#19 根源教の企み
「さあて……これはどういうことであって?」
客ヘリ内パーティールームにて。
マリアナはスマートフォンを耳に当て、目の前の光景と電話の向こう側の光景について会話をしていた。
本来ならどこか空港などに着陸させるべきなのだろうが、民間人を戦闘に巻き込む恐れもあるので結局は尚も高空に止まっていた。
「それは私たちも聞きたいよ……どうなっちゃったのよ青夢もかぐやちゃんも……」
電話の相手は真白と黒日である。
彼女たちは戦闘後に揚陸艦内の青夢、かぐやの様子を見にきたが、彼女たちは何やらいくら揺すっても起きないほどの深い眠りに落ちていたのだ。
電話の向こう側の光景とは、そのことだ。
「先ほども申し上げました通り、こちらも似た状態でしてよ。これは……もしや。」
マリアナも目の前の光景――同じく、いくら揺すっても起きないほどの深い眠りに落ちている、鬼苺やデイヴ夫妻をはじめとするパーティー出席者たちの(実際にはまだ生きているが)死屍累々の光景だ――を見ながら真白たちと話し、一つの可能性に思い当たっていた。
人々が深い眠りに落ちることは――とりわけ、青夢がそうなることは、初めてではない。
これまでの同様のケースにおける、その原因と言えば。
「……仮想世界への、強制ログイン……」
「え!? ま、まさか魔法塔華院さん……青夢たちは仮想世界に閉じ込められてるってこと!?」
電話越しにマリアナのそんな呟きを聞いた真白や黒日たちは、言葉少なながらもその彼女の一言から思い当たる節があった。
思い出されたのは、かつて青夢が女魔男ペイルにより仮想世界に閉じ込められた事件であった。
が、しかし。
「いえ……それは恐らくなくってよ。そもそも今回も最近も、わたくしたちを襲撃しに来ていたのはあの円盤に乗っていると思われる宇宙かどこかの勢力……魔男でもない彼らが、仮想世界に人を閉じ込めるような芸当を、どうしてできるのであって?」
「う、うーん……」
マリアナはその考えを自ら否定し、真白たちもそれには感じ入り首を捻る。
そう、敵は魔男でもない謎の勢力。
今マリアナの弁にもあった通り、仮想世界に人間を強制ログインさせるなどするだろうか。
ましてやその謎の勢力とやらが、本当に宇宙の勢力だとしたら。
「いや……待って。もしあの連中が、円盤に乗ってる魔男の残党とかだったら……」
「!? 魔導香さん……それは本当であって?」
が、真白も他の可能性に思い当たっていた。
そう、もし敵が宇宙人を装った、電賛魔法システムを使う勢力だとすれば説明はつく。
「いや、あくまでこれは思いつきだから本気にしないでよ魔法塔華院さん! でも……自分で言うのも何だけど、結構鋭い思いつきじゃない? あの円盤が来た前後で青夢たちや、パーティーに参加してた人たちが眠っちゃったんでしょ?」
「それは……確かにそうであってよ。しかし……」
真白の続けての言葉に、マリアナも考え込んでいた。
既に言ったように、辻褄は合っている。
が、それでも。
「……であれば、何のために宇宙人を装う必要などあって? 自分たちはこうこうこういう勢力です、だから死んでください、と言って攻めてくればよろしいのではなくって?」
「いや……死んでくださいって」
マリアナは湧いた疑問をそのまま口にするが、その言葉に真白は困惑する。
「でも真白、確かに魔法塔華院さんの言う通りかもよ? 自分たちの正体を隠すにしても、わざわざ宇宙人を装う必要なんて。」
「黒日……そうね、確かに。」
しかし横で会話を聞いていた黒日のその言葉には、真白も頷けるものがあった。
確かにいくら正体を隠したいと言っても、わざわざ宇宙人を装う必要はなさそうである。
「でも……やっぱりあの人たちが電賛魔法システムを使っていることには変わりないんでしょ? とりあえず今はそこだけ分かっておけばいいんじゃない、そんなややこしい話今考えたって結論出る訳ないし」
「そ、そんなことわたくしには最初から分かっていてよ魔導香さん! ひ、飛行隊長を見くびらないでほしくってよ!」
考えかけてやめた真白の言葉に、マリアナは慌ててそう返す。
確かに、今はそんなことを考えても埒は明かないだろう。
「分かってるならいいから、客ヘリの状況を伝えてくれる?」
「ふん、命令しないでほしくってよ! ……今、ミスター方幻術と雷魔さんに確認していただいていますわ。」
真白の言葉にマリアナは、少し大声を上げる。
真白がやや仕切るような態度だったこともあり、少々癇に障ったようである。
「マリアナ様! 操舵室の機長や副機長、機関長は無事で意識もはっきりとして任務に励まれています。」
「魔法塔華院! 見張り台や厨房の乗員にコックたちも眠っていない。」
「雷魔さんにミスター方幻術、戻って来られたのね。ええ、ご苦労様であってよ。」
そこへ法使夏や剣人がパーティールームに入って来た。
先ほどのマリアナ自身の弁にもあったように、彼らは今機内中を見回って来たのである。
「となると……魔導香さん。そちらの揚陸艦内では、魔女木さんたちの他にも誰か眠っていらっしゃるのであって?」
「え? いや、まだ確認はできてないけど……」
「そう言えば、さっき操舵室は確認したけど。艦長や航海士の人たちは眠ってなかったよね真白?」
「え? あ……そう言えばそうだね!」
「……なるほど。」
「? 魔法塔華院さん?」
マリアナは真白と黒日の情報から、ふと考えていた。
ということは、眠っているのはこのヘリ内では今目の前にいるパーティー参加者の人たちと、揚陸艦内では――こちらは全艦内を確認した訳ではないらしいが――真白・黒日の報告にあった青夢やかぐやだけだということだ。
それは即ち推測通り眠っているのが仮想世界に閉じ込められた人々だとするならば、彼ら彼女らが無作為に選ばれた訳ではなく、作為的に選ばれたことになる。
であるならば、ますますあの円盤に乗る連中は地球の何らかの勢力である可能性が高まっていることになる。
「本当に……となれば、何のためにそんなことをする方々が……?」
「魔法塔華院さん!」
「マリアナ様!」
「魔法塔華院!」
「!? あ……し、失礼しましたわ。」
そんな考えに浸るマリアナだったが、電話越しからもこの場からも真白・黒日、法使夏に剣人が彼女に声をかけ、ふと気づく。
いつの間にか、上の空になっていたようである。
「……とにかく! 皆さん気を取り直して。わたくしは操舵室にいますわ。雷魔さんにミスター方幻術は法機格納庫で発進待機、魔導香さんに井使魔さんは揚陸艦内の法機格納庫で同様に待機! またあの円盤群が襲い来る時に備えるのですわ!」
「はい、マリアナ様!」
「はい、飛行隊長!!!」
しかし電話越しにもその場にても、マリアナは気を取り直して部下たちに命じる。
疑念はあるとはいえ、今この考えは他の者たちには伝えるべきものではないと判断したのである。
◆◇
「ご苦労様、フレイヤ。」
「はっ、ありがたいお言葉……感謝いたします、猊下。」
毎度お馴染みと言うべきか、暗闇の中に蜘蛛の巣状に光の糸が張り巡らされた空間――ダークウェブにて。
女教皇を前に跪くフレイヤは、恭しく首を垂れる。
「でも! 一体あの客ヘリを襲ってその招待客や魔女木青夢たちを眠らせるなんてどういうつもりなのよフレイヤ!」
「どういうつもりなのよ!」
その様子を見て嫉妬したのもあり、ボリー姉妹はフレイヤに突っかかる。
「ああまったくだな……猊下。この件、本当にフレイヤなどに任せていて大丈夫でしょうか?」
スターもこれには口を挟む。
「まあそのぐらいにしたら? スターもボリー姉妹も。大方、こんな私たちでは分からないような作戦を思いつくのはフレイヤじゃないでしょう。これは猊下が立てられた作戦、それに対して疑問を挟むの?」
「な……げ、猊下の!?」
そこでカロアが皆をそう言って宥め、皆は一斉に女教皇を見る。
「カロアか……その言い方はカチンと来るが、私は確かに女教皇猊下の立てられた作戦を実行したまでだ! 皆もそれに対して何か言うなど、失礼極まりない。これは猊下の崇高なるご意志に基づくものだぞ!」
「も、申し訳ございません!!!」
フレイヤはカロアに負けじと返し、スターとボリー姉妹は女教皇に跪く。
「ええ、まあ私も言葉足らずで申し訳ないわね皆……ただこれは、私も肝入りの作戦なのよ。……そう、あの魔女木青夢を陥れるためのね!」
「げ、猊下……?」
女教皇は皆にそう言うが、その言葉に何か激しい感情を読み取り。
スターやボリー姉妹、さらにフレイヤやカロアも女教皇を首を傾げながら見る。
「……おっと。失礼したわ皆。さあフレイヤ改めて命じます。今度こそあの凸凹飛行隊も魔女木青夢も降し、あの少女を抑えなさい!」
「は、ははあ猊下!」
ふと我に返った女教皇は、フレイヤに対して改めてそう命じたのだった。
◆◇
「はあ、はあ……」
「が、頑張れ……もうすぐ村だよ……」
「み、皆さん……」
その頃、問題の仮想世界では。
先ほどまでの鉱山内でのマイニングレースを終えたVIの獣人たちが、這々の体でようやく移動している所だった。
「だ、大丈夫かぐやちゃん?」
「へ、へーきだよ青夢……」
青夢も息も絶え絶えであるが、洞窟内でも一緒であった七つ目の羊に騎乗し、今自身の背にかぐやをおぶさらせる様な形で彼女自身も何とか移動している所であった。
「はあ、はあ……」
「うっ!」
「! お、おいしっかりせい!」
「え!」
そんな中でVIたちは、その場に倒れ込む者が続出した。
青夢は騎乗しながら微睡みかけていたのを、その倒れ込んだ者を心配する声にハッとさせられる。
「だ、大丈夫だよ……はあ、はあ……」
「み、皆……」
青夢はその光景に、口元を覆う。
なぜ、彼らはこれほど苦しめられなければならないのか。
「……駄目だわ、こんなの。」
「……え? 何、何か言った青夢?」
青夢のボソリとした呟きに、かぐやはふと彼女の背中で目を覚ます。
しかし、その呟きは次の瞬間。
「……皆さん、もういいんです! もうこんな苦行続けなくっても!」
「……え?」
「な、何だ?」
瞬時に、大声での演説に変わっていた。
◆◇
――こちら魔導香! 1時の方向に円盤群多数発見!
「ええ、よくってよ魔導香さんに井使魔さん……揚陸艦より法機ディアナ、アラディア発進! 目標は敵円盤群ですわ!」
――了解!
――応!
また、現実世界では。
客ヘリの操舵室内で真白・黒日から受けた通信を聞き、マリアナは彼女たちに指示を出す。
「さあて……今日こそはそのご正体を拝ませていただけるかしら、自称宇宙人さん方?」
マリアナはレーダーにも映る、敵円盤群を見ながらそう言う。
「そろそろパーティーもメインディッシュに入るよ……楽しみにしていてくれ!」
その円盤の一つ、クトゥグアに座乗するフレイヤも。
相手には聞こえないとは知りながらも、そう宣言していた。




