構える。
その"円盤群の諸君"たる根源教騎士団長たちも、困惑している。
「ど、どういうことであって? この円盤群の方々は宇宙人の方々では」
マリアナは、当然とも言える疑問を口にするが。
――ああ、彼らに対しても心配することもない……彼らは魔法根源教が保有する実行部隊、根源教騎士団の円盤たちなのだからな!
「え!?」
「な……何ですって!?」
「何だと!?」
「そんな……」
ついに、と言うべきか。
バアル・ゼブブは根源教騎士団円盤群の正体を明かし、青夢たちをはじめ凸凹飛行隊も米中の面々も、更には根源教騎士団長に女教皇も。
この場――地球周辺宙域にいる全員が困惑している。
「な……ば、バアル・ゼブブ様!?」
「な、何で私たちの正体を!?」
「正体を!?」
「あ、明かしたのですか!」
「……まったく。」
――……時は来たからだよ、地球の諸君。今こそ我々が立ち上がらねばならないんだ、今諸君にビジョンを投げかけて来たあの月の裏側にいるエリヤ遊星民と戦いこれを滅ぼすために……
「! エリヤを……滅ぼす、ために?」
問いかけてきた根源教騎士団長たちに直接ではなく、あくまで皆――今時点で地球周辺宙域を戦域としている、この星のあらゆる勢力に対しての形でバアル・ゼブブは答えたのだった。
◆◇
「……来ましてよ。」
「ええ、そうね……」
「ま、マリアナ様……」
「バアル・ゼブブ様のご到着か……」
「で、でもあの人たち」
「大丈夫な人たちなの……?」
第二電使の玉座の屋上に当たる部分に、青夢も含む凸凹飛行隊の面々は(当然宇宙装備着用の上で)佇んでいた。
各法機や黒客魔は、この第二電使の玉座のドッキングポイントや三段法騎戦艦ゴグマゴグに係留または格納している。
この第二電使の玉座に元はあり、今は三段法騎戦艦ゴグマゴグに融合しているVIたち。
彼らを巡る戦いは、当然だが休戦となった。
そうして彼女たちが今出迎えようとしている客は、今しがた剣人の弁にあった通りバアル・ゼブブ。
更に厳密に言えば。
「ええ、来たわバアル・ゼブブさん――いえ、法騎ヨハンナ!」
青夢の今の宣言通り、宙飛ぶ法騎型円盤ヨハンナ。
それが今、この第二電使の玉座の屋上部分に着陸しようとしているのだ。
――……ああ、お出迎えありがとう凸凹飛行隊の諸君。
瞬く間に着陸した法騎型円盤ヨハンナからは。
「あ……あなた!」
青夢が驚くべき姿で、そのバアル・ゼブブが出て来た。
◆◇
――何でしょうかねえ、これは? 煙を上げていますね……
地上から上がる火柱と煙。
それに対するコメントをしているのは何やら聞き覚えのある男性の声。
今見える光景は、その男性の視点から見えるものである。
しかし、その声の主を何故だか思い出せない。
――!? な、何ですかあれは!
と、その時。
男性は、更に声を上げた。
何故なら、その地上から上がっている火柱と煙の中から。
鈍い光を放ちながら、"何か"が出て来たからである。
その"何か"の身体から放たれている、光の粒は。
次々と出ては、消えていく――
いつぞやの、青夢が夢に見た光景。
そして今、法騎型円盤ヨハンナから出て来たバアル・ゼブブの姿は。
鈍い光を放ち、及びそこから無数の光の粒が次々と出ては、消えていく、何やら翼が生えた光の人型。
青夢が夢で見た光景そのものであった。
その夢は、その夢の中で声を上げている男性の視点で見ていたものだが、先述の通りその男性の声は聞き覚えがあったものの誰か思い出せなかった。
だが。
「あなたは……かつてあのソロモン王と会われていた?」
「!? え……?」
そう、ソロモンである。
夢の中で聞いたその声の主はソロモンだと、青夢は今気づいていた。
――ほう、あのソロモン君を知っているのか? いや、当然か……さすがはこの星の魔法の根源に接続し、我々を目覚めさせただけのことはあるねえレッドドラゴン陛下?
「!? な……」
「め、目覚めさせた!? あの魔法の根源に、この魔女木青夢が接続したことで……?」
「え!?」
相変わらずではあるが、電賛魔法システムを介して伝わったバアル・ゼブブのその言葉は、出迎えたばかりの凸凹飛行隊を更に混乱させた。
バアル・ゼブブが目覚めたのは、あの電賛魔法を終わらせた青夢の行いが原因らしいという言葉である。
「……そして、まああなたもここに来るしかなくってよね。仕方ないとはいえ……よくもまあ、のこのこと来られてよね。どのお顔でわたくしたちに会わせようとなさって、かぐやさん?」
「……ふん。」
「かぐやちゃん……」
そして、マリアナがそんなバアル・ゼブブに続けて声をかけたのは。
彼と同じく法騎型円盤ヨハンナから降りて来た、かぐや――女教皇である。
◆◇
「……改めまして。当惑星、地球における営利団体――企業といいますが、その一つである魔法塔華院コンツェルン民間軍事部門凸凹飛行隊、隊長を勤めております。魔法塔華院マリアナと申します。……そしてこちら、わたくし以下その凸凹飛行隊の隊員たちですわ。」
「は、はじめまして!」
そうして、第二電使の玉座内の個室にて。
バアル・ゼブブと凸凹飛行隊の面々は、同じテーブルについていた。
女教皇には、別室で待機してもらっている。
マリアナの一見するとこのくどいような説明は、宇宙人である彼にもこの概念が通じるかを確かめつつ言葉を紡いでいるためである。
――ああ、よろしく。……こちらこそ改めて。対エリヤ諸星同盟バアル・ゼブブ、それが我々だ。エリヤに滅ぼされた惑星chbvAnmmNnnaIsy(ヒバンネシー、金星)とmvmAhhhIhaaOsy(ムーマーヒョーシー、火星)の同盟になる。
幸いというべきか、バアル・ゼブブは特に理解に不自由はないようである。
「惑星chbvAnmmNnnaIsy(ヒバンネシー、金星)とmvmAhhhIhaaOsy(ムーマーヒョーシー、火星)……私たちにとっての金星、火星ですか……」
バアル・ゼブブの言葉に、青夢は感じ入る。
すなわち。
「あなた……いえ、同盟というならばあなた方は。金星人、火星人ということですの?」
――ああ、その通り。……そして詳しく説明できていなかったが。バアル・ゼブブというのは同盟の名であり、私はその盟主を務めているサタンという者だ。
「さ、サタン!?」
今しがたバアル・ゼブブ――いや、サタンが言った言葉は、凸凹飛行隊を困惑させる。
サタン――それは青夢が駆っていた黒客魔レッドドラゴンの元となる伝承の赤い龍の真の姿とも呼ばれる、地獄に堕とされた悪魔たちの王でもある。
「……あなたは、いえあなた方は恐らく、私たちのこの星にある伝承に出て来る神や悪魔の元となった存在でしょう。」
青夢は少し恐る恐るではあるが、サタンにそう言う。
――ああ、そうらしいな……神でもあり悪魔でもあるか、まあその当時の地球人たちにはそう見えたのだろう。
「その当時……あのソロモン王にお会いした時ですね?」
――ああ、そうさ。我々は君たちからすれば、寿命が長い種族ということになるかな?
「あ、はいまあ……」
「え、ええそう言えば……」
青夢とマリアナはサタンのその言葉に、少しハッとしながら答える。
そうだ、ソロモン王は幾千年も前の人物。
彼と直接会い現代まで生きているのは、かなり寿命が長い者ということになる。
――私たちは戦う上で肉体が邪魔になると思い、自身をシステムの一部――君たちの言葉ではVIと呼べるものに変えた。
「ぶ、VIに!? そうでしたか……」
青夢たちはまた驚いたが、今サタンが取っている光の人型――一種のホログラムのようにも見える――を見てすぐに合点した。
更に、それならば寿命が長いということにも。
「……では対エリヤ諸星同盟バアル・ゼブブのご盟主、サタン様。まだわたくしたちも詳しく話を飲み込めていませんわ、よってこちらも戦争ということであなた方にご協力願いたいのですがその前に」
――ああ、慌しくてすまない……では、できる限り手短に説明しよう。まずは遊星民について。
「遊星民……あなたが先ほど教えてくれた、エリヤという人たちのことですね?」
――ああ、その通り。彼らは突如として、この太陽系に数千年前にやって来た。それが宇宙の果てかはたまたそこまで遠くからでもないのか……いずれにしても、その故地は分からない。
いずれにせよ彼らはこの太陽系にやって来るや。
地球より一足早く知的生命体の文明が発達していた火星と金星に、自分たちの技術である光量使――地球人が魔法と呼ぶ技術の根源だ――を持ち込み両星の文明を更に加速度的に発達させた。
だが、それは両文明を技術面から征服しようとしてのことだった。
――そして我々火星・金星の民らは当然征服を拒否したが、すると彼ら遊星民は武力により両文明を瞬く間に滅ぼしてしまった。そうして生き残った両文明は、対エリヤ諸星同盟を結成した。我々は、復讐を決意したのだ……!
だが戦力差は大きく、結果として彼らは敗北し地球にその乗機たる円盤群は不時着。
その際に地球人たちに魔法の技術をもたらしたが、残念ながらその時は惑星を席巻する技術革新にならなかったため、永いこと眠りについていた。
――エリヤにはそれでも、尚衰えぬ憎しみを持ったまま眠りについていたが。魔女木青夢君、君がこの電賛魔法の根源に接続したことで目覚めることができた。
「はい、私の……」
「なるほど。しかし……なぜ遊星民の方々は、地球で眠りにつかれたあなた方を追撃なさらなかったのか――より踏み込んだ言い方をするならば、何故わたくしたち地球人を滅ぼさなかったのですか?」
「! そういえば、そうね……」
サタンの言葉に青夢が項垂れつつも、マリアナはそう尋ねた。
確かに、少しおかしな話ではある。
――ああ、まあ奴らの真意は私たちにも分からないが……恐らくは、まだ文明が未発達だった地球を征服するのは実が熟す前に刈るようなものと思ったのだろう。
「なるほど……」
サタンの返答に、凸凹飛行隊の面々はやや引っかかるものを感じるがここでは追及しないことにした。
さておき。
「それで……恐縮ですが。今回、その遊星民の皆さんが攻めて来ようとしているというお話だったかと。それはあの月の裏側への攻撃が原因かと存じますが……その、月の裏側への攻撃はなぜされたのでしょうか?」
――ああ……そうだね。本題はそれだな。
マリアナは、しかしそちらを追及する。
今のところサタンやバアル・ゼブブの面々、並びに女教皇のみぞ知ることだが。
原因となったその攻撃は、他ならぬこのサタンがシステムに干渉し、地下鉄空宙列車に命じ極超光量使速飛翔体を発射させたことによるものだったが。
――まああれは、アメリカ?とかいう連中が勝手にやったことであろうが……それがなくとも。宇宙で戦闘が繰り広げられたことにより、月の裏側に潜んでいた"遊星民"たちが反応したということさ。これはすぐに、本当の宇宙戦争になるかと。
「やっぱり……そうなんですね。」
「そうですか……」
「ま、マリアナ様!」
「宇宙、戦争か……」
「そんな……」
「わ、私たちがあの遊星民――う、宇宙人と?」
そんなことをサタンがわざわざ語るはずもなく。
彼のその言葉に、凸凹飛行隊はざわつく。
どちらにせよ、既に賽は投げられている。
かくして、地球とバアル・ゼブブの連合とエリヤ遊星民による、地球史上初の宇宙生命体との戦争は始まろうとしていたのだった――




