#18 仮想世界の奴隷たち
「な、何で……? 何で真白と黒日の声が……」
青夢はまだ、呆けていた。
「おお! また女王様の命令だあ! さあ……もうひと仕事せな!」
「え……?」
そんな様子の青夢を尻目に、VI獣人たちは張り切っている。
しかし、青夢の頭にはこんな内容が浮かんで来ていた。
――contriptid Resourcery_Month'sBow{……
――contriptid Resourcery_GospelWitch{……
「これは真白と黒日の……間違いないわ、二人の技に関する処理情報を、私たちは今ブロックチェーンに新しく繋ごうとしている!」
改めて説明するが、仮想通貨の取引帳簿として使われるこのブロックチェーンが特定のサーバーには置かれず、取引ネットワーク上の電賛機全てに同じ内容が書き込まれて共有されることを利用し。
この仮想通貨イースメラルダはブロックチェーンをデータベースやプログラムの置き場とすることで、ネットワーク全体を一つのサーバー・翠玉の杯として利用することができる、いわゆるワールドコンピュータなのである。
すなわち、以前の仮想通貨QUBIT SILVERは単なる通貨の取引帳簿としてしか使用しなかったこのブロックチェーンは、イースメラルダではサーバーとして使えるのであり、マイニングはそのサーバーとしての情報処理そのものなのである。
青夢はそこまで把握していた訳ではないものの、今垣間見たブロックチェーン上に繋がれようとしているスマートコントリプティッド――翠玉の杯の処理情報から、これが何のためのマイニングレースなのか察していたのだ。
「ど、どーしたの青夢? な、何か顔怖いよ?」
「あ、い、いえ……な、何でもないわかぐやちゃん!」
青夢はそんな憮然とした表情をかぐやに指摘され。
慌てつつも、尚も騎乗する七つ目の羊を駆り立てる――
◆◇
「なるほど……いいねえ、私の元に攻撃がたくさん!」
現実世界では。
果たして、青夢の推測通り。
法機ディアナとアラディアへの、真白と黒日のそれぞれの命令は一旦仮想世界でのVIたちによる翠玉の杯へのマイニングレースを通じて処理され。
それにより二機からは無数のエネルギー矢と波動の力場が放たれるが、円盤クトゥグアには当たらず、あらかじめ同円盤周囲に展開されていた氷の塊に阻まれる。
「くっ、真白!」
「なかなか一筋縄じゃいかないみたいね……でも、まあいいわ。」
それを見た二人は悔しがりつつも、気を取り直して法機をそれぞれに駆り、氷の防壁の抜け目を探そうとする。
「だけど気のせいかしら……何か法機の応答がいつもより若干早いような……」
しかし真白はふと、そう感じ取り首を傾げた。
彼女には今の情報処理の内情は分からないものの、実は上記の通り法機への命令は翠玉の杯へのマイニングレースを通じて処理されている。
そう、レースであるが故に。
VIたちには他の勢力より少しでも早くスマートコントリプティッドをブロックチェーンに繋ごう――すなわち、早く情報処理をしようというインセンティブが働くために、法機の応答がわずかだが早くなっているのである。
「ふん、せっかく私があなたたちに素晴らしい翠玉の杯の力を使わせてやろうと言うのにこのザマとはな! なら……VIたち、また仕事だよ!hccp://cthugha.frs/! セレクト、凍える炎! エグゼキュート!」
そんな二人を嘲笑いつつも、フレイヤは更に円盤クトゥグアに命じた。
◆◇
「はあ、はあ……ま、また俺たちの勝ちだよ……」
「はあ、はあ……も、もうだめ……」
またも、仮想世界では。
度重なるマイニングレースにより、さしもの(騎乗するのは羊だが)馬車馬のように働くVIの獣人たちも、もはや完全に泥のように倒れ込んでいた。
――……VIたち、また仕事だよ!hccp://cthugha.frs/! セレクト、凍える炎! エグゼキュート!
「お、おお……ま、また女王様のご命令だあ!」
「お、おお!」
が、また女王たるフレイヤの命令があるや否や。
また馬車馬のごとく働くべく、立ち上がる。
「ええ!? ち、ちょっと……まだ働くんですか!?」
青夢は今度も驚く。
既に彼らも限界なはずだ、なぜここまで滅私奉公できてしまうのか。
「何を言うだ、俺たちにとって女王様は絶対だよ! さあ皆、また周りの村々の奴らには負けないだあ!」
「え、エイエイオー!」
「え、ええ〜……そんな……」
青夢のそんな気遣いもよそに尚も重大な疲労を抱えながらも働こうとする獣人たちに、彼女はもはや完全に引いていた。
「(さっきの真白と黒日の魔法に関する情報処理……真白たちも当然のようにこの人たちをこき使ってたってこと!? いや、今まで魔法を使っていた私たちもまさか、この新しい仮想通貨の仕組みを知らないうちに使ってた……? ……いや、新しい仮想通貨なんだから、それはないわよね……)」
混乱しながらも青夢は、必死に情報を元に思考を進めていた。
「さあ、早く立つだよ皆! 女王様のためならえんやこうらだ!」
「お、応!!」
「あ、ち、ちょっと皆……」
が、彼女がそんな考えを進めていく中、やはりまた労働に戻っていく獣人たちであった。
◆◇
「何度も何度もすまないなVIたち……まだまだ仕事だよ! hccp://cthugha.frs/、セレクト……」
そしてまた、現実世界では。
フレイヤは次の攻撃に移るべく、円盤クトゥグア――への、あの仮想世界を介しての――命令を降す。
どこまで本音か分からない、そこの獣人たちへの労いの言葉と共に。
「……hccp://cthugha.frs/GrimoreMark、セレクト 氷の吸血鬼! エグゼキュート!」
「む、来るわ黒日!」
「ええ、真白……きゃ!」
「く、黒日!」
そうして命令が降った円盤クトゥグアにより、降された攻撃により。
何と、法機ディアナとアラディアはその攻撃――先ほどをも上回るほどの冷気――により。
尚も放ち続ける自分たちの攻撃諸共に凍らされてしまった。
それによりコントロールを失った法機二機は、高度を下げていく。
「く、真白堕ちるわ!」
「狼狽えないで、黒日! 魔法検索エンジンが無事なら大丈夫よ……! hccps://diana.wac/ 、セレクト 三界支配!」
「わ、分かったわ真白! hccps://aradia.wac/、セレクト 叛逆の魔術!」
やや動揺する黒日だが、真白が冷静に声をかけ。
それにより彼女も、自分を取り戻し。
「hccps://diana.wac/GrimoreMark、セレクト! 支配への叛逆、エグゼキュート!!」
新たな術句を唱える。
◆◇
「はあ、はあ……ど、どんなもんだ……い……」
「う、ぐ……」
「!? ち、ちょっと!」
また話は、仮想世界のことに戻る。
先ほどまでは何とか、かろうじて労働に勤しめていたVIたちだが。
さすがに力尽き、倒れて動かなくなる者たちも多く現れていた。
「あ、青夢……私も、もうだめかも」
「か、かぐやちゃん!」
それはかぐやも同じであり、尚も七つ目の羊に騎乗はしているが、ぐったりした様子だった。
「もうだめ……この人たちはもう」
青夢がそう、しゃくり上げかけた時である。
――何度も何度もすまないなVIたち……まだまだ仕事だよ!
「……!? この声……またなの!?」
青夢の言葉も虚しく、またもこの世界にはVIたちに労働を課す声が響く。
――hccp://cthugha.frs/、セレクト。炎の吸血鬼、凍える炎! hccp://cthugha.frs/GrimoreMark、セレクト 氷の吸血鬼! エグゼキュート!
「お、おお……ま、また女王様のご命令だあ……」
「え、エイエイオー……」
相変わらずその声に対して文句も言わず、まだまだ馬車馬のごとく働くVIたちである。
「ち、ちょっと皆!」
――hccps://diana.wac/GrimoreMark、セレクト! 支配への叛逆、エグゼキュート!
――黒日! hccps://diana.wac/! セレクト 月の弓矢! エグゼキュート!
「!? ま、真白と黒日も!?」
そして追い討ちをかけるかのように。
次に響いてきたその声は、真白と黒日のものだった。
――え、ええ真白……hccps://aradia.wac/、セレクト 魔女の福音! エグゼキュート!
「よ、ようし……まだまだ働か、な……」
「え、エイエイ……」
「もう……もう止めてください!」
尚も限界の身体を引きずるようなVIたちに対し、青夢はたまりかねていつの間にか叫んでいた。
◆◇
「くっ! これは……そろそろ限界かな?」
そうして、現実世界では。
フレイヤと真白・黒日、双方の攻撃が炸裂するが。
「ね、ねえ黒日……何か法機の応答が鈍くない?」
「た、確かに……」
先ほどフレイヤが限界と称したように。
真白・黒日も、法機や円盤から攻撃が放たれるタイミングが遅くなったように感じていた。
無論これは先述の通りVIたちの疲労困憊によるものだが、フレイヤはともかくも真白や黒日がそれを知る術はない。
「まあ仕込みはこれで上々だ……全隊、撤退! 引け!」
フレイヤはそれを見て微笑み、部下の円盤たちにも命じる。
たちまち、円盤クトゥグアをはじめとする根源教の部隊は撤退して行く。
◆◇
「あ、青夢……もう、ダメ……」
「か、かぐやちゃん!」
そうして、ついに労働を命じる者たちがいなくなった仮想世界では。
青夢はついに七つ目の羊の上から落馬いや、落羊しそうになったかぐやを受け止める。
彼女も青夢自身も、もはや限界であり。
「皆……こんな……」
目の前の惨状にも、絶句していた。
「はあ、はあ……じ、女王様のご命令は実行できただ……」
VIの獣人たちが、洞窟の奥の鎖――ブロックチェーンの前で倒れ、積み上がっていたのである。




