#34 女教皇の真実
「何で……? 何でかぐやちゃんの声が、あの法騎から……? ぐっ……!」
「動かないでよ青夢ちゃん! 動くと……死ぬよ?」
「っ……か、かぐやちゃん……」
混乱する青夢を、構わず裸締めにするかぐや。
かぐやが放ったその声は、青夢がまったく聞いたことのない冷酷な響きを含んだものだった。
「まだ分からないかな? 私は宇宙人の円盤から出てきた少女を装って凸凹飛行隊内部に潜入した女教皇そのものよ! まさに今、この瞬間! あんたに復讐するために!」
「ふ、復讐……」
かぐやは更にそう言う。
その言葉はもはや先ほどとは違い、冷酷な響きなどというレベルではない。
口調からして、青夢が知るかぐやとはまるで別人のものであった。
そう、今かぐや――女教皇自身の弁にもあった通り、また状況が物語る通り。
かぐやこそ女教皇だったのだ。
「何故復讐されるのか分からない? はっ、おめでたい奴ね! 前に言ったでしょ? あんたが電賛魔法システムを終わらせたことで、どれほど多くの人たちが苦しんだかって!」
「……そうよね、あなたあの時――私があのVIたちと一緒に人間に反乱を起こした時、そんなこと言っていたわね……」
――あんたのあの決断いえ、独断と偏見のせいでどれだけ多くの人々が苦しんだか!? そして何故そんな社会が再び安定していったか……それを思えばねえ!
かつて仮想世界ミレニアムでVIたちが人類に反乱を起こした時、青夢もVI化させられたことがあったが。
その時青夢をVI化させた張本人が、かつて言っていた言葉だ。
そう、彼女は電賛魔法システムの終了により没落した者たちのうち一人。
ちなみに、根源教騎士団長たちも同じである。
「そう、その声が聞こえたのはその時だけじゃないでしょう? その時々で、私があんたの傍にいなかったことはあったかしら。」
「そうか……そうね、そうだわ。」
考えてみればその通りだった。
あの縦浜の別邸で円盤群と相対した時も、そして仮想世界ミレニアムに閉じ込められた時も。
皆かぐやが隣にいたのだ。
「ふふ……自分が可愛がっていた娘が敵だったと知って、絶望ってところかしら? でもね……本当に絶望するのは、これからなのよ?」
「な、何ですって……?」
尚も裸締めにされつつ、かぐやのそんな言葉に驚く青夢だが。
「edrn/fs/gogmagog.fs?arts=TwinStreamーーセレクト !! ツインストリーム!! hccps://circe.wac/GrimoreMark/、セレクト 誘導火線砲 エグゼキュート!!」
「あら! これは」
突如、法騎ヨハンナの方へ無数の火球が放たれ。
女教皇はそれを躱しつつ、その攻撃が来た方向を睨む。
その攻撃の主は。
「あたしたちをお忘れかい? 女教皇猊下とやら!」
「そうよそうよ!」
「ふん……元女男の!」
先ほど三段法騎戦艦の艦橋部から融合を解かれ弾き出されていた、宙飛ぶ魔人艦ゴグ・マゴグだ。
◆◇
「元女男……法騎ヨハンナと三段法騎戦艦レッドドラゴンの通信を、傍受していましたか?」
「ああ……その通りさ!」
「話は全て聞かせてもらったわ!」
法騎ヨハンナからの呼びかけに、果たして宙飛ぶ魔人艦ゴグ・マゴグから返答が来る。
「ならば、もういいでしょう? この三段法騎戦艦もこの魔女木青夢単独で動かせる。すなわちあなた方は、もはや用済みなのですよ?」
「用済み、でもないだろう? なあ、ミリア!」
「ええ、姐様……私たちは、今魔女木を救える唯一の存在ですから!」
「メアリーさん、使魔原ミリア……」
女教皇の再びの呼びかけを、メアリーとミリアは突っぱねる。
「はあ、まったく……どうしてこうも助ける人がたまにはいるのか。そこが不思議な所よ、魔女木青夢! とはいえ……状況分かってるかしら? 今その魔女木青夢の生命は、私の腕の中にあるのよ?」
「くっ……」
今度は法騎ヨハンナからではない、三段法騎戦艦レッドドラゴンから通信が響く。
女教皇その人でもある、かぐやの声である。
今の彼女の言葉にあった通り、今かぐやの腕の中に青夢はいる。
「そろそろ、これで茶番は終わりにしましょう……さあ、魔女木青夢! この三段法騎戦艦を180度反転させなさい、そして全砲門をそこにいる幻獣機たちに向けるのです!」
「な……何ですって!」
相変わらずかぐやと法騎ヨハンナから同時に聞こえる言葉に、青夢は再び驚愕する。
全砲門を幻獣機に向けろ――
これが何を意味するかなど、説明するまでもあるまい。
「さあ、ここで死ぬか、それともあのゴグとマゴグの民を自ら滅ぼすか、選びなさい!」
「自ら、滅ぼす……」
「ふん、まったく! 分かっているくせに私にまだ言わせる気? なら言うわ……さあ、死にたくなかったら……その主砲であの幻獣機ゴグズトルーパー、マゴグズトルーパーたちを狙い撃ちしなさい!」
「ええ……それがあなたの狙いなのねかぐやちゃん!」
耳元で尚も囁くかぐやを、青夢は横目で睨みながら言う。
「ええ、そうよ……あんたがずっと守りたかったものなんでしょ? じゃあ面白いじゃない……その守りたかったものを自ら手にかけるなんて!」
かぐやは嗤いながらそう言う。
やはり、もはや青夢の知るかぐやとはまるで別人だ。
「……私を憎んでいるなら、さっさと手にかければいいでしょ!」
が、青夢も屈しないとばかりにそう啖呵を切る。
「まあそれはそうなんだけど……どちらにせよ同じよ! あんたを始末した後であの幻獣機たちも始末するわ……分かるでしょ? 所詮は順番が違うだけで同じなの!」
「なるほどね……」
かぐやは尚も冷酷にそう言い放ち、青夢もならばと悟った表情になる。
「いいわ……今からこの三段法騎戦艦レッドドラゴン反転180度! これからVIたちが変化した幻獣機たちを殲滅する……!」
「ふふふ……あーっははは! そうよ、それでいいわ魔女木青夢……その絶望こそ、冥途の土産にしなさい!」
青夢は諦観の色が滲む言葉で宣言し、かぐやは勝ち誇ったように笑う。
「じゃあ行くわ……hccps://jehannedarc.srow/ サーチ! コントローリング 空飛ぶ法機! セレクト……」
「ええええいいわ! さあ早く……ぐっ!?」
そうして青夢が座乗する三段法騎戦艦レッドドラゴンを反転させる、その時だった。
青夢が唱えた術句により反転しつつも、突如として三段法騎戦艦レッドドラゴンが傾き。
それによりかぐやはバランスを崩す。
「さあ……今ね!」
「くっ!? 魔女木、青夢う!」
青夢はかぐやに掴みかかり、彼女の頭と右腕を床に押さえつけて制圧する。
「くっ……やめて! 何でこんなことするの、青夢ちゃん?」
「!? か、かぐやちゃん……」
が、そこでかぐやはこれまで通りの汚れなき目を青夢に見せ。
青夢も一時、揺らいだ様を見せ――
「……なんて、私が揺らぐと思ったかしら! かぐやちゃん?」
「くっ!? ふ……あんた、やはり薄情だったわね!」
――たかに思えたが、それは一瞬もなく。
変わらず自身を制圧し続ける青夢に、かぐやは恨み節を吐く。
「勘違いしないでね? 私、もうそんなことで揺らぐようなタマじゃないのよ? むしろ望んですらいたかもね……いつか、私を憎く思う人たちが、こうして私を殺しに来ることを!」
「……はっ! なるほど……とんだ勘違いをしてたわ、私は!」
青夢が覚悟を語り、かぐやは悟る。
こいつもそれなりに、のほほんと構えていた訳ではないと。
「そもそもこの三段法騎戦艦レッドドラゴンの操縦権は私にあるままなんだから、私に操艦させてる時点で甘いわ……さあ、これで形勢逆転よ! 人質――それも自分という人質を取られたのは今回はあなたよ、女教皇! さあ……今すぐ、一切の戦闘行為を中止しなさい!」
「ふ……ははは!」
「あら、何がおかしいのかしら?」
そうしてかぐやに投降を呼びかける青夢だが、かぐやは何故か尚も勝ち誇ったように笑う。
「これで勝ったと思うのは早いわ、魔女木青夢!」
「!? な……か、かぐやちゃん!」
青夢が驚いたことに。
何とかぐやは、突如全身が光ると共にその姿も消えてしまった。
◆◇
「はあ、まったく馬鹿な奴ね魔女木青夢……大人しく、自分で手を降していればいいものを!」
原理は不明ながらも、法騎ヨハンナにかぐやはいた。
これまで法騎を操作させていたのは魔法で作り出した端末だったが、本体たる生身の人間でもあるかぐやが操縦を代わっており。
そのままかぐやは法騎ヨハンナを最大速で発進させ、三段法騎戦艦レッドドラゴンの横を通り過ぎようとする。
「もういいわ……この私自ら、あの幻獣機たちを――あんたが守ろうとしたものを破壊してやるわ!」
かぐやは法騎ヨハンナの操縦桿を握りしめる力を強くする。
さあ、これで終わりだ――
「edrn/fs/gogmagog.fs?arts=TwinStreamーーセレクト !! ツインストリーム!! hccps://circe.wac/GrimoreMark/、セレクト 誘導火線砲 エグゼキュート!!」
「おや! く……また邪魔を!」
と、そんな法騎ヨハンナを阻むは。
やはりメアリーとミリアが乗る、宙飛ぶ魔人艦ゴグ・マゴグだ。
「さっきの通信も傍受させてもらってたよ……」
「ええ、ここから先は行かせないわ!」
「ふん……まったく!」
二つの法機が合わさった機影が前に立ちはだかり、法騎ヨハンナの操縦席でかぐやは歯軋りする。
「hccps://jehannedarc.srow/、セレクト! ビクトリー イン オルレアン!hccps://jehannedarc.srow/GrimoreMark、セレクト オルレアンの栄光弾 エグゼキュート!」
「む!? 三段法騎戦艦からも!」
そこで自分を忘れるなとばかりに、三段法騎戦艦レッドドラゴンは主砲を法騎ヨハンナに向け、エネルギー弾を連射し。
法騎ヨハンナは、元の位置に戻らざるを得なくなる。
「さあ背後の幻獣機さん方! 僭越ながらまた命じます……hccps://jehannedarc.srow/、セレクト! オラクル オブ ザ バージン! hccps://jehannedarc.srow/GrimoreMark、セレクト 百年戦争の語り部、エグゼキュート!」
「ふん! また小細工を……」
青夢はその隙に、三段法騎戦艦レッドドラゴンの艦体から周囲に光を振りまいて行く。
青夢は光の粒が幻獣機群に満遍なく降り注いだのを見て。
「……セレクト、宙飛ぶ魔人艦ゴグ・マゴグ・龍魔王の宙飛ぶ三段法騎戦艦レッドドラゴン! 幻獣機ゴグズトルーパー、マゴグズトルーパー! コーレシング トゥギャザー トゥー フォーム……エグゼキュート!!」
「おや……ミリア! あの龍魔王様がお呼びだよ!」
「はい、姐様!」
「あれは……三段法騎戦艦がまた!」
三段法騎戦艦レッドドラゴン及び宙飛ぶ魔人艦ゴグ・マゴグ、そしてその幻獣機群に命じるや。
前と同じく、ゴグ・マゴグは一度左右に分離するや、それは三段法騎戦艦の多頭龍様上半身型艦橋部を左右から覆い隠すように融合し。
また幻獣機ゴグズトルーパー、マゴグズトルーパーの機体群も三段法騎戦艦の艦体周囲に集まり、元から幻獣機が融合しているその艦体に融合していく。
「さあ……メアリーさんに使魔原ミリア!」
「分かってるさ、ミリア!」
「ええ、言われなくても!」
「hccps://circe.wac/」
「hccps://medeia.wac/」
「edrn/fs/gogmagog.fs?arts=TwinStreamーーセレクト !! ツインストリーム!! hccps://circe.wac/GrimoreMark/、セレクト 鉄壁の守護!! エグゼキュート!!」
「ふん……なるほど、またその姿ですか!」
そうしてメアリーとミリアの手により、三段法騎戦艦の周囲がまたも自身を模したエネルギー体で覆われれば。
先ほど宇宙に上がって来たばかりの頃の、巨魔の宙飛ぶ三段法騎戦艦ゴグマゴグそのものの姿の出来上がりという訳である。
◆◇
「ふん……またも、ただでさえ忌まわしい三段法騎戦艦の……より醜い姿を晒してくれたわね!」
法騎ヨハンナからかぐや――いや、もはや紛らわしいので女教皇の呼び名に統一するが――女教皇の声が通信を介し響く。
「ええ……私の命や大事なものが壊れることが何としても大事なあなたと同じ! 私ももう、後には引けないの!」
青夢もまた、三段法騎戦艦から啖呵を切る。
法騎と三段法騎戦艦、このまま機影と艦影で宇宙空間での睨み合いの格好となる――
かに思われた。
「ん!? い、一時の方向に機影が突然現れた……こ、これは円盤かい!?」
「え……また新手の円盤!?」
それはメアリーの声と、レーダーが捉えた一つの機影により終わりを告げた。
そう、突如この戦闘宙域に現れた機影は円盤。
しかしそれは、宙飛ぶ"人工魔法円盤"ではない。
「おお……やはり私を助けに来てくださいましたか、"バアル・ゼブブ"様!」
女教皇が歓喜の声と共に告げた、その円盤の正体。
そう、それは彼女たち根源教が御神体として崇めるもの。
円盤は円盤でも、宙飛ぶ"魔法円盤"である――




