#21 龍魔王の慈悲
「hccp://cthugha.frs/、セレクト。炎の吸血鬼、凍える炎!」
「おっと!」
「また氷の攻撃……容赦ないわね!」
現実世界では。
再び始まった魔法根源教の四騎士団長の一人・フレイヤ率いる円盤群と、凸凹飛行隊の真白・黒日の法機二機による戦いが、激化の一途を辿っていた。
そうしてフレイヤの空飛ぶ人工魔法円盤クトゥグアの放った氷の弾幕は、法機ディアナとアラディアを襲う。
「でも黒日……もう、ビビることはないでしょ? こんな攻撃、もう見切ってんだから!」
「真白……誰もビビってないわよ!」
「おや、慣れてきたな!」
が、真白も黒日もその弁に違わず。
それぞれ搭乗する法機ディアナとアラディアを翻して弾幕をかいくぐる。
「ならば逃げられないように隙間のない攻撃をやろう……hccp://cthugha.frs/、セレクト。炎の吸血鬼、凍える炎! hccp://cthugha.frs/GrimoreMark、セレクト 氷の吸血鬼! エグゼキュート!」
しかしフレイヤも、負けじと。
グリモアマークレットを発動し、冷気の波動を周囲に向け放ち、法機ディアナ・アラディアに対し更なる防御網を展開し出す。
「黒日! hccps://diana.wac/! セレクト 月の弓矢! エグゼキュート!」
「え、ええ真白……hccps://aradia.wac/、セレクト 魔女の福音! エグゼキュート!」
真白も黒日も、何度も同じ手は食わないとばかりに。
そんな防御網力づくでという気概と共に、技を発動する。
「はあああ!」
「たあああ!!」
円盤クトゥグアの氷の波動と、法機ディアナの光の矢たち・アラディアの衝撃波がぶつかり、まだらな爆発を空に描く。
「ふん、こんなものかあ!?」
――フレイヤ。
「!? げ、猊下!」
が、その時。
フレイヤには主君たる女教皇の通信が入る。
――フレイヤ、もう首尾は上々よ。円盤群諸共帰還しておいで。
「猊下……はっ、かしこまりました! 総員、円盤群を反転せよ!」
女教皇の命は、いかなる局面にも優先度で勝る。
フレイヤはそれを地で行くがごとく、女教皇の命通りに円盤群を全て反転させてみせた。
「!? ま、真白!」
「ええ、黒日……敵が、引いていくわ……」
真白も黒日も戸惑うが、打つ手もなく。
ただただ撤退する円盤群を見送った。
◆◇
「どういうことであって? 敵円盤群の目的が判然としませんわ……」
「は、はいマリアナ様……」
真白と黒日が帰還した、揚陸艦艦内では。
マリアナが彼女たちから聞いた話に対して、法使夏と共に頭を抱えていた。
再び攻めて来たが、特に客ヘリにもこの揚陸艦にもさしたる物的被害をもたらすでもなく、すぐに撤退して行ったあの円盤群。
目的はやはり、判然としない。
――……仮想世界への、強制ログイン……
「(やっぱり……青夢たちは)」
真白はそこで、やはりかつて出た仮説について再び考えていた。
もし今回の敵が宇宙人を装った、電賛魔法システムを使う勢力だとすれば、やはり大方の説明はつく。
しかし、もしそうだとすれば青夢たちを何故仮想世界に閉じ込めているのかという、肝心の理由については未だ判然としないのだ。
◆◇
「……さあ、皆。この子たちは王様や女王様のために働いてくれた……殉じて、くれたんだあ……」
「うう……うっ、うっ……」
仮想世界、ミレニアム。
現実で魔法根源教と凸凹飛行隊の戦いが繰り広げられたために、そこから通信で繋げられたこの世界では、円盤と法機の電賛魔法システムを稼働させるために住民たる獣人型VIたちがマイニングレースをしなければならない。
現実と同様に、このミレニアムもそれによりこれまでも戦場と化してきた。
が、先刻では一般客も利用するこのミレニアムの電賛魔法システムを、件の魔法根源教元首なる女教皇がその一般客に対して、更に利用するように焚き付けたことでアクセスが増えかつてないほどに負荷が増大し。
老人も子供もなくVI獣人たちは稼働させるためのマイニングレースに駆り出され、結果多数の犠牲者が出てしまいその埋葬が今行われていた。
「うう……うう……嫌だ、アイちゃん……」
「かぐやちゃん……」
青夢もかぐやも親しくなっていた少女・アイもその犠牲者の一人であった。
「……ごめんなさい、ごめんなさいかぐやちゃん……アイちゃん。私が子供まで駆り出されるって気づいていれば……何が何でもアイちゃんを守ったのに……」
青夢はその日以来、ずっと自分を責めてばかりいたのだ。
かぐやもずっと、泣いてばかりいる。
◆◇
――こちら魔導香! 6時の方向に円盤群多数発見!
「ええ、よくってよ魔導香さんに井使魔さん……法機ディアナ、アラディア戦闘体制! 目標は敵円盤群ですわ!」
――了解!
――応!
「雷魔さんもミスター方幻術も後詰として、格納庫内法機ルサールカ、クローリーにて待機ですわ!」
「はい、マリアナ様!」
「承知した!」
数日後、現実世界では。
揚陸艦周囲で本艦の直掩機として哨戒に当たっていた真白・黒日から受けた通信を聞き、マリアナは艦橋から彼女たちや法使夏、剣人に指示を出す。
「また攻めて来たのであってね、敵さん方……さあ! 今にそのベールを剥いで差し上げますわ!」
マリアナはレーダーに映る敵機影を睨みながら、そう宣言する。
「またお出迎えしてくれると思っていたよ、凸凹飛行隊の諸君……」
一方、円盤群を率いる円盤クトゥグア内のフレイヤも、前方の揚陸艦や法機たちを見据えてそう言う。
――フレイヤ、今回こそ此度の作戦における仕上げ段階に入る時よ……さあ、行きなさい!
「……はい、猊下!」
発進前に彼らが主君たる女教皇から直々に言われた言葉だ。
敬愛する主君の言葉とあらば、フレイヤの戦意も尚冴えわたるというもの。
「重ね重ね何度も何度もすまないなVIたち……まだまだ仕事だよ! hccp://cthugha.frs/、セレクト……」
意気揚々とフレイヤは、自機を通じて仮想世界に命じる。
◆◇
――何度も何度もすまないなVIたち……まだまだ仕事だよ! hccp://cthugha.frs/、セレクト……
「!? お、おお……皆、こんな時だが女王様のお告げだよ……」
「な……!? こ、こんな時なのにい!」
翻って、再び仮想世界ミレニアムでは。
数日が経っても尚喪に服すVIたちがいる中でもお構いなしとばかりに、現実世界からはマイニングを要求する声が響く。
――諸君! 私もゴス代はこれだけしか用意できないが……
――お前たち! 悪いがこちらも頼むよ!
――……私の国民たち!
「おお……他の王も女王もお告げだあ! さあさあ、働かな!」
「お、おお……」
「な……も、もう!」
いや、その声は一つだけではなかった。
どの声も同じくお構いなしとばかりに、多数がこの仮想世界に響いたのだ。
「ふんだ! おらはもうやりたないぞ!」
「な……お、お前! 王様や女王様に逆らう気いだか!?」
「え……?」
が、VIたちも皆一様に前回までと同様に馬車馬として働く者ばかりではなく。
ボイコットを行う者たちも出始めた。
「何が王様女王様だあ! うちのおっかあはあいつらの命令で殺されたあ! あんな奴らの命令なんか聞いちゃいらんねえ!」
「ああ、うちの娘も殺されただあ! ……いや、でも王様女王様のせいじゃねえかもしれねえ! 狼族の奴らが怠けたからじゃねえかあ?」
「あ、ああ!? な、何じゃとこらあ!」
しかし揉め事は、少し思いもよらぬ方向に行こうとしていた。
「お、おらたち狼族のせいだと言いたいんだか!?」
「違うだあ、怠けると言やぁドラゴン族だよ!」
「え……ち、ちょっと!」
何と、種族の違いにまで話が及び始めたのだ。
「いんや、このドラキュラ族の仕業だあ!」
「違うだあ、野人族の仕業だあ!」
「そうだ……うちの娘が死んだのは、お前らのせいだあ!」
たちまち話は拗れに拗れ、取っ組み合いの乱闘騒ぎになる。
「ち、ちょっと!」
「だ、駄目……」
動揺するかぐやの横で、青夢の脳裏に浮かぶのは、アイたち子供まで多く亡くなったあの時の様子。
――あ、アイイイ! め、目え開けてくれえ!
――……え……!?
死者を嘆く孫や子、親の叫び。
その中で耳を疑う言葉を聞いた。
――アイ……ちゃん……? お、お父さ……ん……!?
「何でよ……何、で……」
今、そのことで彼らは内輪揉めにまでなってしまっている。
なぜ、このVIたちがこんな想いまでしなければならないのだろう?
彼らはまったく悪くないのに――
――お前たち! 悪いがこちらも頼むよ!
――……私の国民たち!
「……ふざけんじゃないわよ……」
「……え? あ、青夢、ちゃん?」
「……ふざけんじゃないわよ! 何よ何よ、皆どいつもこいつも!」
相変わらず、そんなVIたちの痛みなどつゆ知らずとばかりに現実世界から響くマイニングを求める声に、青夢は嫌気が差し。
彼女は――近くのかぐやに聞き取れるくらいでしかないほどの声でだが――気がつけば叫んでいた。
「ああ、情けない、情けないわ……私には何の力もない……だから、取り戻したい! あのジャンヌダルクの力を……あの力さえあれば!」
そんな青夢の声を、誰が聞きつけたか。
――あれば、どうするの?
「……え?」
ふと、頭に誰かの声が響く。
青夢は驚き、周りを見渡す。
「この!」
「またやるだか!」
「ち、ちょっと……」
が、周りは相変わらず相争うVIたちとオロオロするばかりのかぐやだけだ。
――ジャンヌダルクの力があれば、どうするのかしら?
「あなた……その声、確か……っ!?」
戸惑う青夢だが、ふと心当たりが。
――皆、頑張れ! くう……ああもう、じれったい!私にジャンヌダルクさえあれば……
――あれば、どうするの?
そうだ、あれは謎の円盤群による魔法塔華院別邸襲撃事件の時。
今と同じようにただただ指を咥えて見ているだけの現状に、不満を募らせていた青夢に聞こえてきた声と同じだ。
「あなた……一体」
「おらあ!」
「このお!」
「や、止め……きゃ!?」
「!? か、かぐやちゃん!」
青夢が戸惑っているが、VIたちの争いは更に激化し。
止めに入ろうとした、かぐやが突き飛ばされてしまった。
「……誰だか分からないけど。今の私にも、力はあるのね……?」
――ええ……もちろん。
「……よし。」
もはや予断を許さない目の前の状態に、青夢は覚悟を決めた。
「……hccps://jehannedarc.wac/! セレクト、オラクル オブ ザ バージン! エグゼキュート!」
「!? ま、待つだあ……あ、あれは!?」
「な……あ、あれは!?」
「え……あ、青夢ちゃん!?」
青夢が久しぶりに唱えたその術句に伴い、彼女自身から激しい光が溢れ、複数の筋に分かれていく。
それらの筋たちはまるで"何か"を描くように、青夢の周りを飛び回る。
いや、実際にその"何か"を描いているのだ。
そう、"何か"――
「お、おお……あ、あれは何だ!?」
「あ、ありゃ伝説の魔王様……れ、レッドドラゴン様だあ!」
"何か"――複数の竜の首を備えた人型怪物の上半身。
VI獣人たちが畏怖と歓喜の混じった声を上げ、次々と跪いていく対象となったそれは。
今しがたの彼らの弁にもあったようにレッドドラゴン――青夢の愛機たる法機ジャンヌダルクの黒客魔としての姿の一部が現出したものである。
「もう、苦しまなくていいわ……皆。さあ、好き勝手ばかりする王や女王とやらよ……民を思わぬ者たちに、その肩書きを名乗る資格はない!」
彼女を恐れ跪くVIたちを見遣りつつ、青夢はそう高らかに唱える。
◆◇
「!? こ、これは!?」
「な……く、黒日!」
「ま、真白……何でかしら? 魔法が、発動しない……」
またも翻って、現実世界では真白や黒日たちが驚いていた。
今彼女たちの弁にもあった通り、法機に対して術句を唱えても魔法が発動しないのだ。
「な……おや。魔法が発動しなくなったということは……」
いや、彼女たちだけではない。
フレイヤも自機たる円盤に命じた術句通りの魔法が発動しないのだ。
「眠った青夢に、この魔法が発動しない状況……」
混迷極まるこの状況だが、むしろ真白の中にはそれに繋がると思われる情報が、次々と頭の中に浮かんでいた。
――……仮想世界への、強制ログイン……
――え!? ま、まさか魔法塔華院さん……青夢たちは仮想世界に閉じ込められてるってこと!?
――いえ……それは恐らくなくってよ。そもそも今回も最近も、わたくしたちを襲撃しに来ていたのはあの円盤に乗っていると思われる宇宙かどこかの勢力……魔男でもない彼らが、仮想世界に人を閉じ込めるような芸当を、どうしてできるのであって?
まず浮かんだのは、青夢たちが眠らされた時に飛行隊の全員で仮説を立てた時のことだ。
「やっぱりあの円盤の奴らは魔男の残党か何かよ! そうじゃなきゃ青夢が、こんなことできる訳がない……」
「え? ま、真白?」
真白がある考えに至りつぶやいたその言葉は、通信にて黒日にも伝わり彼女を困惑させる。
「黒日、私……考えが甘かったかも。」
「え? 真白、どういう意味?」
しかし真白は黒日に対し、続ける。
「眠っている青夢が目を覚まさない、もしかしたら仮想世界に閉じ込められているってあの話よ! ……聞けば、前に私たちも青夢も騙して利用したパール・アブラーム――ペイル・ブルーメ。それより更に前に彼女が青夢の身体を乗っ取ってその意識を仮想世界に閉じ込めたって話もあったじゃない?」
「ええ、そういえば……っ!? ま、まさか!」
そうして出てきた話は、かつて自分たちが揃って騙された新たな女王についてのことだった。
「そうよ……その点に早く思い至るべきだった。その閉じ込められた仮想世界で青夢は、正義感から仮想世界の仲間たちを守るために現実世界にサイバー攻撃をしてしまったって!」
「まさか……青夢は多分、もしかしたら今回も……ってこと?」
黒日も真白の話に、ようやく合点しつつあった。
「そうよ……つまり。奴らの目的は、それなのかもしれないって思ったわ……なら!」
「ま、真白!?」
真白が黒日に放ったその言葉の終わりには、怒りが滲んでいた。
そうして。
「そこの円盤の奴ら……もう分かっているわ! あんたたち、青夢に何してくれたのよ!!」
真白は法機から、そう叫ぶ。
彼女は悟ったのである。
円盤群の目的は、青夢を仮想世界に閉じ込めて中の住人たちを守る名目で現実世界にサイバー攻撃を仕掛けさせることではないかと――




