#3 魔法根源教
「まったく……一時はどうかと思いましたが。まさかご自分の法機も呼べないとは、中々に深刻な事態ですわね魔女木さん!」
「ええ、まったくですマリアナ様!」
真仏院――いや、もはや電賛魔法システムはどうやら戻ったようなので表記を以前のものに戻そう。
改めて。
魔法塔華院の縦浜別邸では、凸凹飛行隊のメンバーが集結し。
別室で寝かされている先ほどの少女を診ている医師の診療結果を待っていた。
マリアナたちはそこで青夢に、嫌味をぶつける。
「ちょっと、そんな言い方ないでしょ魔法塔華院さん! 青夢はそもそも電賛魔法システムが復活したことすら知らなかったんだからしょうがないじゃない。」
「そうよそうよ!」
真白と黒日は、そんなマリアナたちに抗議する。
「ふん、知らなかったからではすまされなくってよ! まあ一般の飛行隊員であるあなた方はともかく。魔女木さんは飛行隊長であってよ?」
「それは……だけど!」
マリアナはしかし、追及の手を緩めない。
が、当の青夢本人は。
「(あの女の子は何なのかしら……それにあの夢。あれと何か関係が……?)」
こんな中、一人思索を巡らせていた。
「はあ……魔女木さん! 今、あなた自身のことを言われているのであってよ。何を我関せずといった顔をされているのであって!?」
「そうよ、魔女木!」
「……!? ご、ごめん……」
そんな青夢に、マリアナは火に油とばかり。
法使夏と共に、彼女を一層攻める。
「待ってって言ってるでしょ、魔法塔華院さん! さっきも言った通り、青夢は電賛魔法システムが何故復活したのか知らないの。だからまずは、それを説明するのが筋でしょ?」
「そうよ!」
「ま、真白に黒日……」
そんな青夢を、真白と黒日が弁護する。
「俺も賛同だな、魔法塔華院たち! 何も知らない中でいきなり法機をまた召喚しろと言われても誰だって混乱するに決まっている。それで魔女木はうまく法機を呼べなかったのだろうと思うぞ。」
「ほ、方幻術……(ありがとう……でもそうじゃなくて)」
剣人もこれに加勢する。
尤も青夢は、うまく法機ジャンヌダルクを呼べなかった原因をそこではないと感じており複雑な思いである。
「ちょっとあんたたち! マリアナ様に」
「よくってよ、雷魔さん。……まあ、それは確かに一理あってよね皆さん。ならば、改めてご説明しなくってはよ。」
「! はい、マリアナ様。」
が、マリアナもこれは尤もとばかり。
説明を始める。
「まずは、最初から。理由があってのこととはいえ、あなたがあの時電賛魔法システムを終わらせたことにより。わたくしたち魔法塔華院コンツェルン初め、三大企業やその他社会そのものが打撃を受けましてよ。」
「……ええ、そうね。」
早速嫌味から話を始めるマリアナに対し、青夢はやや苦々しげに接する。
「ですがそれからほどなくして、電賛魔法を復活させるという人々が現れました。」
「!? な……何ですって!」
が、青夢はそのマリアナの言葉に驚愕する。
電賛魔法を復活させる? どうやって?
しかしマリアナは、青夢のそれらの疑問を遮るかのように続ける。
「ええ、その方たちはこう名乗りましたわ……魔法根源教、と。」
「ま、魔法根源教!?」
◆◇
「……猊下、レースの準備は整いましてございます。」
「ええ、ありがとう。」
その頃仮想世界ミレニアム、首都メギドでは。
レースのスタート地点に並ぶ、法機マリアと幻獣頭法機黙示録の仔羊二十六機の姿。
かつての最終決戦時に青夢が世界中に与えた強力な法機である。
これらの法機が並ぶ中。
「さあこれより……イースメラルダ、そのマイニングレースを開始する!」
「オオオオ!!」
イースメラルダ。
新たな仮想通貨である、そのイースメラルダによるマイニングレースのために集まっていた。
仮想通貨は通常の通貨や電子マネーとは違い中央銀行やメインサーバを持っていないため、通貨発行や帳簿の記帳を行ってくれる特定の個人や機関がない。
そのためネットワーク上から有志を募り、取引情報を帳簿に追加する速さを競わせ最速の者に報酬として新規発行された仮想通貨が与えられるという"通貨発行と帳簿管理を同時にやる"方式が採用されている。
これらはマイニングと呼ばれている。
法機にこの計賛速度がそのまま速力として反映され、ビジュアルとして分かりやすい法機レースに昇華されたものがこの法機によるマイニングレースである。
イースメラルダのマイニングには、チームに当たるアポストロスなる複数機(十三機)のリソース連結・共有で挑むアポストロスマイニングと。
単機で挑む、ソロマイニングとがある。
「さあ……皆行くぞ!」
「はい!! ……hccps://emeth.MinersRace.srow/! セレクト、マイナーレーシング! エグゼキュート!!」
かくして。
幻獣頭法機黙示録の仔羊を擁するアポストロス同士のレースは、幕を開けた。
◆◇
「おめでとう! これでイースメラルダの帳簿たる、ブロックチェーンには新たな鎖が繋がれたわ! 勝ったマイナーたちには賞金として新規発行のイースメラルダが支払われる……さあどうかしら? 皆、盛り上がっているかしら!」
「オオオオ!!」
そうして、競い合っていたアポストロスのうち一つが競争に勝ちブロックチェーン――仮想通貨の管理帳簿である――に取引情報ブロックが新たに繋がれた頃。
沸く聴衆の前に、少女が姿を現す。
先ほどの、王冠を被りマントを纏った少女である。
「紹介しよう……皆沸け! 我ら魔法根源教がボス、女教皇猊下だ!」
「オオオオ!」
傍らに付き従うライダースーツの装いをした青年から女教皇と紹介された彼女は、コクリと大きく頷く。
◆◇
その頃、都メギド郊外では。
「次は私が! ……これだけゴス代を出すわ、だから! 私の自作アプリのプログラム――スマートコントリプティッドをブロックチェーンに登録するマイニングをしてくれる人たちは集まり、"国"となってもらえるかしら?」
「オオオ!」
ここにもマイニングレース会場があり。
王冠を被りマントを纏った一人の女性が、皆にそう宣言していた。
イースメラルダの場合マイニングレースの賞金は新規発行される同通貨とは限らない。
ブロックチェーンが特定のサーバーには置かれず、取引ネットワーク上の電賛機全てに同じ内容が書き込まれて共有されることを利用し。
イースメラルダはブロックチェーンをデータベースやプログラムの置き場とすることで、ネットワーク全体を一つのサーバー・翠玉の杯として利用することができる、いわゆるワールドコンピュータなのである。
そのワールドコンピュータを使う為には、使う度に使用者自身が自ら設定した金額で自ら支払うゴスペル代(ゴス代)があり、これも賞金として設定されている。
尤も。
「いやいや諸君! 私はこれだけのゴス代を用意できるぞ、さあどうだいこの素晴らしいNFTのデジタル絵画は! これから素晴らしい時代の幕開けに立ち会うべく、私を王とした"国"にまずはなってくれまいか?」
「オオオ! あっちのゴス代の方が高いな……よし、あっちを王様にしよっと!」
「よし!」
高いゴス代を設定されたレースに、当然人は群がるものである。
「な……ふ、ふんだ! いいもんね、だったら私はもっと安いゴス代でも私の為に働いてくれる"国民"にやってもらうもん!」
そうして、安いゴス代しか出せない者は自身のスマートフォンから。
「……私の国民たち! 相変わらずご褒美のゴス代低いけど、働いて!」
何やら、首都メギドの外に呼びかける。
すると。
「おお、女王様のお告げだあ! さあ、働かな!」
「おー!」
何やらそこは、様々な姿の獣人たちがいる洞窟が広がっており。
「……hccps://emeth.MinersRace.srow/! セレクト、マイナーレーシング! エグゼキュート!!」
獣人たちは"女王"に言われるや、何やら七つの目がある羊に騎乗し競い洞窟の中を掘っていく。
「えへへ、今日もありがと! これで自作アプリは完成したっと……」
「はあ、はあ何の……女王様のためなら……」
この"女王"のように、この仮想世界ミレニアムでは各々が国を造っているのである。
そう、これは。
「皆、このミレニアムに各々思い思いの国を築いている……これにより世界は……もはや国も支配者も必要としない! 皆が新たな女王であり王である!」
「オオオオ!」
ただでさえ沸き立つ観衆を、女教皇は更に扇動する。
「(そう、こここそ千年王国――あの赤い竜……魔女木青夢のレッドドラゴンにより電賛魔法が奪われてより永遠に続く王国を作る! 魔女木青夢……あんたを絶対に許さない……!)」
そんな想いを胸に抱く女教皇のその気持ちに呼応するように。
信者たちの前で、神体として崇められている石の円盤・宙飛ぶ魔法円盤は妖しく光る――
◆◇
「魔法根源教……? じ、じゃあ魔法塔華院コンツェルンは、そんな得体の知れない奴らの提案を呑んだって訳!?」
「ええ、まあそうなってよ。」
再び、縦浜の別邸では。
青夢はマリアナから聞いた話に、驚くばかりだった。
そう、今言った通り。
魔法塔華院コンツェルンは得体の知れない集団から電賛魔法システムを提供してもらったことになり、それは迂闊の誹りを免れないことではある。
だが。
「……まあそれでも魔女木さん! あなたにその誹りをされるだけの資格があって? あの時わたくしたちに何の相談もなく世界の敵に回り、更には電賛魔法システムを終わらせたあなたに!」
「うっ……そ、それは……」
マリアナのこの言葉には、またしても青夢は返す言葉もない。
そう、青夢もまたその件については誹りを免れない立場にいるからだ。
「そうよ魔女木! 元はといえばあんたが」
「まあよくってよ雷魔さん。……さて。あなたどういう訳か法機を呼べないようであってよね? それならば、もう凸凹飛行隊隊長は務まらなくってよ!」
「! ええ、そうね……」
法使夏を制しつつ、マリアナはここぞとばかりに更に続けた。
どうやら最も言いたかったことはそれらしい。
「ちょっと魔法塔華院さん! そんなことを……そんなの、法機マリアを代わりに使えばいいことよ青夢! 第一魔法塔華院さん、あなたが法機ジャンヌダルクに何か細工してるんじゃないんですか?」
「そうよそうよ!」
「真白、黒日……」
それには真白と黒日も、猛反発する。
「魔導香と井使魔、あんたたちといい魔女木といいねえ! どこまでマリアナ様を侮辱すれば」
「雷魔さん、何度も言わせないでほしくってよ! いちいち小さなことにイライラするほど、わたくしがそんな矮小な女だと思って?」
「ま、マリアナ様……も、申し訳ありません……」
法使夏はマリアナを庇おうとするも、予想外にマリアナからは不評を買ってしまう。
「ま、まあちょっと落ち着いてよ真白も黒日も、魔法塔華院マリアナも! ……魔法塔華院マリアナ、あんたの言うことも今回ばかりはごもっともだわ。飛行隊長はあんたに譲る。」
「な……ち、ちょっと青夢!」
青夢はしかし、真白と黒日の意図とは反対のことを言う。
「あら、思いの外素直ね魔女木さん……ただ。飛行隊長はあなたに譲られるものではなくってよ! あれは我が魔法塔華院コンツェルンの民間軍事部門、社長跡取りのわたくしが飛行隊長になるのは自然の摂理。それを譲って差し上げたのはわたくしであってよ!」
「そ、そうよ魔女木!」
マリアナは喜びつつ、そう釘を刺す。
「またそんなこと言って! いい加減に」
「いいって、真白に黒日も! ……そうね、まああんたもだけど私も飛行隊長って柄じゃない。だから別に、どっちがやってもそんなに変わらないんじゃない?」
「な……魔女木、あんた!」
真白たちを制しつつ青夢はカウンターとばかりにマリアナに言葉を浴びせ。
これには法使夏が、憤慨する。
「雷魔さん、よくってよと言っているでしょう! ……しかし魔女木さん、確かにそれは聞き捨てならなくってよね。いいでしょう、ならば……わたくしこそが真に飛行隊長にふさわしいことを証明してご覧に入れますわ!」
「ま、マリアナ様……」
「へえ、まあその意気よ新飛行隊長さん!」
マリアナも法使夏を制しつつ、青夢に憤慨し。
青夢もマリアナに、牽制するように返す。
「青夢……」
「まったく……お前ら、結成当初からまったく変わらないな! 紆余曲折あって仲間になれてきたと思えば」
「あらミスター方幻術……それは心外であってよ! わたくしたちはあくまで上司と部下、仲間ではなくってよ!」
「な……」
剣人のこの言葉に、マリアナはそう返した。
「ええ、それは確かに魔法塔華院マリアナの言う通りよ方幻術! あの争奪聖杯の時も言ったでしょ? 私たちは別に、仲間なんて生温いものは求めてないって。」
「ま、魔女木……」
―― 確かに仲間なんて綺麗事かもしれないわね! それでも……私たちはそもそも、そんな生易しいものは期待してないのよ! 普段はちぐはぐ、いえ凸凹でもいい! それでも……目標を同じにできる時は、まとまれれば! それでいいの……それが、私たち凸凹飛行隊よ!
かつて、魔男の円卓第十三席争奪聖杯に際してマージン・アルカナ――盟次に対し青夢が啖呵を切った時の言葉だ。
「ええ〜!? じゃあ青夢、私たち仲間じゃないんだ……」
「ショック……」
「あ、いや……真白と黒日は違うよ!」
「……やはり、俺も仲間ではないのか?」
そんな青夢に対する不平不満を述べる真白や黒日に、青夢は彼女たちを宥める。
剣人は一人ぼそりと呟くが、青夢には聞こえていないのか何のフォローもされなかった。(涙目)
さておき。
「おほん! まあよくってよ、さあて新飛行隊長就任につき……魔女木さん! あなたに早速命令しますわ。」
「ええ……どうぞ、飛行隊長。」
「あ、青夢……」
マリアナはそう、青夢に告げ。
青夢は仕方なしとばかりに、応じる。
「あの空飛ぶ円盤から出て来た女性ですが、あなたに任せますわ魔女木さん。あの人が何者なのかを調べなさい!」
「む……分かったわ。」
マリアナの命令は、そんなものだった。
◆◇
「まったく、魔法塔華院マリアナ……あっちからしてみれば、面倒を押しつけてやったって感じかしらね。……でも。あながちただの面倒事じゃないわ。」
言いながら、先ほどの少女が眠らされている部屋に入って来た青夢は彼女を見る。
――!? な、何ですかあれは!
夢の中と同じく。
上がっている火柱と煙の中から。
鈍い光を放ちながら、"何か"が出て来た。
その身体から光の粒が次々と出ては、消えていく"何か"が。
その"何か"が、現実にはこの少女なのだが。
あまりにも夢と似ている状況だったが故に、偶然とは思えない。
「仕方ないわね……私がやってやろうじゃないの!」
青夢は意気込み、拳を振り上げる。