#24 決着と宇宙戦前夜
「私たちを攻撃した、だと……?」
フレイヤは尚も、戸惑っていた。
空に浮かぶ青夢のビジョンから放たれた無数の光弾は、自身率いる円盤群を撃ち落としていたのだ。
――さあ、真白に黒日も気を確かにして! 今VI化された人たちもよ! 皆、VIか人間かとかどちらかではないわ! どちらもあなたたちなの、気を乱されないで!
「あ、青夢……」
――どちらかじゃなくて、どちらも私たち、ね……その通りだわ! 真白!
「黒日……そうね、どれも私たちね!」
先ほどまでの青夢や他のVI化された王・女王たちと同じく、未だVI化された人格や元の人格の間で自意識が揺れ動きながらも真白と黒日だが、青夢のその言葉には勇気づけられる。
「どれも私たち、か……そんな程度、私は既に到達した領域なんだよ!」
――ああその通りさ、もう一人の私!
フレイヤはそんな真白や黒日を見て、虫唾が走る思いだ。
ならばと、敵法機群を睨みながら覚悟を決めた。
こいつらは、この手で葬ってやると――
◆◇
「な……お、おらたちもあの元王や女王たちと働くんですかだ?」
「そうよ……もう、これで復讐もお終いとしましょう!」
仮想世界ミレニアムでも。
既に現実の青夢のビジョン・ここミレニアムで労働するVIの青夢が意識統一されたならば、このミレニアムでVI獣人たちに奉られているレッドドラゴンの青夢もまた然りという訳であり。
せめてもの復讐として、今労働させているVI化されたかつての王・女王たちへの、その強制的な労働を取りやめさせようと今呼びかけているのである。
「大丈夫よ……私もマイニングのお仕事するから!」
「な!?」
「れ、レッドドラゴン様もだか!?」
VI獣人たちは驚く。
自分たちが崇める龍魔王レッドドラゴンが、手ずから?
「まあ、もう働いているんだけどね。」
「!? ……え??」
「はあ、はあ……ど、どうも皆さん!」
「!? な……何!?」
が、それ以上に彼らが驚いたことに。
ちょうどマイニングから開放された青夢が、レッドドラゴン青夢に群がるVI獣人たちの背後にいた。
「……あなたたちの憎しみを煽っておきながら、今更手のひらを返すようで大変申し訳ないわ。でも、いえだからこそ! 私自らもあなたたちと共に働かなきゃいけないの、どうか分かって!」
「は、ははあ!!」
これにはVI獣人たちも、従わざるを得なかった。
「いいぞ、青夢ちゃん!」
「ありがとうかぐやちゃん……さあ、また皆で働きましょう!」
「お、応!」
青夢の呼びかけによりVI獣人たちも、動き出す。
◆◇
――ふふふ……ははは! 聞いていた以上に面白いねえ、噂の龍魔王陛下!
「そうだ、面白い……ぐらいの愚君だな陛下! 猊下が気に触られるのも分かる気がするよ……!」
再び、現実世界では。
VIの方のフレイヤも人間の方のフレイヤも、そのVIの方のフレイヤを介して見たミレニアムでの青夢の振る舞いに、高笑いをする。
――ああ、ならば……重ね重ね何度も何度もすまないなVIたち……まだまだ仕事だよ! hccp://cthugha.frs/、セレクト。
「ああそうだもう一人の私! これで、止めを刺してやる! ……炎の吸血鬼、エグゼキュート!」
二人のフレイヤは合わせ技とばかりに、術句を唱える。
さあ、これで――
が、その時だった。
「く……何故だ!? わ、技が発動しない!?」
――も、もう一人の私! こ、これはあの忌々しい龍魔王陛下が現実世界からの要求を一切突っぱねているからだ!
「く……そう言えばそうだな! そんなことも分からなくなっていたとは、私としたことが!」
原因はすぐに思い当たっていた。
そう、フレイヤは未だに仮想通貨イースメラルダのシステムを使っていたため、青夢が拒否すればそれまでだったのだ。
――今よ! もう一人の私、行くよ! hccps://diana.wac/! セレクト 月の弓矢!
「ええ、いいわもう一人の私! hccps://diana.wac/! セレクト 月の弓矢!」
――私たちも行きましょう! ……hccps://aradia.wac/、セレクト 魔女の福音!
「そうね、行きましょう! hccps://aradia.wac/、セレクト 魔女の福音!」
――エグゼキュート!!
「エグゼキュート!!」
この隙を逃すまいと、同じく機体のVIと操縦者とで人格が分かれた真白や黒日はその人格同士で連携し。
法機に命じ、光の矢と衝撃波を放つ。
――くっ、奴らからの攻撃が来るぞ!
「回避だ、円盤クトゥグア! あんな程度でやられは……ぐっ!?」
――くっ、これは!?
即応するフレイヤだが、自機たる円盤が鳴動し動揺する。
「くっ……奴らの攻撃が二倍に!?」
フレイヤが驚いたことに。
彼女たちの法機から放たれた攻撃は、VIの人格と操縦者とが同時に術句を唱えたためか、出力が二倍になっていたのでフレイヤは回避に少々失敗し、喰らわされてしまった。
――フレイヤ……もう引きなさい!
「!? な……し、しかしですね」
その時であった。
フレイヤに聞こえた声は、青夢を唆したあの声の主のものと同じである。
――既に作戦は失敗よ……あの魔女木青夢のためにしてやられたの、ここは引かなければ。
――……あなた様の御命とあらば、御意に。さあ、もう一人の私!
「もう一人の私、承知した……引かせていただきます!」
VIの方も人間の方も、フレイヤは納得し。
そのまま円盤群も円盤クトゥグアも、大ダメージを負った状態で撤退する。
それと同時に。
「よし、引いたわ! ……あれ、ね、ねえ黒日」
「う、うん真白……感じなくなったわ、もう一人の私の声。」
真白と黒日も、元に戻り。
「!? あ、青夢のビジョンは?」
「あ、あら? き、消えてる?」
空に浮かんでいた青夢のビジョンも、いつの間にやら消えていた――
◆◇
「ふざけんじゃないわよ……魔女木青夢! あんたに償う機会など与えない……この私が!」
電賛魔法システムの最深部、ダークウェブ。
ここではフレイヤに先ほど撤退を呼びかけたあの声――ひいては、青夢に"試練"を授けたあの声の主でもある人物が、地団駄を踏んでいた。
それは、無論。
「そろそろ私手ずから動かないとダメかしら……? この私、女教皇が!」
女教皇であった。
◆◇
「ん……? あら、ここは」
「ん……青夢、ちゃん?」
「やっとお目覚めとはいいご身分であってよね、魔女木さん!」
「あ……魔法塔華院マリアナ?」
揚陸艦内の個室にて。
マリアナや法使夏、剣人に真白・黒日が見守る中。
青夢とかぐやは目覚める。
「ほんとよ、魔女木!」
「魔女木、無事か!?」
「青夢!!」
「……あ、ここは現実世界? よ、よかった……か、帰って来たのね……」
青夢はそれにより、ここが現実世界だと知る。
「あ、あれ夢だったんだ……よ、よかったー! ねえ、青夢ちゃん! 私こわい夢見た〜!」
「あ、かぐやちゃん! それは怖かったねえ……」
かぐやが青夢に甘え出し、青夢は彼女を抱きしめる。
「魔女木さん……こんな所で起きて早々だけど聞きたくってよ。……あなた、仮想世界に行かれていてね?」
「ま、魔法塔華院マリアナ!」
「魔法塔華院さん!!」
マリアナはしかし時間が惜しいとばかり、単刀直入に青夢にそう聞く。
「……ごめん、かぐやちゃん。真白、黒日。ちょっとかぐやちゃんのことお願い。」
「え? あ、青夢ちゃ」
「り、了解よ青夢!」
「任せて! さあ、かぐやちゃん!」
青夢はかぐやや真白・黒日にそう言うや、マリアナと共に部屋を出る。
「マリアナ様……」
「魔女木……俺じゃ頼りないか……」
約一名ショックを受ける者がいたがさておき。
「……さて、魔法塔華院マリアナ。返事するけど、そうよ。私はVIの獣人たちと、同じく閉じ込められたVIたちと一緒にいた。」
「やはり、そうであってよね……」
部屋を出るなり青夢は、マリアナにそう告げる。
そのまま青夢はマリアナに、仮想世界ミレニアムでの顛末を話した。
「また仮想通貨……しかもそれをあなたが分割させるだなんて。あなたの暴れっぷりは想像以上であってよね。」
「ええ、まあ……真白にも黒日にもあんたたちにも、苦労かけたわ。」
マリアナの苦言に、青夢は珍しく頭を下げる。
「あのVIの人たちと現実の繋がりは切って、VI化された人たちも全員戻したわ。だからもう大丈夫。」
「そう、だけれど……レッドドラゴンの力が戻ったということは。あなた、法機ジャンヌダルクを呼べるのであって?」
「それは……まだ試していないけど、多分無理だわ。何となく分かるの、あれは一時的なものだったって。」
マリアナの質問に、青夢はそう答える。
「そう……まあよか……いえ、残念であってね。」
マリアナは、(少し不謹慎なことに)胸を撫で下ろしながらそう言う。
そう、一番気になっていたのはそこだったのだ。
青夢が、力を取り戻したらどうしようと――
◆◇
「皆様……先日はあのようなことになってしまい、申し訳ございませんでした。」
「いえいえ、そんな!!」
数日後、客ヘリ内にて。
中断されていたパーティーは、再び催された。
眠らされていた出席者たちも、青夢たちと同時に目覚め。
念の為病院で検査し、皆大事には至らないと判断されての参加である。
彼らを前にマリアナは、頭を下げていた。
「本日は、改めましてお越しいただき誠にありがとうございました! さて、ではいよいよわたくしたちより計画の発表をさせていただきます!」
「け、計画?」
しかしマリアナのその言葉に、一同は彼女に視線を集中させる。
「わたくしたちは……いよいよ、本格的に以前頓挫した空宙都市計画を再始動することといたしました!」
「!? お、おお!」
出席者たちはマリアナに、歓声を贈る。
なるほど、それはめでたいと。
が、それだけではなかった。
「いいえ、空宙都市だけではありません! そこを中継地点とし、月や火星、金星などに移民を送り込むプロジェクト……新天新地計画を立ち上げることを、ここに宣言いたします!」
「な!?」
更なるマリアナのその言葉には、誰もが衝撃を受ける。
空宙都市自体は、既にアメリカがリードしており、日本はむしろ遅れを取った状態だ。
それを完成させる目的に飽き足らず、他の惑星にまで手を、足を伸ばそうという計画をやろうなど、だれもが己の耳と相手の正気を疑った。
「しかしそのためには、まず第二電使の玉座を空宙都市として完成させねばなりません! 故に我々凸凹飛行隊は宇宙に行き、手始めに空宙都市建設から着手することとします!」
「お……おおお!!」
だが次には、その己の耳と相手の正気に疑いはないと分かり。
誰もが、万雷の拍手でその計画を讃えたのだった。
◆◇
「米中の方々……ご機嫌麗しく。」
「Well……|女教皇猊下《High Priestess》。」
「是……」
そのパーティー後のことであった。
仮想世界ミレニアムにて、女教皇自らがソー夫妻と鬼苺・女夭を招き会談を行っていた。
「アメリカの空宙都市ルシフェルと、中国の空宙衛星座都市明星。この二つで試験運用されていましたこの仮想世界ミレニアムと仮想通貨イースメラルダ。その二つに不具合が生じましたこと、お詫びいたしますわ。」
「Well……」
「是……」
女教皇のその言葉に、ソー夫妻も鬼苺・女夭も視線を落とす。
「ですが……これらの根幹となるVIの補充でしたら、できます。」
「!? w、What?」
「什么!?」
が、これには彼らも驚く。
VIの補充?
そんなことが?
「できます……多数のVIが眠る場所ならあるじゃないですか? そう……日本が管理する、第二電使の玉座が!」
「!?」
女教皇の言葉に、彼らは更に驚いたのだった。
◆◇
「デイヴ……」
「マギー……恐らく、大統領は反対しないよ。」
「So……日本と、戦わなくてはいけなくなるということなの?」
女教皇との話し合いの後。
ソー夫妻は二人きりで話し合っていた。
そう、第二電使の玉座。
日本が管理するここに眠るVIたちを狙うということは即ち、戦いを意味していた。
「Yes……僕たちだって、できれば戦いたくないよ。But、この空宙都市には、再び輝きがないといけない。So……やらなくてはならないんだ、この仮想通貨イースメラルダによるプロジェクトを成功させるために!」
「デイヴ……」
デイヴの言葉に、マギーはため息を吐く。
デイヴは妻を横目に、今いるビル最上部監視台より都市全体を見下ろす。
彼ら夫妻がいるのは、空宙都市ルシフェル。
かつて仮想通貨QUBIT GOLDがマイニングできた唯一の場所であった、空宙都市エルドラドが改修された空宙都市。
外観はエルドラド当時のものと同じく、上下にビル街が伸びたような様相を呈している。
「Well……それに。Ms.Mamekiはあのレッドドラゴンの力を取り戻して、日本はこれから本格的に宇宙進出を果たすようだ。その内情だけでも、探らなければ!」
「Yes……」
デイヴは、覚悟を決めたといった雰囲気である。
しかし、何故デイヴが青夢がレッドドラゴンの力を一時的に取り戻したことを知っていたのか?
◆◇
「小鬼……また、戦うの?」
「是……女夭。戦わないといけないと思う。私たち中国が、世界をリードするのよ。仮想通貨イースメラルダで!」
「小鬼……」
一方、鬼苺も女夭も先ほどの話し合いの後、二人で話し合いをしていた。
「そうよ……またもあの魔女木さんにしてやられたわ! 私たちは眠らされた挙句、働かされたのよ!? 本来なら、あのVIたちがするべき仕事なのに!」
「是……そうだけど。」
鬼苺のこの言葉。
そう、実は彼女たちもソー夫妻も、青夢やかぐやと同じくマイニングで働かされていたのだ。
無論、青夢がレッドドラゴンの力を取り戻した時もあの場にいた。
先ほどのデイヴの言葉は、そのことを反映してのものだった。
「だからこそ……ちょうどいいじゃない、女夭! 今度こそ見せてやるのよ……あの魔女木さんにも、VI共にも!」
「し、小鬼……」
鬼苺はそう高らかに言い、女夭は少々困惑している。
「いいでしょ、女夭! 私たちは維持しないといけないの……この空宙衛星座都市を!」
「是……」
彼女たちは今いる都市のビルとなっている衛星の展望台より外を見る。
下に地球を望むは、彼女たちがいる先述の空宙衛星座都市明星。
中国が建造した空宙都市であり、ルシフェルとは違い、ビル型の衛星が群れを成した外観をしている。
場所は違えど、同じ空宙都市という二つの都市で、それぞれに管理を任されている者たちが思うのはまた同じく、自国の発展。
その二つの空宙都市、空宙都市ルシフェルと空宙衛星座都市明星。
更に第二電使の玉座。
これらが示すものは言うまでもなく、いつぞやと同じ宇宙を舞台とした国家間の激突であった――
◆◇
「ふふふ……今に見ていなさい、魔女木青夢! あの中で自我――正気を保つなど正気の沙汰ではないわ、さすがは私たちを奈落の底に突き落とした龍魔王様ね! ……だけど。」
いや、地球の国家間だけではない。
ダークウェブでは。
女教皇はここで、独りごちていた。
そんな彼女が、今向き合ったのは。
「"バアル・ゼブブ"様。……今こそあなた方にお力をお借りしたく存じます。」
宙飛ぶ魔法円盤。
この根源教において、神体として崇められているあの石の円盤である。
果たして、そんな女教皇に応えるが如く。
「おお……さようですか、ありがとうございます"バアル・ゼブブ"様!」
その宙飛ぶ魔法円盤は妖しく光る。
◆◇
いや地球だけではない、月もである。
ここは月。
月の裏側では。
何と地球人たちがこれを知れば驚嘆に値することに、何やら円筒型の建造物が林立していた。
あたかも、何かの基地であるかのように。
――さあさあ、レッドドラゴン!
――ええ……ゴエティックデモンズロード!
あの青い星――地球を近くにしてぶつかり合う、二つの黒客魔。
あれは青夢とペイル、二人の戦いとなり。
黒客魔と魔人艦たちが纏うエネルギー体と三段法騎戦艦が纏うエネルギー体が、取っ組み合うあの戦いでの光景。
円筒型建造物群の中にある、何やら光のネットワークのような姿をした者たち。
その者たちが共有しているビジョンとしての光景である。
次に、彼らの中に浮かんだ光景は。
月から地球へ、大量の光線が浴びせられ地球上が吹き飛ぶ有様。
その次に浮かんだのは。
月から何かが自分たちが離れていく光景。
それはどんどん地球どころか太陽系からすら遠くなっていく光景であった。
更にその次には。
地球から月へ、ミサイルや光線が撃たれて行く光景である。
女教皇曰く、バアル・ゼブブなる存在。
更にこの月の裏側の者たち。
これらの存在を、殆どの地球人たちは知る由もなかった――




