#35 魔女裁判
「何あれ……? "バアル・ゼブブ"……?」
突如現れた円盤。
それはこの法騎ヨハンナと、三段法騎戦艦ゴグマゴグ、二つの影の睨み合いの終わりを告げるものであった。
それは円盤にあって、宙飛ぶ"人工魔法円盤"にあらず。
根源教が御神体として崇めていた、宙飛ぶ"魔法円盤"である。
見た目は完全なる円盤である。
と、その時であった。
「あ……何か円盤が開いたよ!」
「姐様、あれは」
「まさか……」
様子を三段法騎戦艦ゴグマゴグから見ていた青夢やメアリー、ミリアが驚いたことに。
その円盤が、法機一機が接続できるスペースを空けた。
それはさながらあの"魔女の黒猫"が機首を引っ込め、その機首に占められていた部分がそっくり法機一機が接続できるスペースに空けられた円盤型の法機着脱式パーツ、着脱式魔法円盤を思わせる。
その円盤は"魔女の黒猫"よろしく法機の機首はないものの、その違いを除けばやはり同じような大きさのスペースが空けられた。
「さあ……行きましょう、"バアル・ゼブブ"様!」
「な……法騎が!」
女教皇が唱えるや、その円盤の空いたスペースに、法騎ヨハンナが吸い込まれるように接続し――
「あれは……まさか、宙飛ぶ法機型円盤!?」
青夢が驚いたことに。
それは、全体的な見た目こそ円盤から法機の機首が突き出した、あの宙飛ぶ法機型円盤に似た姿であるが。
違うのは、やはり法騎ヨハンナと円盤の融合という形のためか、女性を思わせる上半身が円盤型機体から生えているということだ。
「宙飛ぶ法騎型円盤ヨハンナ……これぞ、"バアル・ゼブブ"様のご意志に則る女教皇にふさわしい姿でしょう?」
「宙飛ぶ法騎型円盤……と、"バアル・ゼブブ"……?」
その女教皇が座す、彼女曰く宙飛ぶ法騎型円盤ヨハンナから通信での宣言が聞こえ。
青夢はその言葉の中に、何やら引っかかるものを見つけていた。
そう、"バアル・ゼブブ"。
それは一体――
「いや、そもそも……あの法騎ヨハンナとかいう奴。例の"魔女の黒猫"とじゃなくて、さっき飛んできた普通の円盤と合体してないかい……?」
「そ、そう言えば……! じ、じゃあ姐様あれって……」
同じく三段法騎戦艦ゴグマゴグの艦橋に座すメアリーとミリアも女教皇の言葉に引っかかることがあったが、それは青夢の引っかかることとは全く別のところにあった。
そう、今しがた法騎ヨハンナが合体したのは"魔女の黒猫"――空飛ぶ円盤型法機ではない。
メアリーたちや青夢は知る由もないが、その元となった宙飛ぶ人工魔法円盤――の更に元となった、宙飛ぶ魔法円盤。
それは表向きには、魔法根源教とは無関係な"宇宙人"の戦力のはずである。
それが法騎ヨハンナと融合したとあっては、当然違和感が拭えないのも無理はなかろう。
「我が名女教皇。魔法根源教の教皇である……」
そんな疑問を持った彼女たちを置き去りにするかのように、女教皇はその宙飛ぶ法騎型円盤ヨハンナから更なる宣言を通信により行う。
「さあ被告人、魔女木青夢――龍魔王レッドドラゴンの器よ! これよりこの女教皇自らが、この"バアル・ゼブブ"様の御心に則り被告人に裁定と刑を降す! 光栄に思いなさい……」
「被告人……なるほど、これは裁判なのね!」
女教皇のその言葉に、青夢ははっとする。
自身の過去の罪を憎む彼女が、自分を裁きにやって来たのだと。
「それでは被告人に、女教皇の判決を言い渡す……無論、死刑よ!」
「そう、死刑ね……!」
女教皇の"判決文"を読み上げる声を、青夢は静かに受け入れる。
◆◇
「死刑かい……だけど、これが裁判とはお粗末すぎやしないかい? こんな検察も弁護士もいないのが裁判とは、聞いて呆れるな!」
「ええ、その通りですよ姐様! そもそも……こいつが死刑ってことは、今こいつが乗ってる三段法騎戦艦に同乗してる私たちも巻き添えを食うってことじゃないの!」
"判決文"に対して、青夢とは逆に不満を述べたのがメアリーとミリアである。
「あら、申し訳ないわねあなたたちを忘れていたわ……ならば、被告人に味方するあなたたちもまた同罪ということにしましょう! 無論あなたたちに対する判決も……死刑です!」
「おや……まさか、あたしたちもかい!」
そんな彼女たちに女教皇が突きつけるは、やはり"判決文"であり。
「キー! 話の通じない奴ねこの女教皇って奴は! これじゃあもはや"魔女裁判"じゃない!」
「"魔女裁判"ね……ちょうどいいじゃない! その魔女木青夢は法機ジャンヌダルク――信仰を間違えた魔女の乗り手なんだから!」
ミリアのそれに対する恨み節も、女教皇はむしろ都合よく解釈・受容する。
「ええ、いいわ"魔女裁判"で……さあ、女教皇! 私には何をしてもいい。けどメアリーさんや使魔原ミリア、あと今この三段法騎戦艦ゴグマゴグに合体してるVIさんたちには手を出さないで! 私は黒客魔レッドドラゴンですぐそっちに」
「ふん……ははは!」
青夢は協力してくれた者たちや、救おうとしたVIたちは巻き込むなと懇願するが。
女教皇は嗤う。
「何が可笑しいのかしら?」
「ふっ……言ったでしょ? そいつらも同罪だって! 私はどちらにせよ許す気はないわ……当然だけどね!」
「キー!」
「ああ、さっきミリアが言った通りだねえ……この女教皇様は、本当に話が通じないよ!」
女教皇の教皇、いや強硬な姿勢にミリアもメアリーもすっかり怒り心頭に発しているが。
「そう……まあ、もうこれは交渉じゃない。あなたにしてみれば一方的に判決文を突きつける裁判だもんね。ならいいわ……私たちも、覚悟を決めるわ!」
青夢はもとより説得できるなどとは思わず、女教皇の宣戦布告をすぐに受け入れた。
「おいおいあんた! あたしたちまで勝手に覚悟決めたことにされちゃあ」
「ええ、どうやら覚悟が決まったようね……ならば、この女教皇自らがあなたたち被告に即刻死刑を執行するわ、覚悟しなさい!」
「ええ、勿論!」
「だあー! もう、本当に人の話を聞かない連中ね!」
不満の声を上げるメアリーとミリアだが、もはやその気になった青夢と女教皇を止めることなどできるはずもなく。
「さあ……行きましょう、我らが"バアル・ゼブブ"様!」
「行くわよ……艦尾堕電紫衣機関、最大速! 全速前進!」
「まったく……ミリア、ここまで来たら、女は度胸だよ!」
「く……はい、とても不本意ですが承知しました! 姐様!」
そのまま女教皇が駆る宙飛ぶ法騎型円盤ヨハンナと、青夢・メアリー・ミリアが駆る巨魔の宙飛ぶ三段法騎戦艦ゴグマゴグ。
両者は急加速し、接近する。
「さあ、ミリア! 先手必勝ってね!」
「はい、姐様!」
メアリーとミリアは息を合わせ。
三段法騎戦艦ゴグマゴグが纏う、そのエネルギー体の艦橋を象った部分は手を伸ばして法騎型円盤ヨハンナを掴もうとする。
「ふん……甘いわ!」
「くっ、空振りかい!」
しかし女教皇は朝飯前とばかりに。
法騎型円盤ヨハンナを上下反転させつつ高速でそのエネルギー体の腕を躱し、そのまま艦尾に回り込もうとする。
「それで逃げたつもりかい? ミリア!」
「はい、姐様!」
「……edrn/fs/gogmagog.fs?arts=TwinStreamーーセレクト !! ツインストリーム!! hccps://circe.wac/GrimoreMark/、セレクト 誘導火線砲 エグゼキュート!!」
「hccps://jehannedarc.srow/、セレクト! ビクトリー イン オルレアン!hccps://jehannedarc.srow/GrimoreMark、セレクト オルレアンの栄光弾 エグゼキュート!」
「あら……珍しく、三人の共同作業で来たじゃないの!」
しかしそうはさせじと。
ミリアとメアリー、更に青夢の命により、三段法騎戦艦を覆うエネルギー体から無数の火球が放たれ。
それらは誘導性を持って、法騎型円盤ヨハンナに襲いかかっていた。
「でも……そんな攻撃はまったく効かないわ!」
「く……あれもやっぱり円盤か!」
が、女教皇も見せつけてやるとばかりに、更に駆り立てた法騎型円盤ヨハンナは、それらの弾幕を上下左右と反転させて躱すその動きは。
やはりこれまでも今も、凸凹飛行隊が交戦してきていた、宙飛ぶ人工魔法円盤と同じものだった。
「さあ、あんたたち勘違いしないでよね……これは私女教皇が、あんたたち被告に執行する処刑の時間! だからあんたたちは抵抗などしてはいけないの!」
女教皇はそこで、無礼だ悪あがきだとばかりに三段法騎戦艦ゴグマゴグを睨む。
そう、これは処刑の時間だ。
被告人――より踏み込んで言うならば、死刑囚の身で武装蜂起するなど前代未聞である。
無礼者め、これ以上罪を重ねるとはより万死に値する。
女教皇の心には、怒りの火がより強く燃える。
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「む……何だい、あれは黒いエネルギー弾か!?」
そうして女教皇が法騎型円盤ヨハンナに命じて展開した弾幕は、今しがたメアリーが驚きと共にした発言通り。
何やら黒いエネルギー弾であり、それは三段法騎戦艦ゴグマゴグに次々と着弾していく。
「くっ……姐様!」
「ああ、中々すごい圧だけど……落ち着きなミリア!」
「そうね……圧はすごいけど、バリアーが耐えられないほどじゃないわ!」
それによりメアリーやミリア、青夢はややぐらつく想いながらも、すぐに気を取り直す。
実際、今しがた食らった黒い弾幕は三段法騎戦艦を守るエネルギー体にやや衝撃を与えながらも、すぐに溶けるようにして消えていく。
そこまでの影響はなさそうだ――
そんな青夢たちの気持ちを、テレパシーで読み取った訳でもあるまいが。
「ふふ……今に見ていなさい! 間もなくよ魔女木青夢! 間もなくあんたの守りたいものも仲間たちもあんた自身も、残酷に始末できる……」
女教皇は不敵に笑う。
◆◇
――い……い……ぞ……し…かし……まだ……だ……まだ……月の……エリヤ……共に……は……足りぬ……
が、そんな宙域で繰り広げられる戦いを影で眺める者がいた。
その者が先ほどのように考えるや、何と。
法騎型円盤ヨハンナに融合している、宙飛ぶ魔法円盤の部分が妖しく光る。
そう、その影から眺める者のいる所は。
他ならぬ、その宙飛ぶ魔法円盤の中であった――




