#20 VIたちの村
「行くよ、真白!」
「ええ、黒日!」
揚陸艦飛行甲板上カタパルトより発進した法機ディアナ・アラディアでは、それぞれに乗る真白と黒日で通信を介して声をかけ合っていた。
「来たね、法機ディアナ・アラディア! さあ……こちらも万全の体制で迎え撃ってやるよ!」
その前に立ちはだかるようにして、円盤群の旗機たる円盤クトゥグアに乗るフレイアは通信を使わずに独り言のように宣言する。
「……できれば、あっちの世界にいるお仲間たちを人質にして降参させたいところではあるのだが。女教皇様のご意志に反することだからそれもできない。もどかしいな……!」
フレイアは尚も目の前の敵法機たちを睨みつつ、そう呟く。
尊敬する猊下の言葉とあらば、従う他ないが。
それでも中々に苦戦させられて来た法機たちが再び目の前に迫って来るとなると、どうにもより簡便に済む方法――フレイアが今しがた言った、青夢たちを人質に取り降伏を迫る方法を使いたいという気持ちが拭えないのである。
「……まあいい。何を恐れているんだ私も? 他騎士団長たちがヘマをしたからと言って、私までそうとは限らない……!」
しかしフレイアは、今一度自分を奮い立たせる。
そうだ、何を恐れているのだ。
自分はその尊敬する猊下から騎士団をお預かりした身なのだ、その期待に応えなければ。
「さあて。私は戦う! あの法機に乗る奴らのお友達は、今どうしているかな?」
フレイアは円盤クトゥグアを前進させつつ、お節介にも今あっちの世界にいる敵である、青夢たちに思いを馳せた――
◆◇
「な、何だべ……?」
「あんた、そいや見ねえ顔だなあ……」
この戦闘より遡ること少し前、仮想世界では。
VIの獣人たち――先ほどまで、円盤クトゥグアのための魔報処理に半ば奴隷労働のように従事させられた人たちだ――は、青夢の周りにその身体を引きずるようにして集まって来ていた。
「え、えっと……その」
まずい、これはどうしよう。
青夢は内心そう思い、ドギマギしてしまう。
――……皆さん、もういいんです! もうこんな苦行続けなくっても!
こんな風に啖呵を切ってみせたのがつい先ほどだが、その後何を言えばいいかもまるで見通しがないまま、苦しむ獣人たちを見てつい感情的に出た言葉である。
「……私は、皆さんが心配です! こんな奴隷のように、なりふり構わず働かされて! 雀の涙ぐらいの小さな宝石数粒ぐらいしか貰えないなんて!」
が、そこは意を決し。
青夢はそう、二の句を継いだのである。
「ふふ……ははは!」
「何だべ、そんなことかい!」
「……え?」
しかし、そんな青夢の叫びは、意外にも。
一笑にふされてしまった。
「おらたちゃ、そんなこと屁でもねえだよ!」
「んだ、これも女王様や王様のためだからなあ!」
「そ、そんな……」
ケラケラと笑いながら事も無げに言う獣人たちに、青夢は拍子抜けと同時に力が抜ける。
「さあ皆、も一度村に戻るだ! さあさあ!」
「応!!」
「……はーあ。」
そのまま獣人たちは元気な声を上げつつも、身体は無理していることを正直に表して、引き摺るようにして村へ戻っていく。
青夢はせっかく言ったのに、とのもどかしさからため息を吐く。
「そーいや嬢ちゃんたち、見ねえ顔だな? どっから来ただ?」
「え……あ、えーっと……」
が、ドラゴンの獣人VIの一人にふと声をかけられ青夢はドギマギする。
そういえば、自分たちはここの他のVIたちとは似ても似つかぬ姿だ。
不審に思われても仕方ない。
その言い訳を考えておけばよかったとの後悔もあり、青夢は今言葉に詰まっていた。
「わたしたち、日本から来ました!」
「!? ち、ちょ、かぐやちゃん!」
が、そこでかぐやがふと声を上げ。
青夢は驚く。
ここで日本などと言っても、無論通じるはずがない。
「ほえ? 何だべ、にほん?」
案の定、ドラゴン獣人は戸惑っている。
「あ、え、えっと……その」
「あーははは! この娘たち、ちいと疲れてんだべ。うちに来て休めばいいだよ!」
「んだんだ、うちに来い!」
「いや、うちに来ればいいだ!」
「いんや、うちだ!」
青夢がしどろもどろになっている内に、獣人たちはそんな言い争いを始めてしまった。
「いや、うちに来てもらうだ! アイがきっと喜ぶだよ〜?」
「……よし、決まりだ!」
「……え?」
が、青夢がそう戸惑っているうちに、話はまとまってしまった。
◆◇
「さあさ、うちだよ! 遠慮は要らないだ、さあ入った入った!」
「は、はい……」
青夢はVIたちの村に、こうして連れて来られたのだった。
「おかえりー、おとうさん!」
「おおアイー、いい子にしてただかー?」
そのVIのうち、ドラゴンの獣人の一人の家に呼ばれてやって来ると。
アイという、彼の幼い娘が笑顔で駆け寄った。
「うーん!!」
アイとアイ父は笑顔で抱き合い頬ずりし合う。
「か、かわいい……♡」
「うん、ほんとほんと!」
その様子を見て青夢とかぐやは顔をほころばせる。
アイもやはり父と同じドラゴン獣人だが、彼女は厳つい体格の大人とは違う。
両腕に抱えられるほど小さなサイズ感や長いまつ毛につぶらな瞳と、本当に可愛らしさが溢れる外観である。
◆◇
「それでよお、おらたちがすごく疲れただあへばっていたら、また女王様のお告げがあってなあ!」
「すごーい! そんなに働いてくれたんだね、おとうさん!」
そのままアイの家で夕食に一緒させてもらうこととなった青夢たちだが。
アイは父が話をするたびにうんうんとうなずき、ニコニコと笑う。
「うーん……可愛い♡」
「ほんと、食べちゃいたいくらーい!」
青夢とかぐやは、すっかり彼女の虜になっていた。
「え……え、えへへ! わたしかわいーでしょ! どう?」
「かわいい、かわいいよアイちゃん!」
「ほんと、かわいー♡」
「まったく……おらの話は聞いてくれないだかー!?」
アイもそんな青夢たちには、満更でもない様子を見せ。
アイへの彼女たちの可愛がり様は、アイ父も呆れるほどであった。
◆◇
「おねーちゃんたち、なに族の人たち?」
「え!? え、えーっと……」
家の中で、アイを寝かしつける役目を彼女の父からもらった青夢とかぐやだが。
寝転んだアイは、唐突に――いや、彼女からすれば最初から疑問に思っていて今質問した流れなのだろうが――そう尋ねて来た。
「なに族」とは、要するに自分や父が属するドラゴン獣人とは違いすぎる風貌をした青夢たちが「どの獣人」なのか疑問に思っての質問なのだろう。
そんなアイの意図は掴めたものの、青夢はこの問答をまさかこんな幼い子から受けるとはまったく想定しておらず、急なことにすっかりドギマギしてしまう。
「えーっとね、人間かなあ?」
「え? にんげん、族?」
「か、かぐやちゃん……」
が、そんな青夢を尻目にかぐやはそう答える。
青夢は驚き、オロオロする。
下手な答え方をしたら、怪しまれてしまう――
「にんげん……きいたこと、ないけどなあ。」
「えーっとね……にんげんっていうのは……イェーイ!」
「え? ……イエーイ!」
「あの、えっと……」
が、青夢のそんな懸念はどうやら杞憂に終わりそうであった。
アイからお姉さんと呼ばれながらも、かなり子供っぽいかぐやとアイは、かなり馬が合うようで。
こんなノリも二人は共有できるようである。
「……ぐー……」
「え? あ……何だ、もう寝てる。アイちゃん、結構夕食でもはしゃいでたからなあ……」
そうこうするうち、いつの間にか寝入ってしまったアイの寝顔に、青夢は微笑み彼女に掛け布団を掛けてあげた。
この娘やその父たちは、VIであるが。
現実世界の人間からすればそのVIたちが、与えられた役割を本物と思い込んで演じているだけなのだとしても、彼ら彼女らには家族がいてその元で育っているのだ。
――何度も何度もすまないなVIたち……まだまだ仕事だよ! hccp://cthugha.frs/、セレクト……
――はあ、はあ……ど、どんなもんだ……い……
――う、ぐ……
――!? ち、ちょっと!
「……そんなこの娘のお父さんたちを、道具のように使うなんて……」
青夢はこの世界に飛ばされた時に、馬車馬のように働かされ消耗品のような扱いを受けているそのVIたちを思い出し、胸を痛めた。
自分たち現実世界の人間たちの、エゴのせいで――
「ぐー……」
「……いや、かぐやちゃんも寝ちゃった!」
が、そんな青夢の物思いはかぐやのいびきにより晴らされた。
まったく、いつもいつもこの子は。
青夢はそう思いつつも、微笑む。
なんだかんだで、いつもかぐやのこの呑気さに救われて来たことを思い出したからだ。
「……私も、そろそろ寝ようかな。」
青夢はさっきまで気に病んでいたことも馬鹿馬鹿しくなり、かぐやにアイ同様掛け布団を掛けると自分も横になった。
アイの平和な寝顔を思い、やがて願った。
あの笑顔が、守られるといいなと――
◆◇
――……私の国民たち! 相変わらずご褒美のゴス代低いけど、働いて!
「おお、これは……?」
「じ、女王様からのお告げだあ!」
「……え?」
そうして迎えた朝。
村が急に色めき立つ声で、青夢は目を覚ます。
◆◇
「えい!」
「くっ……ふふふ、いいぞいいぞ! さあ、もっと遊ぼう! 法機の娘たち!」
そうして、現在の時間軸に戻る。
フレイヤと真白・黒日は、今ぶつかり合わんとしていた。
「hccps://diana.wac/! セレクト 月の弓矢! エグゼキュート!」
「hccps://aradia.wac/、セレクト 魔女の福音! エグゼキュート!」
先制攻撃に打って出たのは、真白と黒日のほうであり。
たちまち二人に命じられた法機ディアナ・アラディアからは、光の矢の雨と衝撃波が見舞われる。
「こちらも行くぞ……hccp://cthugha.frs/、セレクト。炎の吸血鬼、エグゼキュート!」
フレイヤも、円盤からの炎攻撃で応戦する。
「くっ、相変わらずの火力ね! 分離するわ真白!」
「了解、黒日!」
攻撃をぶつかり合わせつつ、黒日は法機ディアナの両翼から法機アラディアの半分ずつを分離させ、空中で完全体と成し。
「さあ行くわ……hccps://aradia.wac/、セレクト 叛逆の魔術!」
一旦戦列を高速で離脱、かと思えば即反転して戦線復帰するや否や法機アラディアから攻撃を放つ。
「おっと! 配下の円盤たちはあの小さい方の法機を相手しろ……さあ、猊下のためもっと私は戦わねばならない! hccp://cthugha.frs/! セレクト、凍える炎! エグゼキュート!」
フレイヤはニヤリと笑い。
攻撃を放つべく円盤クトゥグア――ひいては、サーバーたる翠玉の杯へと命じる。
◆◇
――hccp://cthugha.frs/! セレクト、凍える炎! エグゼキュート!
「お、おお……ま、また女王様のご命令だあ!」
「お、おお!」
女王たるフレイヤの命令があるや否や。
いつも通りVIたちは馬車馬のごとく働くべく、立ち上がる。
彼らは七つ目の羊に飛び乗り、いち早く鉱山の穴へと向かう。
「あ、青夢……」
「かぐやちゃんはここにいて! 私、少しでも負担減るように皆を手伝って来るから!」
この騒ぎに起こされたかぐやにそう言うや、青夢も急いで外に出ようとする。
「うーん……お、おねえさん……」
「あ、アイちゃんもそこにいて! 大丈夫よ、お父さんも村のみんなも、すぐ戻るから!」
「え……?」
かぐやと同じく起きてしまったアイにもそう言い、青夢は外に出て七つ目の羊に飛び乗り鉱山へ急ぐ。
そうして鉱山の穴に、獣人たちも青夢も到達するや。
「……hccps://emeth.MinersRace.srow/! セレクト、マイナーレーシング! エグゼキュート!!」
「さあ、今日も仕事だよ皆!!」
「……私も、頑張る!」
獣人たちも青夢も活気付き、鉱山を掘り進む――
◆◇
「はあ、はあ……ど、どんなもんだ……い……」
「う、ぐ……」
しかし、やはりと言うべきか。
やがてVI獣人たちも青夢も、いつも通り――いや、心なしかいつもより多く――の処理を実行しすぎて疲労困憊になる。
――hccp://cthugha.frs/、セレクト。炎の吸血鬼、凍える炎! hccp://cthugha.frs/GrimoreMark、セレクト 氷の吸血鬼! エグゼキュート!
「お、おお……ま、また女王様のご命令だあ……」
「え、エイエイオー……」
――黒日! hccps://diana.wac/! セレクト 月の弓矢! エグゼキュート!
――え、ええ真白……hccps://aradia.wac/、セレクト 魔女の福音! エグゼキュート!
「真白、黒日……そう、また、外で戦いが始まったのね……」
青夢はまたも聞こえてきた友人たちの声に複雑な思いを抱きつつも、何度も倒れては立ち上がって行く――
◆◇
――猊下、あちらの世界でのVIたちの負荷がいつも以上に高まっております……
「ええ、よくやってくれたわフレイヤ……さて、後は。まだまだ足りない分は、こうして補わないとね……」
翻って、こちらは仮想世界に来ていた女教皇である。
フレイヤから通信を受けた彼女は、顔を上げる。
「……さあ聞きなさい、ミレニアムの民――いや、王に女王たちよ! ゴス代はいつも以上に下げてしんずる……思い切り、翠玉の杯を使うがいい!」
そうして女教皇は、ミレニアム全域に呼びかける。
「私はもっと安いゴス代でも私の為に働いてくれる"国民"にやってもらうもん!」
そうして、ただでさえ安いゴス代しか出せない"女王"は。
「……私の国民たち! 相変わらずご褒美のゴス代低いけど、働いて!」
首都メギドの外に呼びかける。
すると。
「おお、女王様のお告げだあ! さあ、働かな!」
「おー!」
「ち、ちょっと皆……」
もちろん、青夢たちもいるあの鉱山の中に伝わり。
「……hccps://emeth.MinersRace.srow/! セレクト、マイナーレーシング! エグゼキュート!!」
獣人たちは"女王"に言われるや、また七つの目の羊に騎乗し競い尚も洞窟の中を掘っていく。
「えへへ、今日もありがと! これで自作アプリは完成したっと……」
「はあ、はあ何の……女王様のためなら……」
――諸君! 私もゴス代はこれだけしか用意できないが……私が描いたこのイラストはどうかな? これから素晴らしい時代の幕開けに立ち会うべく、私のために"国民"として働いてはくれまいか?
「お、おお……す、少しでももっとゴス代が出せるなら大歓迎だあ! さあ、皆また行くだあ!」
「お……おおお!!」
「な……ち、ちょっと! もう、相変わらず勝手なんだから……」
――お前たち! 悪いがこちらも頼むよ!
「おおお! よ、よし! もっとだ!」
「え、エイエイオー!」
女教皇の呼びかけのせいで、ただでさえ処理の負荷が高まっていた青夢や獣人たちは、更にミレニアムの"王"、"女王"たちの過剰な命令を処理しなければならなくなった。
「こ、これじゃ俺たちだけじゃだめだ……女も子供も老人も、皆連れて来るだ! 早く!」
誰かが洞窟内で叫んだ。
その言葉を青夢は、処理に追われて聞いていなかった。
聞いていれば、何か手を打ったかもしれない――
◆◇
「はあ、はあ……」
「が、頑張れ……もうすぐ村だよ……」
「み、皆さん……」
そうして、先ほどまでの鉱山内でのマイニングレースを終えると。
獣人たちが、前と同じく這々の体でようやく移動している。
いや、それはあくまで生きている者の話だった。
「じ、じいちゃん!」
「め、目を開けろ!」
「そ、そんな……」
青夢は周りを見渡し、目を伏せる。
そう、生きている者は這々の体である。
ならば、死んでいる者もいたのだ。
「ああー! ぶ、ブン! 俺たちの息子があ!」
「ブイ! 母ちゃんを残して……あああ!」
身体の弱い老人や子供の死者が、特に多かったのだ。
「あ、アイイイ! め、目え開けてくれえ!」
「……え……!?」
青夢はそんな死者を嘆く孫や子、親の叫びの中に、耳を疑う言葉を聞いた。
「アイ……ちゃん……? お、お父さ……ん……!?」
青夢が大急ぎで、その声の方へ駆けつけると。
今度は、目を疑った。
「アイ……アイイイ!!」
「あ……あ……」
だが、聞き間違えでもなければ見間違えでもない。
そこには、冷たくなったアイを抱え泣き叫ぶ父親の姿があった――




